魔法少女てぃんくる☆みざりぃ

英知ケイ

魔法少女てぃんくる☆みざりぃ

 『魔法少女てぃんくる☆みざりぃ』


 それは、金曜夕方17時30分から某局でやっているテレビアニメ。

 名前から想像がつくように、ペットみたいな使い魔的存在を従えた魔法使いの女の子が主役のお話だ。


 さらに話の内容も、悲惨や苦痛を意味するその名前のとおり。

 魔法少女とはとても思えないような残酷魔法を使い、敵を血祭りにあげることで好評を博している。


 どう考えても深夜アニメ枠な内容なのだが、夕方に放映されている。

 話の流れが勧善懲悪だから許されるのだろうか?

 それとも敵が基本ぬいぐるみ的キャラクターで、血祭りではあっても赤い血が流れることが無いからオーケーなのだろうか?


 世の中には高校生の俺に理解できない事が多い。


 しかし、その残酷さを割り引いても面白いのは事実。

 毎回の残酷魔法に至るまでの展開には、唸らされるほどのドラマがあり計算がある。

 だから、敵が残酷魔法にさらされても、それは必然であると思える。

 後味の悪さは全く無く、むしろ後味爽快ですらあるのだ。

 ネットでは毎回最後の3分の作りが神アニメだとよく紹介されている。



 ただ、残念なことに、高校のクラスの友人で理解してくれるものは少なかった。アニメオタクではない一般人はアニメをタイトルの文字面だけで判断することが多い。

 魔法少女というだけで、彼らはヒき、それ以上に感心を持ってはくれない。


 内容さえ分かって貰えればと、毎回の残酷の良さを語ってみたが、却って逆効果だった。親友だと思っている人間に、まるで犯罪者を見るかのような目で見られるとは……。


 きっと、自分の説明が悪かったのだと、俺は自分に言い聞かせて、校舎裏で独り泣いた。

 自分の好きなモノが誰にもわかってもらえないのは本当に辛い。


 だから魔が刺したんだと思う。


 俺は、泣くのをやめ、体育座りの姿勢から立ち上がると、魔法の詠唱を開始する。


「恨み辛み妬み嫉み……あらゆる悪意の感情よ。我に集まりその形を現し、そしてその成すべきところを成せ、残酷魔法ッ、鉄の処女アイアン・メイデン!」


 もちろん、ポーズだけだ。あくまで魔法少女みざりぃの真似。


 手首のスナップも良くきいていた。

 男だとは言え、ここまで再現できるものはいないだろう。

 酢の物を嫌わず食べるのは重要だぞ!


