アンリミテッドファイアーワークス

七四六明

アンリミテッドファイアーワークス

 まずい、このままでは危ない。

 なんとかしなければ――

 慌てふためく僕であるが、まずは状況を整理しよう。いや、整理したところで状況は変わらないのだが。

 まず、僕は林間学校でここにやってきた。

 昼間は川で泳ぎ、スイカを食べ、森林浴をも楽しんで、最高の林間学校を楽しんでいたが、夜のキャンプファイヤーまで迫ったとき、事件が起きたのだ。

 僕は確かに、自分でも影が薄いと思っていた。

 でもだからといってクラスの全員から存在を忘れられることもなく、友達がいないわけでもないから、まさか僕が倉庫に閉じ込められたことに誰も気づかないまま、今に至るとは思っていなかった。

 まさか公平こうへいあつし林太郎りんたろうも、誰も僕に気付かないとは思わなかった。

 それだけこの林間学校というイベントは、皆を舞い上がらせているということのようだが、しかしそれでも林間学校に負けてしまった時点で、僕の影の薄さは自分が思っているよりも深刻らしい。

 いや、今解決すべきなのはそこではない。

 僕だけならまだいい。

 僕だけが閉じ込められただけなら、まだ問題はなかった。

 どうせ後で誰か気付いて、探しに来てくれるだろうから。

 問題は、ここにもう一人いることである。

「ごめんね、小田切おだぎりくん……私のせいでこんなことに……」

「な、何、大丈夫さ。だから尾崎おざきさんも元気だして、大丈夫だよ」

 尾崎さんと僕は、高校の二年間ずっと同じクラスの同級生だ。

 彼女は端的に言ってしまえば虚弱体質で、すぐに具合も悪くなるため体育はいつも見学しているような子だった。

 体も小さくて全体的に細いし、元気という言葉からかけ離れていると言ってしまえば失礼なんだけれども、そのせいで周囲から一線引かれてしまっている女の子なのだが、何かと僕とは縁のある子だった。

 何せ出席番号順で並ぶと僕は必ず彼女の後ろにいたわけで、そのために彼女が倒れそうになってしまう現場によく出くわしたから、よく保健室に彼女を連れていった。それこそ保健委員よりもずっと、その役目を果たしていると言っても過言ではない。

 僕が普段からどれだけ彼女を手助けしているかは、僕と彼女が付き合っているという噂が当然のように広まって、僕が彼女を保健室に運ぶたびに周囲が冷やかしてくると言えば、わかってくれることだろう。

 今回このような事態に陥ってしまったのも、キャンプファイヤーの準備をしていたら彼女が気分を悪くしてしまって、介抱していたところが運悪く倉庫の影で、そのまま鍵をかけられてしまったという経緯だ。

 そしてかれこれ現在まで誰にも気付かれることなく、二人そろって閉じ込められている。

 僕だけならまだいいのだが、尾崎さんはダメだ。

 倉庫は埃が充満していて、臭いもキツい。尾崎さんの咳がどんどん酷くなっている。

 外に出れば綺麗な空気があるというのに、なんという皮肉。

「本当に、ごめんね……」

「尾崎さんが謝ることはないさ。僕がもっとみんなにアピールしてれば、こんなことには」

 と、状況整理に時間が掛かってしまった。

 僕だけなら、誰かが気付いて確認に来てくれるまで待つということもできるが、尾崎さんをこの劣悪な環境に置き続けることは許せない。

 それこそここで尾崎さんが倒れたら、僕の責任だ。

 そうなったら、僕は僕を許せない。

「ねぇ、小田切くん……あの小窓、あそこから、出られないかな」

 わずかばかりの可能性を感じる、小窓というワード。

 だがその希望は、小窓そのものを見上げた瞬間に打ち砕かれた。

 小さすぎる。

 それこそ尾崎さんなら通れるだろうが、肩幅のある僕では頭しか抜けられないだろう。

 ならば尾崎さんだけでも外に出すか、と考えたがそれもダメだ。

 倉庫内から小窓へは脚立を使えば楽にいけるだろうが、そのあと外へは飛び降りないとならない。体の弱い女の子に、そんな真似はさせられない。

「無理、かな。声を張り上げても、キャンプファイヤーの場所はずっと下ったところだ。聞こえはしないな……」

「そっか……本当にごめんね」

「だから尾崎さんのせいじゃないよ、謝らないで」

「うん、ごめんね」

「だから、謝らないでってば」

「う、うん……」

 さて、本当にどうしよう。

 時計はないが、体感時間でもう三〇分は閉じ込められているだろう。

 実際にどれだけ閉じ込められているかではなく、体感時間でもそれだけの時間閉じ込められていることが問題だ。

 ただ真っ暗な部屋に閉じ込められるだけで、人は圧迫感を感じたりパニックになったりするものだ。普通の人でさえそうなのだから、尾崎さんにかかっている負担も大きいだろう。

「ごめんね……小田切くん。キャンプファイヤー、女の子と踊りたかったよね」

「いや、そうでもないよ。みんなは女の子たちと踊る約束してたけど、僕だけ誰とも踊る予定なかったから、ただあいつらの踊る姿を動画に撮って、後でイジるネタにしようと思ってたくらいでさ、正直キャンプファイヤーなんてどうでもよかった」

