最後の3分間

凪野海里

最後の3分間

 ありがとうございました~。次の方どうぞ~。

「こんばんは」

 こんばんは。いらっしゃいませ。

「突然ですが、3分だけ時間をください」


***


「は?」

 カウンターの向こう側にいる、男性客の唐突な申し出に、私は思わずそう言ってしまった。

 場所は駅前にあるコンビニ。何の変哲もない、普通の24時間営業のコンビニだ。

 時刻は23時57分になったところ。レジの画面にある時計がそう告げていた。もちろん外は真っ暗だ。この時間にコンビニに来る人は、よっぽどの暇人か、あるいはこれから会社に行くのか、それとも家に向かうのか。その道の途中で立ち寄る人ばかりだ。

 駅前とはいえ、時間も時間だからそんなに客は少ない。ましてやこっちは西口で、反対に東口は大通りに面しているから、そっちのほうが通行人は多い。どこの駅でもたいていはあるよね? そういう光景。

 私はあと3分であがりだ。レジの画面が「0:00」を示した瞬間、今日のバイトは終了となる。

 この3分が毎回待ち遠しい。

 よくあるじゃん? 楽しんでるあいだの3分は早いのに、つらいあいだの3分は遅いって感じるときが。同じ3分なのに、この雲泥の差よ。

 カップラーメンができる頃にはあがってるってことじゃーん! なんて気楽にものを考えられたらどんなに幸せか。

 そして、そんな最後の3分間に、私の前に現れたその男性客は実に変な人だった。

 丁寧な挨拶をかましたと思いきや、次に放った言葉が。

「突然ですが、3分だけ時間をください」

 思わず言っちゃったよ、「は?」って。

 だって考えてもみてよ。普通言いたくなるでしょ、この状況。

 時間をくださいって何? しかも両腕、後ろに隠してるし。怪しいことこの上ない。

 でも相手はお客様だから――客は神なんて言葉残したヤツ、絶対恨む――、私は慌てて「失礼しました」とにこやかに笑ってみせた。

 すると男性客もにこっと笑ってみせた。なかなかに良い笑顔だった。


 それはともかく。


「どうして3分なんですか?」

「俺がキミの顔を3分間じっくり見たいからさ」

 うわ、キッモ。

 今どきこんな気持ち悪い台詞、三次元の男だって吐かないぞ! 

 なお、どうでもいい補足として私は二次元の男にしか目がないんです。ちなみに今は有馬くん推し。

「すみません。そういうのはちょっと……」

 なるべく感情をおもてにださないように気を付けながら、私はなんとかそう言った。

 あとでSNSにでもさらしたろうか、このイタイ台詞。

「ああごめん、ごめん」

 男性客はにこやかに謝ってきた。

 まあどうやら普通の人ではあるらしい。変態客かと疑ってしまった。いや変態か。ナンパも今どきじゃあ、変態扱いされて当然だもの。

「実はね、俺。あと3分で死ぬんだ」

「……は?」

 いけない、また「は?」って言っちゃった!

 でも言っちゃうよね、普通! だって目の前で突然、「あと3分で死んじゃうんだ」って言われたら、誰だってそういう反応するでしょ!?

「も、申し訳ございません……」

「いえいえ、お気になさらず」

 男性客はやはりにこやかに微笑む。

 だけど私の心は全然晴れない。というかだんだん苛立ってくる。

 お気になさらずって何? むしろ気になるわ。ていうかお前こそ自分の言動を気にしろ?

 腕時計確認しながら、「あ、あと1分だ~」なんて喜んでる場合じゃないでしょ。

 ま、まさか。これはあくまで時間稼ぎで、これからこいつの仲間もここに現れて、コンビニ強盗でもやらかすつもりじゃ……!

 コンビニ強盗って深夜の誰もいなさそうなときに多いもんね。そりゃそうよね。絶好の機会だもんね。

 後ろに隠してる両腕だって、もしかしたら拳銃を隠し持ってる可能性も!

 いやぁ! 私、バイトにあがれずに死んじゃうって言うの!? そんなの嫌っ!

 だって今日は帰ったら、ビール片手に録りためておいた有馬くんの勇姿を見るって決めてるんだから! 有馬くんを見られずに、こんなわけわかんない男とその仲間のために死ぬなんて勘弁してよっ!

「あ、0時になったね」

 いやああああああああっ!









「はい」

 怯える私の前に、男は隠していた両腕をさらけだした。

 へ?

 缶ビールと、運転免許証……?

 男はにこやかに微笑む。

「いやあ、俺実はまだ未成年でね。まあもう成人したんだけど。残された3分間どうしよっかなぁと思ってたんだけど。良かったぁ。ほんとお姉さんありがと! おかげで楽しい最後の3分間を過ごせたよ」

 私はわけがわからないまま、震える手で男の手から缶ビールと運転免許証を受け取った。

 有馬雄二……リアル有馬くん!? 

 生年月日は……1999年3月22日!? 公式発表されてる有馬くんと同じ誕生日っ!

 ますますリアル有馬くんじゃんっ!

「さんきゅ、お姉さん!」

 そうして爽やかな笑顔で去っていくリアル有馬くん。

 三次元の男、悪くないかも……。

 そんなことを思いながら、彼の後ろ姿に惚けていると、隣にいたブサイクな男の店長が。

「おい、お前もうあがりだろ? さっさとタイムカード押して帰れ」

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最後の3分間 凪野海里 @nagiumi

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