必要な時間

弐刀堕楽

必要な時間

「た、大変です! 先生!」


 早朝、おれの家のドアを蹴破けやぶって、ピースフル友愛ゆうあいボーイが「おはよう」の挨拶あいさつもなしにあわただしくけ込んできた。

 かれが持ってきた手土産てみやげ器物破損きぶつはそんと、けたたましい騒音そうおんと……。

 あとはたぶん、いつも通りのくだらないトラブル。


「どうした? ピースフル友愛ボーイ。ひどい顔だぞ。まるではとがサブマシンガンでも食らったような顔だ」

「それって、ほぼほぼ死んでますよ! いえ、それよりも――」

「まあ待てよ、落ち着け。少し息をととのえたらどうだ? 温かいコーヒーもあるぞ。たしか、きみは紅茶のほうが好きだったよな?」

「で、でも先生!」


 おれはコーヒーをすすってにがい顔をした。決してコーヒーのせいじゃない。砂糖もミルクもたっぷりと入れてある。

 おれが苦い顔をした理由は、ピースフル友愛ボーイにあった。かれはさっきから「先生、先生」と他人行儀たにんぎょうぎはなはだしい。じつに不愉快ふゆかいだった。


「なあ、ボーイ。前にもいったが、きみは正式におれのパートナーに昇格しょうかくしたんだ。もう弟子じゃないんだよ。だからおれのことは先生と呼ばずに、コードネームで呼びなさい」

「で、でも!」

「でもじゃない。さてと、きみがコードネームで呼んでくれるまで、おれはきみを無視むしして新聞でも読んでいようかな。まだ一面しか目を通してないんだった」

「ううっ……そんな……。えーと、なんだっけ?」


 ピースフル友愛ボーイめ。まだおれのフルネームを覚えていないのか。もう二年も一緒にいるのになんてガキだ。ちょっぴり頭にくるぞ。


「うーんと……たしか……。あっ、そうだ! アメイジング・ウルトラ・ハイパー・ジャスティスマン! どうかぼくの話を聞いてください!」

「ブブー。不正解だ。やり直し」

「くそっ……なんだっけな……。あっ、わかった! アメイジング・ウルトラ・グレート・ジャスティスマン!」

「違う」

「アメイジング・ハイパー・グレート――」

「まず出だしから間違ってる。いったん、アメイジングから離れよう。そこからやり直すんだ」

「ううっ……くそう……。あっ、そうだ!」


 そういって、ピースフル友愛ボーイは手をのばすと、おれの手元からサッと新聞を引ったくった。しまった!

 おれはスーパーヒーローだ。新聞には連日の活躍かつやくがニュースとして掲載けいさいされている。

 やれ銀行強盗をつかまえただの、やれテロ攻撃から大統領だいとうりょうの命をすくっただのと、おれにとっては朝飯前あさめしまえのささいな事件が大げさに賞賛しょうさんされ、記事に書かれているのだ。

 そして、そこには当然おれのコードネームが乗っているわけで。


「き、きたないぞ! ピースフル友愛ボーイ! ピースフルが聞いてあきれるな! 友愛の精神をどこへやった?」

「ぼくが好きでつけた名前じゃないです。それ先生が考えてくれたんですよ?」

「うるさい。先生って呼ぶな!」

「はいはい、わかりましたよ。ウルトラ・ハイパー・グレート・アメイジング・ジャスティスマン! これでいいですか?」


 ピースフル友愛ボーイは、新聞の文字を一字一句いちじいっく正しく読み上げた。ちくしょう、やられた。正解だ。


「しかたがない。今回はきみの勝ちだ。だが次はないぞ」

「えへへ、やったァ!――って、そんなこといってる場合じゃないんですよ! じつは大統領から緊急きんきゅう連絡れんらくが入ったんです」

「まーた、あのジジイか。ろくでもない。毎回毎回、よその国でトラブルを起こしやがって。だいたいあれ地毛じげっていってるけど絶対ぜったい植えてるだろ」

「そんな風に自国のリーダーを悪くいうもんじゃないですよ」

「嫌いなもんは嫌いなんだからしょうがないだろ。ほら見ろ。あいつの話をしただけで天気まで悪くなってきやがった」

「天気は大統領のせいじゃないです」

「あーあ、まったく……。今日一日がさっそく台無しの気分になった。朝から最悪のスタートだよ」

「最悪……あっ、そうだった!」


 ピースフル友愛ボーイは、大げさにその場で飛び上がった。

 かれもヒーローのはしくれだ。ビルの屋上を飛び回って移動する、なんて芸当げいとうは当たり前にできる。

 だから勢いあまって飛びすぎた。天井に頭をぶつけて、かれは床の上にひっくり返った。


「おいおい、おれの家をこわすなよ」

「ううっ……すみません。でも聞いてください! ウルトラ・ハイパー・グレート――」

「あーもう。ジャスティスマンだけでいい。いちいちフルネームで呼ぶな。うっとうしい」

「はい。ですが、ジャスティスマン。最悪なことが起きたんです。さっきもいいましたが、じつは大統領から連絡があって――なんと、今日、地球に、超巨大な隕石いんせきが落ちてくるそうなんです!」


 それを聞いて意外にも、おれは安心してしまった。

 自然とみがこぼれてくる。


「ふっ……ふっふっふっ……」

「なにを笑ってるんですか。早く止めに行きましょうよ!」

「なんだよ、思ってたより楽勝な任務じゃないか。前回、あのジジイに呼び出されたときは『うでの骨が折れてるからケツをいてほしい』と夜中に自宅まで行くハメになったからな。あれはキツかった」

「あのときは、ぼくが拭いたんです! キツかったのは、ぼくのほうです!」

「そうだっけ?」

「そうですよ!――って、そんなことはどうでもいいんです。早く隕石をなんとかしないと!」

「まあ、そう慌てるなよ。相棒あいぼう


 おれはゆっくりと立ち上がった。


「隕石なんてもんは、おれたちの手にかかれば朝飯前さ。たぶん三分もありゃ充分じゅうぶんだろう。それじゃあ、そろそろ行くか。さっさと世界を救って、それから朝食でも食べに行こうぜ」

「あ、あの……それがですね……」

「なんだ? まだ何かあるのか?」

「じつは大統領はこうもいってたんです」


 ピースフル友愛ボーイは、ふるえる手で窓の外を指さした。


「隕石が地球に衝突しょうとつするまで、あと三分しかないって……」


 外はますます暗くなる。空の色はくろまっている。


 なるほど、そうか……。


 …………。


 …………。


 …………。


 OHああ SHITしまった !!!!

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