彼女は今日も足並みを乱す
時任西瓜
ルール
ルールとは、社会において、物事を円滑に進めるために重要なことだと思う。
信号無視をすれば交通事故が起こるし、約束を
それはこの教室も例外じゃない、三十あまりの机と椅子が詰め込まれたここも、小さいとはいえ立派な社会だ、人が集団で生活をし、ルールがあり、それを守ることで、世界は円滑に回っていく。
「ちょっと、今の見た?」
強気な顔立ちの彼女は声を潜めて、でも隠す気はさらさらないんだろう、標的を指差し、私達取り巻きに向かって言う。
真面目そう、という位置付けにされている二人組の女の子は、まだ指を指されたことに気がついていない。でも、世の中には知らずにいた方が幸せなときもある。
「見た見た」
「普通しないよ」
「変だよねえ」
「ウケるんだけど」
この会話に中身なんてない、ただ、大人しそうな彼女らのそぶりに一々コメントをつけて、くすくすと笑うだけ、そのやり口はインターネットの匿名掲示板を彷彿とさせる。
しかし、どんなに低俗でくだらなくとも、教室の中心にいる彼女の言葉は、波紋のように広まっていくし、直接的な言葉にせずとも、微かな嘲笑や視線を向ける者は出てくる。強気な彼女は思い通りに事が進むのを見て、心底嬉しそうに口角を上げた。
弱い者を笑うことがこの教室のルール。心は痛むけれど、仕方のないことだ。食物連鎖と同じ、強者が弱者を支配することは自然の摂理だし、何より、人間という生き物は自分より下だと思える人間がいなければ生きて行けない。
「つまんない」
その一言で空気が凍った。声の聞こえた方を確かめなくても私には分かる、『彼女』の仕業だ。協調性のカケラもないふてぶてしい態度を振りまき、いつも一人でいる癖して、寂しそうなそぶりなんて見せず、しゃんと背筋を伸ばして、いつも真っ直ぐに前を見据えている彼女の一言は、場の流れを変えさせる力がある。どこか私達とは違う、大人びた雰囲気を纏う彼女に諭されると、自分の行いがいかに幼いものかを理解させられるからだろうか。
教室の隅の席から響いてきた言葉に、何よ、と周りに同意を求めても、先ほどまで調子よく囃し立てていた取り巻き達は気まずそうに目を逸らすばかり、空気に飲まれかけていた他の生徒も、関心を他にうつしたフリをして離れていく、強気な彼女は舌打ちをした。
事態にうっすらと気がついていたのか、大人しい二人組が彼女にぺこりと会釈をしていたのを見た、手を軽く振り、気にしないでとでも言いたさげなその態度に、なにかがこみ上げてくる。
だって、私達が悪みたいじゃないか、アンタは正義のヒーローかなにかなの? 必要なことじゃないか、ここは集団生活の場なんだから、足並みを揃えなくてどうするんだ。心のうちから這い上がってきたどす黒いものが、今にも溢れてきてしまいそうで、私は唇を噛む。ルールは社会を回すために必要なことなんだ、なのに、平気でルールを破るあの子のことが、私は。
彼女は今日も足並みを乱す 時任西瓜 @Tokitosuika
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