最期の3分間を巻き戻せ!

くら智一

不思議な砂時計

 勇者が口を開いた。

「よし、魔王の間はこの扉の先だ。ブチ破るぞっ!」

「いよいよでござる!」

「……頼むぜ。戦士、魔法使い、僧侶ちゃん。うりゃあああああっ!」


 鉄の塊が洞窟の奥へと跳んでいった。


「飛び込めぇっ!」

 同年代の若者が集まった勇者たち一行は半日がかりで到達した最終洞窟ラストダンジョンの奥底、広場ほどの空間の中へ躍り出た。


 ――辺りは魔物でいっぱいだ。


「紅蓮の神々よ、罪深きものたちを業火にて焼き尽くせ。エクスプロージョンっ!」


 魔法使いの叫ぶ声に応じて空中から爆炎が生じる。勇者たちの身体は自分たちの用いる魔法ではダメージを受けない。(そういうルール……もとい、それはKAC5のお題だ。)世界を支配する超理論によって、勇者たちは無傷のまま、周辺に集まってきた大型の魔獣、アークデーモン、不死者たちを空洞の果てまで吹き飛ばした。


「……熱っ」

 勇者が声を漏らす。

「おい、魔法使い。いつもいつも俺の背中に魔法防御を潜り抜けて火の粉が飛んでくるんだけど、わざとやってるんじゃないんだろうな?」

「そんなわけないだろ! 魔法は複雑なんだ。都合のよいことばかりではない」


「……まあ、いいや。それじゃ、戦士。いつものように頼むぜ」

「心得たっ!」


 戦士は背中に背負った巨大な盾を左手で持ち上げて構えると、奥の玉座にいる魔王目掛けて突進した。


「クケケケ、飛んで火に入る夏の虫どもめ。今度こそ・・・・息の根を止めてやるわ」


 勇者たちが得意としている戦法はこうだ。

 屈強な肉体と多少M属性を持った戦士が、世界最強の盾を持って敵の攻撃をひたすらに受け止める。正直、戦士の攻撃力は期待できない。防御のみに特化した弾除け……ではなく文字通り「盾」であった。


 攻撃は勇者と魔法使いが担当する。すべての魔法を覚えた両者は時折、仲違いすることがあるものの、最終洞窟ラストダンジョンの各地に配置された番人たちを一瞬で消し炭にしたり、地獄の底に無理矢理突き落としたりする力を持つ。


 魔王は木と魔獣がくっついたようなグロテスクな容貌だった。身体中から木の根を触手のように伸ばしている。その数本が前進した戦士に襲い掛かる。


 戦士の持つ盾は木の触手すべてを跳ね返した。さすが戦士さんだ、勇者は一行パーティーの要である彼を敬称で呼んでしまうことがある。


「クケケケ、少しはやるようだな」

 魔王は玉座から立ち上がると、更に木の触手を十数本伸ばした。


「……させぬっ!」

 戦士が岩石の地べたをかかとで蹴りつけると、土の壁が彼の背後から飛び出した。戦士にも扱える防御魔法だ。戦士はもともと魔法を扱えない設定だが、決戦直前のイベント「神竜との出逢い」によって獲得した。


 勇者も同様に神竜から超常能力というかアイテムをもらっていた。使わぬに越したことはないが、おそらく勝利を約束してくれるほどのチートアイテムだ。


 勇者と魔法使いは自分の攻撃力を高めるため、事前準備をしていた。魔法を連続して唱える。攻撃力2倍、魔法破壊力4倍、消費マジックポイント0、3回攻撃、追加属性攻撃……念には念を入れて完全な態勢を整える。


「は、早くするでござる……。1分ひたすら守るだけとか……もう無理……」


 戦士は左右から迫る木の根に貫かれ、両膝を屈した。


「いけないっ、戦士さん。元気を出して!」

 小柄な女僧侶が身につけた装飾品のひとつを頭上に掲げ、神聖な言葉を詠唱した。


 ゾ○ビラ○ド○賀、チ○ッと○カ千○、五等○の四○!


「と、尊い……ぬぉぉっ、力がみなぎる!」

 顔は顔面蒼白、いや青くなっていたが、戦士は再び立ち上がって巨大な盾を構えた。設定上、回復したのだろうが……手遅れのような気がしなくもない。


 勇者と魔法使いはまだ攻撃準備が整っていなかった。なぜなら……お互いに邪魔しあっていたからだ。勇者は周囲の力を集める魔法を唱え、魔法使いは干渉を妨げる魔法を唱えていた。


 魔王を一撃で仕留めた、という功績が欲しいっ! 


