スパイvsカンフー使い
深川 七草
第1話 スパイvsカンフー使い
すばらしい車だ。
流線型のスポーティーな見た目だけではない。正面のラジエーターグリルには機関銃が隠されているし、併走し体当たりされた時のためにホイールには飛び出る刃もついている。
他にも煙幕や誘導弾のジャミング装置など、ありとあらゆるものがくっ付けてある。
だが、俺のものではない。こうして乗ってはいるが、所詮、勤め先から貸し出されたものだ。
しかし、危機を何度となくすり抜けてきた相棒であることも事実だ。
「あいつか……」
アジア人の男。カンフーの達人と聞いているが、ガタイはそれほど大きく見えない。長袖のシャツのせいか? やってみれば筋肉質かはわかるかもしれないが、まだそこまでは命令されていない。
買い物客で賑わう大通り。俺は、路肩の駐車の列に混ざり、止めている車の中から奴を監視していた。
地味でもこれが新たな任務の始まりであり、相手の生態を知るという基本的な仕事であった。
それで奴はというと、バスストップでフランスパンの入った茶色い紙袋を抱え、まだかまだかと来る方向にたびたび目をやっている。
「夜勤明けの君には悪いが、バスなど時間通りに来るわけがない」
密閉された車内でつぶやく。
シューシュー
やっと来たようだな。
ブレーキのエアー音を出しながらバスは到着する。
どれどれ?
奴は階段をあがり、二階の一番後ろの席に座った。
ついてるな。一応、降りる場所の情報もある。しかし、これで途中下車されても見逃す心配はなくなった。
ファーン
出発するバスの後をつける。
スポーツカーがずっと、遅いバスの後ろを走り続けるのは不自然だ。
意味なく信号に引っかけたり、路肩に停車を繰り返しながら間を維持する。
「……遅い!」
右手人差し指で、ハンドルをタンタン叩く。
遅れているバスは、たくさんの客にどんどん遅れるという負の連鎖に陥っているようだ。
「うん?」
寄せようとしているバスストップに、車いすの客がいるようだ。
すぐさま自分も路肩に寄せ止めると、通行人の振りをしてバス停に近寄る。
「押しますよ?」
運転手はスロープを使い、車いすの客をバスに乗せるところだ。
「手伝いますよ!」
通行人の俺は車いすの乗車を手伝うと、スロープの収納も手伝い運転手にお礼を言われる。そして、そのまま歩き去る振りをすると、ダッシュして愛車に戻った。
「あ、ちょっと」
「え?」
「あなたこの車の運転手さん?」
制服組の警察官だ。
「はい」
「ダメでしょ。ここバスレーンですよ」
車から降りて車いすの乗車を手伝っていたなんて、良いことだが言えない。スパイとして目立ち過ぎる。ここはもっともらしいことを答えなくては。
「すいません。どうしてもトイレに行きたくて」
「次からお願いしますよ」
「はい、止めるところ選びますんで。本当にすいませんでした」
生理現象なら仕方がないと、平謝りの俺を見た警察官は見逃してくれた。
「ふぅ」
bu----n!
車に乗った俺は、エンジンを吹かすとすぐさまバスを追いかける。
情報によると奴は、終点まで乗って他のバスに乗り換えるらしいのだが。
「乗っていてくれよー」
ハンドルについたボタンで環境にやさしくないシフトダウンを繰り返し、タイヤに直結してない今時のステアリングでサクサクのろま達を縫っていく。
よし! あれだ。見えてきた。あの後頭部、奴だ。
だがここで、信号に引っかかる。
クソ! なんでだよ。ここはいいんだよ! 引かからなくて。
まずい。非常ーに、まずい。あと3分だ。
駅に近くなり、信号の待ち時間は長くなっていた。やっと変わると、俺はアイドリングをスタートさせ再びベタ踏みで車を走らせる。
遅れているバスは今まさに、トランジットモールに入ろうとしている。
ここは時間制限で、一般車を規制しているゾーンだ。
残り1分!
bui----n!
モーターとエンジンが同時に回り、加速の頂点に達する。
だ、ダメだ。規制の時間だ。
直進への規制が始まる交差点で慌ててハンドルを切るが間に合わない。
ギャーーー!
愛車は最後の機能、エアバックを展開する。そう、信号機の支柱に突っ込んだためだ。
俺はドアを開け車を降りると、その車を眺め思う。
さすがだな。これほど変形してもドアが開くとは。
今回も俺は、愛車によって危機から救われたのである。
一方、ターミナルに入ったバスを遠目で見る。
順に降りる客に混ざって降りた奴は、最後に降りようとしている車いすの降車を手伝っていた。
カンフーが使えるかは知らないが、お前いい奴だな。
俺はそう思うのであった。
終わり。
スパイvsカンフー使い 深川 七草 @fukagawa-nanakusa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます