最後の三分間
阿井上夫
最後の三分間
その時、私は両の拳を握りつつ、液晶画面を凝視していた。
最終回の後半部分――物語はクライマックスに向かって急加速で展開されてゆく。
前回の物語で展開された幼馴染の手酷い裏切りの理由が、実はヒロインを守るためのものであったことが明かされ、彼女は悲嘆にくれている。
その彼女に向かって、主人公が残酷にも自分の正体を告げようとしていた。
私は心の中で叫んだ。
――さあ、言え! 言ってしまえ!!
同じ言葉を日本国中、下手をすると世界中の人間が心の中で叫んでいたに違いない。
*
その番組は、物語の重厚な構成と緻密な論理展開、自然な映像と忙しくない場面展開で、第一話からお茶の間の話題をかっさらっていた。
さらに、登場人物の会話に潜んだ小ネタが、のちのちフラグとなって回収されることが相次いだものだから、動画サイトでは小ネタの解説と、そのフラグ回収方法に関する推理の画像が、ランキング上位を埋め尽くす騒ぎとなった。
しかも、そのネタが、
・ジャージをジャスと読んだので、宮城県出身者
・中華料理店の冷やし中華にマヨネーズが添えられていたので、東海地方の店
・コンビニの肉まんにソースがついたので、大阪のコンビニ
などなど、画面の隅々にまで仕込まれているので、何度も再生しないと探しきれない。
特に、主人公の部屋の書棚に貼ってあった紋章が「スーフィー教団」のものだった点は、さすがに私も、
――そりゃあ、ハードルが高すぎるよ。
と思ったものだが、それでも目ざとく見つけて解説する者がいるのだから恐ろしい。
*
ともあれ、数々のフラグを鮮やかに回収しつつ、それでもなお膨大な秘密を内包し続けたまま、物語は最終局面を迎えていた。
放送時間は残り少ない。
場面展開からすると、ここで主人公の素性がとうとう明らかになる。
膨大なフラグからは、
・主人公異世界転生説
・主人公男装の令嬢説
・主人公魔族出身説
が有力とされていたが、
・ヒロイン男の娘説
も、その界隈では有望視されていた。
その解釈の蓋然性を究極まで高めるために、会社を辞めてしまった者も少なくないと聞いているが、定かではない。
ただ私の知り合いにも実際にやめた者が一人いるし、私自身もさすがに今日は有給休暇で休んだ。
このような幅の広い解釈と熱意を受け入れた上で、物語としてどこも破綻していないというストーリーテリングの力量は、並大抵ではない。
ちなみに、私自身は「主人公ドッペルゲンガー説」を主張している。
*
放送時間は残り僅か――もう三分三十秒もない。
画面上では主人公とヒロインが見詰め合っている。
「実は俺――」
主人公が言いよどむ。
その顔を涙に濡れた瞳で凝視するヒロイン。
「実は――」
なおも言いよどむ主人公。
画面は彼の口元をクローズアップしてゆく。
意を決したように結ばれる唇。
「実は」
私は心の中で叫んだ。
――さあ、こいやあああああああああああっ!!
と、そこで画面が暗転する。
――は?
ベルの音が鳴り響く。
――へ??
雀の囀りとともに朝の長閑な風景が映し出される。
――え???
最低な三分間が始まった。
最後の三分間 阿井上夫 @Aiueo
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