《KAC6》永遠にも思える3分間
一十 一人
永遠にも思える3分間
ピーッ、と笛吹きケトルがお湯が沸いたことを示す音を立てる。
『本日の"どっぷり!シニカル・ヌーンッ!"は蜂洲市場で街ブラロケ!』
壁に掛けてあるアナログ式の電波時計は正午ぴったり。
付けっ放しのテレビの画面がCMから昼の情報番組『どっぷり!シニカル・ヌーンッ!』に変わると軽快なテーマソング共にナレーターのそんな声が耳に飛び込んできた。
これで何度目だろうか。
私にとってこの笛吹きケトルの鳴る音はスタートの号砲に他ならない。
私が人生観を変えられ、私の人生のテーマソングとして幾度も幾度も聞き返したロックバンドより、もう耳に馴染んでしまった『どっぷり!シニカル・ヌーンッ!』のテーマソング。
それを会話と呼べるのかは怪しいが、仮にそれを会話とカウントして良いのならば、私の人生においてこのテレビのナレーターより長話をする相手は金輪際出てこないだろう。
私はこの3分間――正確には3分と17秒を永遠に繰り返しているのだ。
スタートは3月20日の正午丁度、そこから3分17秒経てばまた私は正午に私の住むマンションの自分の部屋、キッチンの調理台の前に戻される。
それが何度も何度も――そんな言葉で表せられないほど繰り返されているのだ。
回数は20を超えた時から数えるのをやめ――心を奮い立たせ再び数え始めたがその回数が1000を超えたのでまたやめた。
たったの3分間と言っても20積み重なれば1時間となり、480積み重なれば1日になるのだ。
私がこの繰り返しに巻き込まれてから、これまで私の生きてきた年月を超えるほどの時が過ぎているのか、本当はまだ一週間も経っていないのか――しかし私にとってこの3分はまるで永遠の3分間だ。
絶望の3分間である。
何故私がこの繰り返しに――
ピーッ、と笛吹きケトルがお湯が沸いたことを示す音を立てる。
『本日の"どっぷり!シニカル・ヌーンッ!"は蜂洲市場で街ブラロケ!』
壁に掛けてあるアナログ式の電波時計は正午ぴったり。
付けっ放しのテレビの画面がCMから昼の情報番組『どっぷり!シニカル・ヌーンッ!』に変わると軽快なテーマソング共にナレーターのそんな声が耳に飛び込んできた。
3分17秒が過ぎたようだ。
こんな風に思考してるうちに繰り返しが起こるというのはよくあることだが、しかし何故私がこんなものに巻き込まれたのかが分からない。
繰り返しをどうすれば防げるのか。
これがもうずっと私の頭を悩まされている謎ではあるが、その答えが出ていないのは見ていれば分かると思う。
もし出ているのならば私はもうこの時間の牢獄から抜け出しているはずなのだから。
この3分17秒――繰り返しが起こる3分間、私はいろんな方策を試した。
何か手掛かりがないか家の中にあるものありとあらゆる物をひっくり返したこともあった。
夢を見ているのかもしれないと、ボウリングのマイボールを爪先に落とし、痛みで覚醒しようとしたこともあった。
こんなことが起こるのは気の迷いから生じることだと考え座禅を組み、心を無にして迷いを断ち切ろうとしたこともあった。
家を飛び出して、引き留められるか、或いは巻き込めるかもしれないと通行人に抱きついたこともあった。
――絶望に絶望を重ね、天井に縄を括り付けたことさえもあった。
しかし結果はこれである。
いや結果は何も出ていないと言った方がいいのかもしれない。
何をしたところで巻き戻されるのだから、何も結果など産まないのだ。
せめて何故繰り返しが起きるのかきっかけでも分かれば――きっかけ?
そうか――
ピーッ、と笛吹きケトルがお湯が沸いたことを示す音を立て――私はすぐさま火を止めた。
『本日の"どっぷり!シニカル・ヌーンッ!"は蜂洲市場で街ブラロケ!』なんて飽きるほど聞いた声を尻目に、私は蓋を開ける。
大丈夫、慌てるな。
かやくだの液体ソースだの粉末ソースだのそんなややこしいものは入っていない、確実に間に合うはずだ。
そうして、ケトルのお湯を零さないようにゆっくりと線まで注ぎ蓋を閉じた。
冷蔵庫にマグネットで張り付くタイマーはあらかじめ『03:00』にセットされている。
私は怯むことなくそのタイマーのスタートボタンに指を伸ばす。
――ピッ。
何秒だ!?
『どっぷり!シニカル・ヌーンッ!』のテーマソングなんかに耳を貸さず壁に掛けてあるアナログ式の電波時計の秒針を見れば"3"を少し過ぎたところ――17秒。
間に合った!
もう、こうなれば後たった3分間待つだけである。
なに、私にとって3分間を待つことは得意分野である。なにせ私より3分を"待ちに待った"奴は居ないのだろうから。
奇しくも時間ぴったりだ。本来ならば――気が遠くなるほど繰り返した巻き戻しが起きるならば私がキッチンタイマーの通知音を聞くことはないだろう。
しかし、今回ばかりは違う。
私はどうすれば繰り返し防げるのかではなく、何がきっかけで繰り返しが起きたのか考えるべきだったのだ。
遠い昔のことだ、私も忘れていたが笛付きケトルの音が私に思い出させてくれた。
何故繰り返しが起きたのか――私は最初カップラーメンを作っていたのだ、笛付きケトルでお湯を沸かし、あらかじめキッチンタイマーを3分にセットして。
そして最初に巻き戻しが起きた時私は3分間を待て無かった。
当時の私にとって3分間は長すぎた、だから私は欲望の赴くまま時間を愚弄し嘲笑うような行為をしてしまったのだ!
そう、この繰り返しは私がその『3分間』を待てなかったことに対する罰に違いない。
キッチンタイマーの数字が10秒を切った。
果たして――
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ、
私の耳に届いたキッチンタイマーの電子音、それが意味するところは私が時間の牢獄に打ち勝ったということだ。
私にはその無機質な電子音がまるでオーケストラのファンファーレのように聞こえた。
私は弾かれるように、カップラーメンの蓋を開ける。
手を離す時間すら惜しい、口に咥えて割り箸を割り、その勢いのまま勝者の証を一息に掻き込んだ。
かくして、それが私にとって『最後の3分間』となったわけである――あの永遠のように思えた3分間の。
――永遠にも思える3分間の先にその美味しさはある。
日清カップヌードル。
《KAC6》永遠にも思える3分間 一十 一人 @ion_uomi
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