鮮やかに少女たちは輝くの

志賀福 江乃



 しろ、シロ、白。白にもたくさんの種類があることを知っていますか?貴方が白、と言われて思い浮かぶのは何ですか?淡い恋心を思い出す、あの子のYシャツの色?凍えるような寒さの中、恐怖を感じるほど降り積もる雪の色?はたまた、全く終わってないレポート?あぁ、普段から自然が好きな人はふと、透き通るような空に浮かぶ、綿菓子のような雲の色を思い浮かべるかもしれないね。天色には絵の具をそのままベタっと塗ったような純白や太陽に向かって羽ばたくハトの重ねられた白がよく似合うと私は思います。


 私にとって白は絶対なのです。それはもう圧倒的なほどに。どんなに辛いことがあっても白はただそこにありました。空に浮かんでいるときもあれば、コップに注がれているときもある。そんな白を見れば、私の心はすっと、軽くなるような気がします。だって白はどんなものにも映えるし、どんなものも回生させる力があるのです。今私の目の前に広がっている白だって人が回復するための白です。


 ずっとつけっぱなしになっている無機質な液晶の向こうで誰かが言いました。

『花嫁の着るウエディングドレスや白無垢が白いのは結婚相手色にこれから染まりますよ、という証なんですよ。』


 本当にそうなのでしょうか。相手色に染まるならば、離婚や夫婦喧嘩はなくなるのではないか?と思ってしまうのです。その白は女性の強さを表しているような気がするのです。例えばほら、妻の尻に敷かれるとか、そういう言葉があるように、女性の真っ直ぐで芯の通った姿を結婚式、という大切な人生の境目に使われているのではないのでしょうか。


 そんなことをぼーっと考えているとしゃー、と金属が擦れる音が部屋に響きました。どうやら誰か来たみたいです。ぱ、とそちらを見ると、白を纏ったナースがこちらを大きな瞳で見つめています。


「あら!おはようございます。気分はいかがですか??」


 気分は、と聞かれても特に何も感じないのです。いま自分がどんな感情なのか、私にはわかりません。だって、何も覚えてないのです。なぜここにいるのかも、何があったのかも。最後に覚えているのは自分の目の前で純白と鮮赤がお互いを誇張しながら混ざり合うことなく流れている映像です。あれは、信じられないくらい美しかったと思います。こんなふうに私もなりたい、と思うほどに。


「声は出せますか?」

「……は、い。」


 その声は掠れていて、自分でもすっかり驚かされてしまいました。ナースさんも驚いたようで、焦げ茶の目をほんの少し泳がせて、先生を呼びに行ってきますね、と、出ていってしまいました。いったい、何が起こっているのでしょうか。私はゴロ、と寝返りをうとうとしました。しかし、思うように動かないのです。どうやら、足がギプスと包帯でぐるぐる巻にされているようです。肩や腕も包帯だらけ。思い出そうとしても、浮かんでくるのは真っ白と真っ赤の、あの光景だけです。


 しばらくして、お医者様と私の両親が慌てた表情で部屋に入ってきました。私の顔を見ると、皆少しホッとしたような顔を浮かべたあと、不安げに顔を曇らすのです。


「私達のこと、覚えてる?」

「お父さんとお母さん。」


 そう答えると父と母は嬉しそうに顔を綻ばせました。目元にクマができているのはもしかしたら私のせいかもしれません。そうだとしたら申し訳ないなぁ、なんて思います。


「何があったか、覚えているかい?」


 お医者様は私にそう聞きました。少し考えてから、何も。と答えました。あの美しい白と赤の記憶はなんだか誰にも教えたくなかったのです。


「そうか……。私は少しご両親とお話をするから。」


 そう言うと両親を引き連れ外に出ていきました。白かった部屋に父と母の服の色が邪魔だったのでちょうどいいやなんて思いました。私は、少し親不孝でしょうか。部屋の色が取り戻されるとなんだか眠くなって私は瞳を閉じました。瞳を閉じると白の次には黒が待っていました。






 ある日、まだ若くて責任感がしつこい程にある学校の先生が言いました。

『君の絵は白が多すぎる。他の色をもっと使いなさい。』


 これは私の記憶でしょうか。きっと今は夢の中です。このとき私はなんてことを言うんだ、と思いました。白は「色」のうちに入らないとでも言いたいのでしょうか。こんなにも美しいのに。白かあるからこそ、他の色がきれいに見えるというのに。学校の先生たちはいつも個性を大事にしなさい、とか言っておきながらも、規則で子供たちを縛り付けて結局のところ、皆同じ色にしているように思えます。学校では白は存在してはいけないのでしょうか。



 ある日、厚化粧で顔に仮面をつけているクラスメイトが言いました。

『ほーんと、協調性ないよね。何で何も反応しないの?気持ち悪い。』


 場面が切り替わったかと思うと、私のことをよく貶す女の子たちが出てきました。彼女達は皆不細工な自分の顔を隠そうと必死にメイクをしています。彼女達は群れを作ります。そしてその群れに入れない子に暴力や暴言で服従させることが大好きなのです。あぁ、もしかしたら今私が大怪我をしてこうして寝ているのも彼女達のせいかもしれませんね。彼女達も自分と同じ色の子たちを好みます。決してホワイトは好まれません。奇抜で蛍光色が好きなのでしょう。



 学校というのは私達学生にとって生活の全てと入っても過言ではありません。学校で受けた影響は少なからず私生活に大きく反映するものだと思います。だからでしょうか、私は学校でとやかく自分のことを言われるのが嫌いでした。もう通いたくないと思うほどに。真っ白になってしまいたいと思うほどに。きっとあの深紅と純白を見たときの感情は喜びだったのでしょう。けれど、まだ、私は白にならせてもらえないようです。



