合法なエロス、違法な清楚

龍輪龍

奪われた校則


「スカートが長すぎます・・・・・


 校門前。風紀委員に捕まって裾上げされる。

 膝上18cm。かなりの勇気を要するミニスカート。

 白肌の太股が惜しげもなく晒される。


 エリカは、その鉄仮面をぴくりとも動かさずに思った。


 ――あの話は本当だったのか。


   ◇


 昨日、校内に不審者が出た。


「ないっ! どこにもない!」


 廊下に這いつくばり、流しの下を覗き込む女生徒。

 見知らぬ制服だ。

 他校から遊びに来て鍵でも無くした――そのような状況に見える。

 エリカは普段通り、やや詰問するように声を掛けた。


「あなた。なにしてるの?」

「……生徒手帳を探してるんです」

「入校証は?」

「え?」

「入校証。受付で貰うはず。手続きを踏んだなら」


 そう言って女生徒の足下に視線を落とす。

 裸足だ。

 来賓のスリッパを履いていない。この時点でクロと判断できる。


「持ってないですよ。そんなの」

「なら不法侵入。即刻逮捕」

「きゃーっ?! 違います! 関係者です!」


 女生徒は弁明を重ねる。


「よく見て下さい。ちゃんと制服を着ているでしょ? この学校の」

「全然違う」

「これはその、少し古い奴で。……でも、ここの制服なんです」

「コスプレおばさん?」

「おば!?」


 彼女を警備室まで引きずって行く。


「離して! あの手帳がないと大変なことに……!」

「大変なこと?」

「私の生徒手帳は〝原本〟なんです! 書き換えたことがホントの校則になっちゃうんです! 誰かが拾う前に見つけないと!」

「意味不明」

「信じてくれなくていいから、離して!」

「ダメ。入校証が無い人は、強制退去」

「人じゃないです! 私は『生徒手帳の神様カミサマ』なんです!」

「神様でもルールはルール」


 頭ヤバめな不審者は、こうして警備室にぶち込まれた。


   ◇


 ――けど、あれは本当に神様だったのかもしれない。


 エリカは教室の惨状を見て思う。

 誰も彼もがミニスカート。風紀委員でさえもだ。

 我が校は県内でも校則が厳しいと有名な進学校だったはず。


 それがこんな、淫猥な服装を〝常識〟のように受け止め、誰も気にしてない。

 教師も注意せず平然と授業を進めている。

「スカートは膝上18cmより短い物に限る」と校則にあるのだから仕方ない。


 異常に気付いているのはエリカだけだ。

 やがて教師に指名され、黒板の前に立つ。

 答えを書こうと背伸びをすると、心許ないスカートの端に、視線が集まるのを感じる。


 チラチラと見えそうなのは変わらない。

 いくら常識とはいえ。

 鋼の美少女、九条英理香くじょう えりかの下着が見えるとなれば、若い情動が刺激されるのは当然のこと。


 背後で前のめりになる彼ら。

 エリカはスカートを抑えず、長い英文を書いていく。

 ――見られることより、気にしていることを悟られる方が恥ずかしかった。

 他の女子は平然とこなしていたのだから。

 丸いお尻の崖端で、ひらひらと揺らめく布。突き刺さる視線にむずむずする。

 黒板に向けた顔を密やかに染めながら、英訳にピリオドを打った。


   ◇


「長すぎます」


 翌日、膝上19cmまで裾上げされた。

 冷然と振る舞いながら、心中ではそわそわと教室に入る。


「隙ありっ!」

「――――っ!?」


 そんな努力を無に帰すようにスカートをめくられた。


「白、っと♪」


 咄嗟に抑え、下手人を射殺すように睨み付ける。


「……なにしてる。死にたいの?」

「何って、校則ルールだろ? 『挨拶代わりのスカートめくり』」


 エリカは目を白黒させて生徒手帳をめくる。

 原本が書き変わると、自動的に全手帳の条文が差し替わるのだ。

 ――が、彼の主張する新校則は、どこにもない。


「あぁ、嘘だぜ。……だが九条が正気ってことは分かった」

「……え?」

「お前は手帳を確認した。記憶を改竄されてれば、その必要はない。『確認するまでもなく、嘘と気付く』んだから。お前は他と違う」

「……アグラも正気なの?」


 安倉綱一あぐら つないち。クラスの異端児であり、最大の汚点。

 校内にゲームを持ち込み、授業中もプレイしている。

 カバンに詰め込まれた密輸品は、どういう訳か持ち物検査を擦り抜けてしまうからムカつく。

 指導を受けない染髪も、学年考査でエリカを2位に叩き落とす成績も、何かしらのズルに違いない。


 ――これは地毛だし、成績は実力だ。


 以前クラス委員として問い詰めたとき、彼はそう言って軽薄に笑った。

 正にルール破りの権化。

 真っ直ぐ規律に準じるエリカとは対極に位置する少年だった。

 しかし今や全て合法。

 染髪も、ゲームの持ち込みも、だらしない格好も、取り締まる校則は失せている。


「全く迷惑な話だ」


 その彼が異常事態に憤っていた。

 訳も分からず首を傾げる。


「ルールがなくちゃ破れない。退屈だ」

「最低」

「九条は何か知らないか? この異常について」

「……教えない」

「なんだ。『知らない』のか」

「知ってる。けど教えない。そう言ってる」

「教えられないんだろ? ホントは知らないから」


 どこまでもカチンとくる男だ。

 エリカは昨日出会った『自称神』について話した。半ギレで。

 アグラは、ううむ。と呻る。


「じゃあその原本を拾った人間が、神様の話を横で聞いてて、校則を書き換えたってことか」

「信じるの?」

「半分はな。……こんなオカルト現象、神様が関わってたほうが、まだ納得できる」

「犯人はきっと、スケベな男子」


