最後のカップ麺

しゅりぐるま

世界の終わり

 その時計がかけられたのはいつだったか、歴史の授業でならったはずだがとっくに忘れてしまった。僕にとっては生まれたときにはすでにあって、そこからずっと世界の終わりに向けて時を数えているだけの存在だ。

 この時計によって僕らの世代は生まれた瞬間から寿命が決まっているようなものだった。途中不慮の事故で亡くなったものもあったが、概ねみんなこの世界の終わりと同時に天寿を全うする。


 人間たちは常に世界平和を訴えながら戦争をした。環境問題に声をあげながら新しくクリーンな街づくりを行った。南極の氷がとけるのを横目で見ながら快適な家の中で過ごした。そんな矛盾だらけの営みの結果、地球が我らに音を上げた。


 世界の終わりを告げる時計は、当初有識者のみ知る存在であり、彼らはそれに抵抗しつづけたが、ついにその時計を止めることも逆回しにすることも、違う星へ移住することもできず、残り100年余りの時点でニューヨークのタイムズスクエアに設置された。


 ここ日本では、渋谷のセンター街に常に映し出され、見ようと思えばテレビでも確認することができた。怖がって見ないようにする者、永遠とそれを眺めている者、自らの死は自らで決めると言いそれを実行する者、皆それぞれだった。


 もちろん最初は暴動が起きた。人々は働くことを忘れ、食料を奪い、家に立てこもる者が大勢いた。しかしどこにいても世界の終わりは来るのだ。そしてそれまでにまだ100年はある。100年分の食料の備蓄などできるわけもなく、そこに気がついた人間たちは暴動を起こすのをやめた。


 今は政府によっておおよその秩序が守られている。我々は好きな労働を選び、その対価として食料や物資を手にした。毎日何が欲しいかによって仕事を選び、対価を手にするのだ。電力、ガス、水道は無料となり、私達は誰もが人並みの生活を送れている。家は数えるほどにある。気に入った部屋が空いていれば住むことができる。鍵などはついていない。我々の世代で自分の持ち物を持っている者は少ない。


 農業を営む者は政府によって管理され、丁重に扱われていたが、それもどうやら終わったようだ。残りの時間を生きている者が過ごせるくらいの、食料の備蓄が完了したらしい。しかもそれはギリギリではなく、私達が最後まで好きなものを選べるようにとの配慮から、だいぶ多めに作ったとのことだ。

 選ばれなかった食料は世界とともに滅びてしまうが、我々人間の選択の自由を最後まで守ろうとした結果だ。我々はこんな時でさえ我儘で自分勝手だ。


 世界の終わりを告げる時計から、今日の午後15時頃がこの地球のタイムリミットだとわかる。もうすくその時間がやってくる。みんな思い思いに自分の最後をどうするか考え、もはや楽しみに思っているくらいの頃だろう。終わりの知れた世の中で、その時の欲求に身を任せることはあっても、恋人や家族を持とうとするものは少なかった。限られた時間の中で、自分ひとりでもやりたいことはたくさんあるのに、誰かと寄り添うことはそれだけで重荷になるのだ。もちろんこんな時代だからこそ支え合っていく、そういう人々もいるにはいるが、僕は最後の瞬間はひとりで迎える部類だ。


 僕の最後はもう決めている。大好きなカップラーメンを食べ、世界の終わりとともに消滅することだ。お湯を沸かし、カップ麺の蓋をあける。お湯を注いで液体スープを蓋の上に置く。箸も用意して、残り3分。時間どおりだ。

 産まれたときから僕の人生は28年と決まっていた。なかなかいい人生だったと思う。暴動が収まったあとの世界に産まれ、教育を受け、人並みに恋をして青春時代を過ごし、自分の人生を選べるようになって数年経つ。

 両親は、親というよりも恋人同士といった感じで、最後の日は2人で迎えると言っていた。僕はいてくれるなと言われたわけだが、その方が気楽だった。「来世でまた会おう」などとしんみりしている両親の隣で世界の終わりを迎えるつもりはなかった。

 カップ麺からいい匂いが立ち込める。残り30秒。そろそろスープを手に取り開ける準備をしておくか。

 ん!? 残り30秒!!? 世界の終わりまでが30秒。カップ麺の出来上がりまでが30秒。なんてことだ、僕は最後の最後に計算間違いを……


 その瞬間、地球は堪えていたものを一気に放出するように、歪み、内部から高エネルギーを発して一瞬の後に消滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後のカップ麺 しゅりぐるま @syuriguruma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