「そっか……私も、踊ってくださいって言われたけど冗談で、本気にしてんじゃねぇよっておどかされてさ。だからよかった、キャンプファイヤー見れなくても。私、体弱いから、踊れないし」

「なんだよそれ、不幸自慢にしたって聞き捨てならない。なんだよそいつ、誰だよ。後で僕が一回文句言ってやる」

「そんなに怒らないでもいいよ。私なんかじゃ当然の……」

「僕がそんな酷い話を、笑って聞ける人だと思ってるのなら大間違いだ。僕はなんでもかんでも他人事で聞けるほど、立派な人じゃない。特に僕が知っている友達の悪口なんて、許容できるほど寛大な器でもない。僕に何か力があるのなら、殺してでもやめさせたいと思ってしまうほど、僕は酷く単純な人間だ」

「……ありがとう、私のために怒ってくれて」

「言っただろ、僕はそんな立派な人じゃない。僕が怒っているのは自分のエゴのためさ。友達が悪口を言われたからって理由付けて、正義の味方面したいだけのただの子供だ。僕は君にお礼なんて、言われる価値もないんだ」

「それでも、ありがとう。私のために、私の代わりに怒ってくれて。私はもう、怒ることも、やめちゃったから」

 酷い話だ。

 彼女はいじめられることが多かった。それこそ体と心が弱いから、すぐに自分のせいにして、自分を追い込んで自傷してしまう。

 それをいいように利用する奴らの吐け口にされているのが、僕は我慢ならなかった。

 と言えば、僕はどれだけ正義の味方に見えるだろう、聞こえるだろう。

 本当はそうじゃないんだ。僕だって思春期の男子高校生だ。このストレス社会で、大人や世間に対しての不満に満ち溢れている。

 そんなストレスをぶつける理由を、僕は彼女から探し出そうとしているだけなんだと、最近になって気付いた。

 僕と彼女が付き合っていると噂を流した隣のクラスの連中が、彼女はどうせ早死にするなんて言ってたのを理由に殴った瞬間に、僕は気付いてしまったのだ。

 その日から、僕は彼女を助けることに必死になっていた。

 だから視野が狭まって、彼女をこんな場所に閉じ込めてしまった。僕は僕の正当性を見出したいがために、彼女を貶めた酷い男だ。

「げほっ、ぐふ、ぐほぐはっ……!」

「尾崎さん!」

 マズい、そろそろ限界か。

 僕は慌てて周囲を探る。何かないかと、文字通りの暗中模索を僕は続けた。

 と、僕の指先に何か当たった。小窓から降り注ぐ月光の下に潜って、僕はそれを花火だと確認する。その調子で同じ花火セットの袋をもう二つと、マッチを見つけた。

「小田切、くん……?」

「大丈夫! 必ず助ける!」

 僕は決して、自分を頭がいいと思ったことがない。

 だが言おう、このときの僕は頭がキレていた。

 まず僕は脚立に乗って小窓を開ける。当然、僕はそこから抜け出せない。だが僕はその小窓に打ち上げ花火を設置して、導火線に火をつけた。

 あとは言わなくてもわかってくれるだろう。

 僕は打ち上げたのだ。花火を。

 花火は今回の林間学校の予定にはない。生徒はその場のノリで流すかもしれないが、先生なら気付いてくれるかもしれない。僕は賭けに出た。

 僕は打ち上げ花火をセットすると、次は彼女の側に花火を置いて火をつけた。

 赤と黄色の閃光を放つ、火柱と言ってもいい綺麗な花火が立つ。

 三分もの間光る、長いようで短い花火だが、マッチのほとんどが湿気ていたので、僕はそれを火元、光源に選んだのだった。

 何よりもう一つ、僕が倉庫内で花火を付けたのには理由があった。

 僕はこの限りある三分間を、ただ浪費するだけなんてイヤだったのだ。

「花火しよう! 花火なら、尾崎さんもできるよね!」

「……うん」

 あとで思えば、花火があったような倉庫で火遊びだなんて危険極まりないことだった。

 だけど僕は彼女を助けるのに必死だったのだ。自殺行為と罵られても、それだけは本当だ。

「へへ、花火なんていつぶりだろ」

「たくさんあるから、どんどんやろう」

 たったの三分間。

 皆が一時間も炎を囲う中、僕らはたったの三分間に光を凝縮した。

 鮮やかな色彩で輝く火花の弾ける様を、僕らは目に焼き付けるかのように解き放った。もうこの先未来永劫、花火は見れないというくらいに燃やした。

 僕はその中で笑っていたし、僕は花火に映る彼女の笑顔を見た。

 僕はそのとき救われたのだ。僕にも、彼女を笑顔にすることができるのだと思ったからだ。

 三分間、自分達も咽るほど花火をやり尽して、ちょっと踊ったりもした。それこそ手を繋いで花火片手に回るくらいだったが、それでもその方がずっと楽しかった。

 三分間の中で咲いた無限の火花が、僕らをそうさせた。

 そして僕らは助かった。打ち上げ花火と倉庫内で燃やしてた花火の煙で見つかった。

 先生らに叱られた僕らだけど、来年も花火をやろうと約束した。

 再来年もそのまた来年も、ずっとずっと――

 そうして、僕らの限りある三分間から無限の花火が約束された。

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