しりとりのルール

蒼城ルオ

ルールに関する談義は、合意があれば制限なし。

 しりとりのルールといえば、「しりとり」の「り」から始めて、前の人間が言った言葉の最後の文字で始まる言葉でつなげていき、「ん」で終わってしまったら負け、というのが定石だろうか。


「必ずしも『り』で始まらなきゃいけないってわけでもないけどねー。あと、『ん』で始まる言葉を言えればゲームオーバーじゃないっていうの、個人的には美しくないから不採用だけど、採用した場合は高確率で『ンジャメナ』が出てくるの、他にも『ンデベレ族』とか『ん廻し』とかあるのにあれだけ知名度が高いのはなかなかに興味深い」


 ……いつものことながら立石に水、流れるような説明だな。


「何のこれしき、我が最愛なる弟達が姉の勝ち逃げを許さない負けず嫌いでね、正攻法では勝てないと知るや、ルール上の欠陥を衝きたがったんだ。特にしりとりなんて盆と正月の帰省で長時間車に押し込まれる際の暇潰しの常套手段だったものだから、そりゃあもう色んなローカルルールが生まれたもんだ。ジャンル縛りや文字数縛りは当然、最終的にはサービスエリアについたときに出番だった者が自動的に負け、なんてルールが出来て、ついたとき、ってのはサービスエリアの敷地に入った瞬間なのか父親がサービスエリアの駐車場に車を停め終わった瞬間なのかで言い争いになったこともあったね!」


 姉さんがお前だなんて、俺なら世を儚んで出家するのも辞さない。


「言うに事欠いてひどいじゃないか! これでも年の差が片手で足りるか足りないかってところのいたいけな少年達相手に多少の手加減はしてたさ!」


 流石に高校時代のお前が小学生相手に語彙全部使って嬲ってたら本気で良心の有無を疑う、が……手加減って、例えば?


「罰ゲームでアイス奢りになったから安いアイスにしてやったり、相手が『る』終わりの言葉でまとめてくる気配を感じたから同じことは返さずひたすら守りに撤して10回だか20回だか凌いでみたり。まだ聞くかい?」


 ……いいことを教えてやろう。それを嬲り殺しと言うんだ。


「だってさあ……ああ、でも、一理あるかもしれないな」


 何?


「日本の一部地域に伝わる、しりとりのルールの始まりなんだけどね。そうだな……特定されると該当区域に住む方々やその地が生まれ故郷の同輩に迷惑がかかる、仮称としてK県、と」


 とりあえずで一番該当する都道府県が多いイニシャル出してくるのは何なんだ、嫌がらせか、この悪魔。


「まさか! 今までもこれからも私が嫌がらせをするなら粗雑になんて最も唾棄するものだし、目下のところその対象は君だけだよ、分かりきってるだろ?」


 ろくでもない前口上は聞き飽きた。


「たまには乗ってくれてもいいんじゃないかと思うね、特に今回は君が脱線したんだし」


 仕方ないな、乗ってやろうじゃないか。ああ、怖い怖い。それで? K県が何だって?


「適当極まりない相槌をどうも、親愛なる聞き手殿。そうそう、K県には……うーん、仮称は揃えるか、K山という山があるのだけどね、そこには山童やまわろが住んでるんだな」


 ……何だって?


「山童。河童の亜種だ。山に捨てられた忌み子の比喩とも言われているけど、それはまあいい。住んでるんじゃなくて住んでるって言い伝えがあるんだろうってこの現代日本においては至極真っ当なご指摘も今は置いておいてくれ。忌み子ってだけあって黒髪黒目ではないことが定石だが、まあそれもいいか。で、河童がそうであるように山童も人を自分のテリトリーに引きずり込んで魂を抜く。あれだ、尻子玉」


 まず、河童が人の魂を抜くってところから初耳なんだが。


「学はあるのにこういう知識には疎いなあ、君は。まあ、昔も君みたいのがいたんだろうね、K山に入っては魂を抜かれて廃人になる人間が続出した。そこで麓の住民達は一計を案じる、山童の苦手なもの、嫌いなものをちらつかせて追い払おう、ってね」


 念のため聞くが、それがしりとり、って言うんじゃないだろうな?


「何で君はそう話の腰を折ってオチに持っていくかなあ! そうだよ、そのとおり。正確にはシリコトリモリの歌、と言ってね。あながち馬鹿には出来ないもんさ。山童は忌み子に起因するわけで、忌み子ってのは連綿と続く血の繋がりから弾かれた魂だ。つまり、繋がりの象徴たるしりとりはうってつけ、ってわけだ、が」


 『が』? 


「学者先生によると、逆の作用もあるらしくてね。山童から逃げるために必死に単語を並べるぶんには有効でも、戯れに長文でしりとりを続けたり延々としりとりの話をしたり手を抜いて同じ単語でしりとりを続けたりするのは山童を愚弄していると取られて襲われるらしい。……そしてこれはどうでもいい話だが、此処もK県で、裏の山はK山で、私は今まで君に黒髪黒目の状態で会ったことはなくて、このへんの都市伝説で一番新しいやつは山奥で何故か溺死体になって死んでた女性の話だねえ。――ねえ、どう思う?」


……嘘だろう?


「嘘だと思う?」


 嘘だと言ってくれ、頼む。


「無駄無駄、今更逃げようとしたってさあ。そもそも君、こんな益体もなさそうな話を何でわざわざこんな時間のこんな場所でし始めたと思う?」


……う、嘘だ、嘘だろ……っ!


「ろくすっぽ考えずに何でもかんでも耳を傾けてくれるのは君の美徳だけどね、たまには疑うことを覚えたほうがいい。




って、はは、冗談だよ冗談。どうせ襲うなら君よりもっと食いでのありそうな美人を、魂抜いた後手足も残さずいきたいね。……っていうのも当然、真っ赤な嘘!」






 …………そろそろやめにしないか?


「構わないけど、ただではうんと言えないなあ。二つ条件がある。一つ目はもちろんルールを守ること、二つ目なんだが、最後がカニバリズムオチだったのは勿論意味がある、端的に言えば私は空腹だ、甘いものを要求しようか。駅前の菓子屋のガトーショコラとキルシュクーヘンと木苺のパイ!」


 いやそれは……いいえ何でも、異存ございません。

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