 たいてい2人が衝突するのは己の欲望が先攻するからだ。


「ぐはぁぁぁっ!」

 巨大な断末魔の叫びが轟いた。魔王……と言いたいところだが戦士の叫びだった。身体中が串刺しになったまま、最後まで盾を抱えていた。真面目な男の最期だった。


 勇者たちは、魔王を足止めする盾を失った。次に肉弾戦可能な者と言えば……

「俺がやるのか……」

 勇者は、ほくそ笑む魔法使いを尻目に肩を落とした。


「使うぞ、チートアイテム!」

 勇者は懐から「不思議な砂時計」を取り出した。名前は頼りないが、効果は絶大。自分以外のあやゆる時間を3分間、巻き戻すことができる。


 砂時計のガラス容器の中に入っている砂が上になるように地面に置く。


 砂がガラス容器の中を移動し始めるとアイテムから光の筋が飛び出し、太陽のように輝いた。


 勇者の目には戦士の身体から木の触手が1本残らず抜け、盾が背中の位置に戻り、魔王が後ろ向きに玉座へ戻る様子が映った。そして、魔法使いがエクスプロージョンを唱えた直後の情景が戻る。


 ――巻き戻った!


 二度と同じ過ちは繰り返さない。今度は戦士を殺さないように自分も前列に加わろう。勇者は戦士に声を掛け、珍しく自分も敵の攻撃を受け止めることを告げた。


「クケケケ、少しはやるようだな」


 勇者以外は時間の巻き戻ったことを知らないようだ。魔王さえもあざむける! 失敗したら何度でも砂時計で巻き戻せば良い。勇者は勝利を確信した。3分後――


「ぐはぁぁぁっ!」


 戦士が側面から大量に押し寄せる触手に身体を貫かれた。勇者は一歩飛び退いたから助かったが、また貴重な弾除けを失ってしまった。


「仕方ない。もう1度巻き戻すっ!」


 ――巻き戻った。

「ぐはぁぁぁっ!」

 結局戦士は3分後、触手に貫かれて命を落とした。


 もしかして――、勇者は思った。

 一度決まった運命は変えられないっ!?


 振り向くと魔法使いが手元をいじっていた。


「おいっ、何やってるんだ! それ、腕時計じゃないか。なんでファンタジーに腕時計持ってきてんだよ。……ん? もしかして、それ……チートアイテム?」


「くそっ、気づかれたか。おまえが砂時計を使うように俺は腕時計で時間を巻き戻せる……その時間は5分だ」

「俺より上じゃないかっ!」


「……おまえが戦士を生き返らせて、魔王を追い詰めたときに俺が巻き戻したんだよ。再び戦士が死ぬ結果になるまで繰り返したんだ。ふははは。わざわざ白状するのはな、俺は5分、おまえは3分。差をくつがえす方法はないからだ。神竜は俺こそ世界を救うにふさわしいと優れたアイテムを授けてくれたのだ。ふはははははっ!」


「この野郎! 魔法使いだからって、考えることも陰湿かよっ!」

「なんだと、失敬な!」


 ――グサッ!

「「うわあああああっ!」」

「……クケケケ、お前たちは馬鹿なのか? 何をケンカしているのか知らんが、まとめて串刺しだ」


 勇者の背中から刺さった触手は魔法使いまで貫いていた。


「……クケケケ。終わりだな。後は向こうにいる、ちっこい女だけか。他愛もない奴らだ。では、最後は楽しみながら一行を始末させてもらうとするか」


 魔王の魔獣の口が舌なめずりする。次の刹那、世界の風景が歪み始める。


「……ば、ばかな。なんだ、これは。ま、巻き戻る……」


 ビデオテープを巻き戻すように周囲の空間が一斉に逆戻りし始めた。勇者たち一行が扉を蹴破って魔王の間に入る情景すら通り過ぎ、逆戻りは延々と続いた。


 魔王も魔物たちも消えてなくなり、最終洞窟ラストダンジョンの長い回廊が、後ろ向きに歩く勇者たちの背中から前方へ駆け抜けていった。





 ――勇者が気づいた時、上空には太陽が燦々さんさんと輝いていた。


「よし、覚悟はいいか? 今から最終洞窟ラストダンジョンに乗り込むぞ!」


「おう」「御意!」「はーい」


「洞窟の最深部には魔王がいる。心して――

 勇者はふと、奇妙な感覚にとらわれた。


「なんだか、同じセリフを以前にもしゃべった気がするが……気のせいか。心してかかれよ!」


「おう」「御意!」「あの……」


「僧侶ちゃん、何? というか法衣が汚れてない? あれ、さっきまでは気づかなかったんだけどなぁ」


「みんなで仲良く旅しましょう。……面倒なの、嫌いなんです」


 普段は仲の悪い勇者と魔法使いがお互いの顔を見合わせた。なぜか、逆らっては生きていけないような恐ろしい響きが言葉に含まれていた。


「僧侶ちゃん、大丈夫。俺と魔法使いだって、最近は仲良いんだ。……あれ? 何か洞窟に入る前からすごく疲れてきたんだけど、毒とか受けてないかな。明日にしようか? ……うわぁ、うそっ! うそだからね、僧侶ちゃん……そんな怖い顔しないで……。真面目にやるからさ」


 勇者一行は凄くしんどそうな顔をしながら、最終洞窟ラストダンジョンへ足を踏み入れた。



<END>


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