異世界なら3分あれば事足りる
naka-motoo
異世界なら3分あれば事足りる
異世界に転生してから早15年。わたしは18歳になった。ということは転生したのは3歳の時なんだけど。
無理心中だったんだよね。
母親がわたしとお兄ちゃんとを練炭でまず眠らせてさ。
その後母親も眠ったんだけど、3人揃って仲良く異世界で暮らすなんてわけにはいかなかった。
てんでバラバラの時空に放り出されたみたい。
まあ、あの母親と一緒に居て幸せになれなくて、だから神様が別々にしてくださったってことなんだろうけどね。
異世界って言ってもそもそもわたしは3歳だったからさ。
異常なる世界もハナからならば別にそれは異世界でもなんでもないんでさ。
だからわたしが1km向こうの岩山をサイコネキシスで動かしたところで誰も驚きもしない。それが常識だから。
小学校に入った時にクラスで起こった男子同士の喧嘩ではサイコネキシスでナイフをそれぞれ10本ぐらいずつ飛ばし合ってたし。
禁止されたら今度はカッターナイフをやっぱりサイコネキシスで飛ばし合ってたし。
朱に交われば赤くなる、異常も積み重ねれば日常になる、最初から異常ならば別に普通、てなもんでさ。
ただ、わたしは出自が別世界だからなんとなく人とは違ってたな。
用を足す時はトイレへ行くし。
あ、そうそう。
この世界の人間は排泄をしないよ。
だからわたしのためだけに自治体で予算組んであらゆる施設に女子トイレを作ってくれた。
全部ウォシュレット付きで。
生活の糧はバイトで稼げた。
コンビニとかあるし。
「よ」
「よ」
挨拶も老若男女全員こんな感じで気楽なもんさ。
あ、でも、一回だけ自治体の大人から死ぬほど叱られたことがあったな。
「おい! ゲトオンパ子! その栓を抜いちゃいかん!」
わたしは隣の自治体との境目の駐車場にあった『栓』をいつもの風呂の感覚で反射的に抜こうとしていた。だから、ダメと叱責されてこう訊いた。
「なんで」
「抜けるからだ!」
「何が」
「い、色々だ!」
その後もわたしが聞き分けなく何度も執拗に訊いてたら、独房に入れられた。
情けないもんだね。
せっかく3歳の時に娑婆を離れて『異世界』に転生したと思ったら、タタミ一畳分しかない独房で独居だよ。
なんで生きてんのかなあ。
あれ? そもそも転生だから生きてるって思ってたけど、この異世界ぽい世界ってみんな生きてんのかな? 死んでんのかな?
まあいいや。
とにかくわたしはあの『栓』を抜きたくて抜きたくて居ても立ってもいられなくなった。
あんまりやりたくなかったけど、力を使った。
「テレポーテーション」
独房の外に出る。
そもそもあっさり抜け出せるのに牢なんか作る意味あるんだろうか。
いや、あるな。
「わたしはあなたに屈服しました」という姿勢を示すことが肝要なんであって、それって自ら力を使わないことが自治体の首長へのアピールになるんだろうな。
奴はバンバン死刑執行の稟議書にハンコ押してるけどね。
とりあえず瞬間移動で外に出た。
いっぺんに移動できる距離は上限があるから、2回目のテレポーテーションで栓のある駐車場に出た。
「うーん。何度見ても抜きたい気持ちをそそる『栓』だわ」
わたしは自分の筋肉でもって抜いてみたかったので、栓の前にしゃがみ込んだ。
プスプスプス
わたしの背中に鈍痛が走る。
振り返れる可動範囲でフクロウみたいにぐるっと首を回して背中を見ると、ツクツクの太めのとんがった金属の針みたいなヤツが何本も刺さってた。
『ああ、これって、たこ焼きをひっくり返すヤツだ』
既視感に嬉しくなって、数秒の間だけ、血が流れている事実から逃避した。
プスプスプス
調子こいてるな。
サイコネキシスの刃物投飛ばしで負けたことのないわたしを相手にして。
血も流れてるけど、それよりも栓を抜きたい。
どうやらわたしの抜栓行為に警告(いや、実害あるだろ!)してきた輩たちはまあどうでもいいから放っといて、栓を抜いた。
なんだろう、3歳の時にまだ離婚してなかった父親も一緒に家族4人で海に行った時、波打ち際に立って、波が引いていく時に足裏の砂が持ってかれて、足裏が、すうっ、ってなるようなあの感覚で以って、アスファルトが滑り出した。
「おわおわおわ」
背中の痛みはほったらかしにして、わたしはその見事な光景に見入った。
「わあ。引き摺り込まれてく」
この異世界の風景が、その栓にずるずると、クラゲが中の水分だけ持ってかれてるみたいな感じであらゆる物体の表面の薄皮からまず栓のわずか15cmほどの円にぺりぺりと吸い込まれる。
その後で含有水分が流れ込んでいってる感じ。
かくいうわたしも、皮膚がまず剥がされていくようだ。
それから、体液と、たこ焼きをひっくり返すヤツが刺さって流れてた血も、全部。
不思議。
いや、不思議という感覚がそもそも変か。
こんな目に遭ってもわたしはまだ意識がはっきりしてる。
実は痛みもものすごい。
麻酔なしでぱっくり割れた膝の傷を縫われてるみたいな。
それが全身の皮膚や肉や骨に伝わっているような。
全部の視覚と音響を認知しながら、わたしはその『栓』を、皮膚と体液とバラバラに、ずるう、と突き抜けた。
『そういえば離婚する前に父親が車の中で聴いてたのって、Doorsの Breakonthrough to the other side だったんだな』
3分ほどかな。異世界の終末に要した時間って。
でも、breakonthrough したその先がさ。
「あれ? これって、わたしの街?」
家族4人で最後に行った、朱色の鉄塔みたいな、円錐形のすっごく高い、なんとかタワーが見えた。
よくわかる。
わたしが3歳の時に転生した異世界って、あの栓で3歳まで暮らした世界と繋がってたんだね。
まだ、血は流れてる。
そして、異世界は水分以外の質量だけ残して、フリーズドライの食材のようなコンパクトな形でなんとかタワーの麓に転がってる。
犬が歩いてきた。
どうしてかこのドライパックの異世界にマーキングしようと、小便をかけるらしい。
そういえば異世界の科学者とか自称する奴らが言ってたな。
『終末ののち、湯をかけ3分で復元する。復活の時だ』
でもどうだろう。
一個の自治体だけで相当な広さだったと思うな。
あんなのがこっちの世界でカップラーメンみたいにふくれたら。
知ーらね。
異世界なら3分あれば事足りる naka-motoo @naka-motoo
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