 ゆっくり目を開けると、両親とお医者様が戻ってきているようでした。両親が、何か口をパクパクさせながら言っていますが、どこか私には液晶の中の映像のように見えていました。お医者様が、ギプスももうすぐ取れるし、明日には退院できるよ、と仰っしゃりました。退院したらまた学校に通わなければいけないのでしょうか。あぁ、なんて神様は残酷なんでしょう。白い病室に添えられた色とりどりの花は煩くて仕方がありませんでした。




 それから数日たって、ギプスなしでも歩けるようになりました。母いわく、私は二週間ほど意識がなかったようです。脈はあるのに、意識だけが不思議と何故か戻らなかったと。そのまま目覚めないんじゃないかと思った、と母は目からポロポロ涙をこぼしました。私はそのままでも良かった、なんて言えず、ただただ黙ってしまいました。父は私に気づいてやれなくてごめんな、と謝りました。父が謝っている意味がわかりませんでした。いじめというものは所詮概念です。いじめた、いじめられた、は本人たちが決めることで、本人たちが言わなければそれはいじめではないのです。私は彼女達にいじめられたとは思っていません。彼女達は私を自分達の色に染めたかっただけ。けれど、私のあまりにも濃く、不純物のない白は誰にも染められません。だから、余計にヒートアップしたのです。特に何も答えない私に、父はどこか行きたいところはあるかい、と聞いてきました。だから私は綺麗な空と雲が見たい、と言いました。そして今、私の目の前には美しい紺碧と乳白色が広がっています。少し高い丘の上は何も遮るものがなく、空を見上げるには最適です。このまま吸い込まれてしまいそうなほどです。やはり、モヤモヤした気持ちも白は洗ってくれる。今風に言えば、最強なのです。




 夜中ふと起きると、母のすすり泣く声が聞こえました。父の声は母を宥めているようですが、震えています。


『あの子のことがわからないの……、感情も、言葉も視線も、何もかもどこかに捨ててきてしまったみたい……!』

『大丈夫だ、もう少ししたらきっと元に戻るよ。』

『でもあの子はもとからああだったじゃない!まるで、ロボットだわ。あの子の心はきっと真っ白なのよ!』

『……そう、だな。確かにもとからだ。でも真っ白、ということはこれから何色にでもなれる、ということだぞ。将来どんなふうに成長してくれるか、楽しみにしていようじゃないか……。』

『……そうね。白は何にでもなれる色だわ。いつかきれいな色になれるように私達が全力で支えてあげなくちゃ。』


 そこまで聞いて私はすぐに部屋に戻りました。白は何にでもなれるだって?巫山戯るな!白は白だ。白こそが全てだ。白は全ての源だ、母だ、大地だ。そんな感情がドロドロと溢れてきました。白で何が悪い?潔白で純粋で何よりも美しいじゃないか!白だって立派な個性じゃないか!私は今まで、沢山の人に否定され続けました。個性を出しなさい、色を使いなさい、と。幼い頃好きな色を選びなさい、と言われて白を差し出したとき、却下されることも多かったのです。どうして私ばかりこんなふうに思われなくてはいけないのか。どろどろ、と溢れた黒い感情はぐるぐる渦巻いて私の首を締めています。その日の夜はいつまでたっても眠れなくて、朝、空と雲と太陽を見るとほっと安堵し、やっと眠ることができました。




 しばらくして、また学校に通うことになりました。学校にいくと、群れを作る女の子達が謝ってきました。しかし、彼女達の目が真っ黒に淀んでいることにすぐ私は気づきました。どうやったって黒は白になれないことを改めて理解した気がします。学校戻って謝られても、先生達から同情の声をかけられてももう何も感じません。私は疲れきってしまっていたのです。ふと、教室の窓から空を見たとき、色濃く浮かぶ雲を見て私もあぁなりたい、と思いました。そして、忘れられないあの真紅と純白をもう一度見たい、と。


 ふと気がつけば、私は空と一番近いところにいます。天色に浮かぶ乳白色と太陽の鋭い光が私の目に移ります。白になりたい、そんな願いを叶えるのはきっと簡単です。ガシャガシャと音を立てながら柵を乗り越えます。障害物が何もなくなった空は恐ろしいほどに美麗です。私は真っ白な雲に向けて手を伸ばしました。あぁ、あそこまでいけたなら、ただただ白く浮かんでいられたなら。白い鳥がパタパタと目の前を飛んでいきました。


 お願い、私も連れて行って、一緒に!蝋の羽を作って私も飛ぶわ。きっと私が飛んだあとに広がるのは深紅と純白のコントラスト。なんて美しいのでしょう!!あぁ、素晴らしい、私は白いままでいられる。永遠の白さだ!白が何にでもなると思ったら大間違い!圧倒的な白は何もかもを塗りつぶして鮮明に残るんだわ!ここまで読んでくれた皆さんならわかるでしょう?これは私が白になる、物語!ほら、雲が近いわ!!しろ、シロ、白!純粋で邪魔なものは何一つない純白に、柔らかくて温かい乳白色、月が太陽からもらう月白色、白粉の胡粉色!あなたはどの白が好き??そして、どの色とのコントラストが好きかしら!


 そうね、私は、深紅と純白が好き!!!


 雲を目指せばきっとドン、という音とともに、深紅の花が咲くのだわ!純白なコンクリートと少し透けたYシャツに!さぁ!














 ドンッ。


 


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