 俺は自分に酔っていた。



「高橋君?」


 気がつくと、目の前に、女の子がいた。

 いや、タダの女の子だったらよかったのだが、よくよく見ると、いやよく見なくても、クラスの女子の立花たちばなぎんだ。



 手にもつはじょうろ。

 そうか彼女は美化委員。

 校舎裏の花に水をやりにきたのか。

 ……


 彼女はいつも周りの話を大人しく聞いていることが多い印象で、その笑顔をこっそり見て俺は癒やされている。

 上手くは言えないが、道端に咲くタンポポのような、安らぎを与える雰囲気があるのだ彼女は。



 彼女のポニーテールが風に揺れて揺蕩う。

 これは驚いた、といった顔をしている。

 当たり前か。

 校舎裏で訳の分からない台詞をはいて、ポーズをとっている男。

 不審人物ここに極まれり。



 ショックだ……。

 キモオタというアダ名で呼ばれる程度なら、構わない。

 それはオタクとして常に覚悟はしている。


 彼女に、俺のミス・タンポポにまさかこんなシーンを目撃されてしまうとは……。


 さらば俺の青春。


 俺は彼女の視線に耐えられず、俯いた。

 その時――



「今の『魔法少女てぃんくる☆みざりぃ』だよね!」


「ふへっ?」


 変な声しかでなかった。

 あわてて彼女の方を向く。


 彼女はもうすぐそこまで来ていて、俺に向かって微笑みかけた。


「私も毎週見てるんだ! 語り合お」


 その言葉を何度か脳裏で反芻し理解した時、俺の幸せ指数はメーターをとうに振り切っていた……。



 それから立花とはもう完全に意気投合。


 話してみると、結構アニメを見るほうらしい。

 しかも、どうやら彼女は、大人しい性格な分、破天荒なアニメが好きなようだった。『みざりぃ』みたいな。



 アニメ好きで良かった。

 『みざりぃ』見てて良かった。

 校舎裏で生き恥さらして良かった。

 ……今まで生きてて本当に良かった。


 これほど、俺が神に感謝したことは無い。 



 ただやっぱりクラスではそれを隠しているとのことで、俺と彼女とのアニメトークはひっそりと行われることになった。

 『恥ずかしいから、ごめんね』と可愛いタンポポに言われたら、仕方ないだろう。これについては異論は認めない。


 それからは、お互い部活や塾でリアルタイムには視聴できないこともあり、毎週『みざりぃ』の録画を見た後に感想を電話で言い合うようになった。

 最初はLYNEだったのだが、彼女がそれでは思いが十分に伝えられないというので電話になった。正直電話は苦手なのだが、彼女となれば話は別だ。


 毎週金曜日、家に帰ってご飯を食べたら即『みざりぃ』の録画を見て、彼女に電話をするのが俺の決まり事になった。


 そして今日も、見ていたのだが……。


「何ッ!?」


 俺は今目の前で起きている現実が信じられなくなる。

 録画が途切れているのだ。

 しかも、時間的に最後の3分間のちょうど手前のところで……。


 レコーダーによると、何かそこでエラーが起きていたらしいが、俺にはさっぱりわからない。わかるのは、この先が見ることができないという事実のみ


 最後の3分の作りが神アニメなのだ。

 これでは、見たことにならない。

 彼女に胸を張って感想を言えないじゃないか。


 俺だって馬鹿じゃない、ダメだとわかったところですぐに今日の『みざりぃ』のネタバレがされているサイトを探した。


 だが、そこには非情な現実があった……。


『今回は、まず見てください、見るべきです、珍しくそう思ったので、詳細に書くのはやめておきます』


 俺が見たところまでしか書いてない……。


 いつもネタバレと言わずもうバレバレ書いてるだろ~~何で今日に限って出し惜しみするんだよ。

 しかも、複数あるサイト全部が全部とか、一体何があの後みざりぃの身に起きるんだよッ!


 悩んでいても状況は好転しないが、『みざりぃ』は彼女と俺との唯一の結びつきなのだ。

 彼女もきっと、金曜夜の熱い会話は楽しみにしているはず。

 それができなかったら彼女は……。



 空想の中、彼女がクラスの別のオタクに電話しているシーンが頭に浮かぶ。



『立花意外にアニメわかる方なんだな。でも急にどうしたんだ?』


『いつも話してる人いるんだけど、今日全部録画できなかったんだって。もー信じられないよね。今度からあなたの方に掛けるわ』



 いかん!

 タンポポはそういう子ではないとは思っている。思っているが、可能性は排除しきれない。

 彼女は誰にでも好かれるタイプ。

 クラスで密かに狙ってる奴は多いのだ。



 だが、どうすれば……。



 そうこうしている間に、机の上で充電中のスマートフォンが振動する。

 表示されているのは彼女の名前。

 出ないわけには……いかないッ。

 何回かの逡巡の後、俺は会話ボタンを押す。


「あーやっと出たー。もう遅いからこっちからかけちゃったよー。いつもだともっと早く電話くれるのに、今日はどうしたの?」


 いきなり直球か!

 だがこちらも伊達に君と何度も電話しているわけではない。

 躱してみせる!


「ちょっと親に頼まれてた買い物があってさ。帰りに寄り道してたら遅くなって」


 どうだこれなら親孝行。優しい男っぽいだろう! ナイス俺!


「ふーん、何買ったの?」


 ……考えてなかった。まずい、何が自然だ、親に頼まれて買う物。

 俺は何とは無しに部屋を見回す。


 そうだ!


「電池だよ電池。リビングの時計の電池が切れててさ、電気屋寄ったんだよ」


「電池って単一、単二、単三?」


 うおーい。タンポポちゃん、今日に限って何でそんなこと聞くんだよ。

 まあ、時計もいろいろだ、適当に言っとこう。


「単三だけど……」


 大丈夫だろうか、何となく気になって最後の辺り口ごもってしまった。


「そっか、変な事聞いてごめんね。おうちにね、おかーさんがこの前特売で買ってきた電池が沢山あったから、言ってくれてたらって思ったの。でも、もう遅いよね……馬鹿だね、私」


 天使か!


「いやいやいやいや、立花のその気持ちだけで嬉しいよ」


「ふふっ、ありがと。そんなこと言われたらこっちも嬉しくなっちゃうかな……それでね、今日の『みざりぃ』なんだけど……」


 とうとう来た、この時が。

 俺はごくりとつばを飲む。


 誤魔化すなんてこの天使にしてはいけないだろう。


 聞かれたら素直に言おう。

 最後の3分、とれてなかったって。


 彼女を信じるんだ。

 それで他の男のところに行ってしまう子のはずがない!


 ……無いよね?



「私も今日部活が長引いちゃって、ウチでもいろいろやんなきゃなことがあってまだ見られてないの……それでね。良かったら、明日私のウチで一緒に見ない?」


 彼女は天使じゃない、女神だった。

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