 短くされたスカートを抑え、彼をジトッと睨み上げた。


「パンツ見て喜ぶような」

「俺じゃねぇよ」

「……どうだか」

「何にしても捕まえないと。明日は20cmになる」


   ◇


「長すぎます」


 ほぼ日課になった流れで、膝上21cmまで裾上げされる。

 僅かでも風が吹けば全開になりそうなマイクロ丈。


 ぶわぁっ、と。


 勢いよく捲られて、縞々ぱんつが曝かれる。


「おはようさんっ」


 微笑むアグラを、背負った竹刀でしばき倒した。


「今日という今日は、ぶち殺す……ッ」

「ま、待て! 違うんだ! 『挨拶と一緒にパンツを見る』って校則が」

「うるさい……っ! 二度も引っかかるか……!」

「ホントホント! 確認してみろ!」

「仮に、そんな校則あっても、お前・・は従わないでしょう……!?」

「バレたか」


 ボコボコにした。


   ◇


 犯人捜しは難航した。

 移動教室の隙をつき、男子の荷物を漁ってみるが、原本らしいものは出てこない。

 スカートは日増しに短くなっていく。


 現在膝上26cm。もう1mmたりとも短く出来ない。


「全クラス回ったよな?」

「持ってきてないのかも。家で書いてるとか」

「そうなりゃお手上げだな」


 二人の奮闘虚しく、今日も下校の鐘が鳴る。


   ◇


「……アグラ。付き合って」


 突然の告白。

 軽薄を絵に描いたような彼も、珍しく驚いた。


「勘違いしないで。フリでいい」


 エリカは校則の一文を指す。


 ――異性交遊の推奨。


 今朝追加されたものだ。


「別に、従う必要ないんじゃないか?」

「私はクラス委員。規範となるべき存在。……ルールはルール」

「俺で良いのか?」

「正気なの、お前だけだから。適任者が他にいない」


 エリカは顔色一つ変えずに宣った。


「可愛くない奴」

「構わない。これが私」


   ◇


 翌日。校内は手を繋いだカップルで溢れかえっていた。

 前まで厳粛な進学校だった、と聞いても誰も信じないだろう。


 だが生徒達は今も大真面目に、校則を守っているつもりなのだ。


 ・交際中の男女は、可能な限り一緒にいること。


 これが今朝追加されたルールだ。


「ア、アグラ、やるぞ……?」

「緊張してんのか?」

「……するか、バカ」


 少女の手は、かすかな震えごと、ぎゅっと握り込まれた。


   ◇


 ・交際中の男女は、昼食を食べさせ合うこと。


「……ほら、あーん」

「あーん」



 ・交際中の男女は、愛称で呼び合うこと。


「……綱一だから、ツナ、でいい?」

「好きにしろ」

「お、お前も呼ぶの……!」



 ・交際中の男女は――


やっこさん、恋人を作ったみたいだな」

「ここまで狙い撃ちだと、そうなる」


 要求はエスカレートするばかり。

 生徒手帳は淫靡な校則ルールでいっぱいになっていた。


「本気でやるのか?」

「ルールはルール。……ツナ、少し屈んで」


 ネクタイを握って頭を下げさせる。


 『交際中の男女は、1日1回接吻キスすること』


 本日追加された校則ルールを、事務作業のように熟そうとするエリカ。

 その顔を、彼は押し留めた。


「やっぱりダメだ」

「……私とは、嫌?」

「規則でやることじゃない」

「でも私は、ルールを守りたい」

「……違うな。お前が守ってるのは、自分自身だ。……ルールを盾にして、自分が正しいと思いたいのさ」

「そんなこと……」


 至近距離で目を合わせられず、エリカは顔を背けた。


「ツナが悪いの。……早く犯人捕まえないから。……責任取って、キスしろ、バカ」

「いいのか? 捕まえちゃって」

「え?」


 細い体が、ぎゅーっとハグされる。


「ほら捕まえた」

「なにを言ってるの? 離せ。……や、やめて。どこ触って――――」

「ほら、これだろ。原本ってのは」


 そういって掲げられる旧型の生徒手帳。内ポケットにしまっていたものだ。

 エリカは「あっ」と声を出した。

 もはや言い逃れは出来ない。


「……い、いつから私と?」

「怪しいと思ったのはスカート丈だ」

「丈?」

「『膝上20cmになる』と予想した次の日。21cmになった。2cmも縮んだのはこの日だけ。……俺の予想通りにするのが悔しかったんだろ?」

「うぐ。……まさか、ずっと気付いてて?」

「お陰で楽しかったぜ。毎日欲望せーへきを公開してくるんだもんな」

「……あっ、あぁぁぁっ?! 変態! 変態!」

「そりゃお前さんのことだ。むっつりすけべ」


 その一言で鉄仮面は爆破された。

 がらがらと剥がれ落ちれば、燃えるような赤ら顔。


「自作自演ならさ。あの告白って――」


 にやにやと分かりきったことを聞いてくる彼を投げ飛ばす。

 柔道二段の腕前だ。


   ◇


 原本を神様に納めた帰り道。少年は晴れやかだった。


「これで校則は元通り。異性交遊は禁止だ」

「……清々した?」

「そうだな」

「ふーん」と努めて無感情に呟くエリカ。


 その華奢な肩を掴まえて、少年は向かい合った。


「これでやっとルール違反できる」


 夕陽に染まる顔。初心な唇が触れ合う。




 横で、不審者が藪から転がり出た。


「ない、ないっ! どこで落とした!? 私の六法全書・・・・!」

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合法なエロス、違法な清楚 龍輪龍 @tatuwa_ryu

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