死が二人を別とうとも

うめもも さくら

君が帰ってきた日、僕は罪人になった


「ずっと一緒にいようね」


 それはなんとも優しく甘い残酷な呪い。

 ずっと君を守ると決めた。

 ずっと君を愛すると誓った。

 神の御前で二人は、誓いの接吻くちづけを交わした。

 この時は本当に幸せだった。

 この幸福が続くことを信じて疑わなかった。

 あの日……君が死んでしまうまで。


 それは、どこにでもありそうな、ありふれた事故だった。

 君は夕食を作るため買い物にでかけた。

 僕は仕事で留守にしていたから、君は一人で買い物にでかけたんだ。

 君は余所見をしていた車に、はねられて死んだ。

 見ていた人は言っていた。

 まるで人がゴム毬のように跳んで跳ねて、あっちへこっちへぶつかって、人形かなにかのように、ぐしゃりと落ちたって。

 僕が連絡を受けて来たときには、君はもう死んでいた。

 あの時の悲しみや嘆きと、仄暗い憎悪を、僕はきっと忘れることはないだろう。

 あの日君は死んでしまった。


 あれから僕は色々考えてみた。

 生きている病気の人間に、心臓などの人間の一部分を与えることができるのなら、死者だって生き返るのではないか。

 彼女の体に生きている人間の心臓、生きている人間の脳、ボロボロになった足も取りかえて、彼女を蘇生させることができるのではないか。

 昔の人間だってきっとそれを試して失敗したのだろうが、今の技術ならばそれも可能なのではないかと。

 僕はかろうじて残っていた君の体を奪い、冷凍庫に保存した。

 今は冷たくて、寒いかもしれないが、ほんの少しだけ我慢をしてほしい。

 僕は急いで君のからだになるものを集めた。


 この行為が罪だとはわかっていた。

 けれど、神様は僕から君を奪ったから、僕は喜んで罪人になる。

 死が二人を別とうとも、決して僕らは、別れることはない。

 愛する君を甦らせることで、僕らは永遠に、ずっと一緒にいられる。


 君を生き返らせるため、僕はいろいろ調べた。

 最初は周りのみんなが心配してくれた。

 だんだん、人は気味悪がった。

 僕が狂っていると離れていった。


 君に似た骨格の人間を集めて、君に似た瞳の人間を手にして、君に似た髪、君に似た皮膚、君に似たパーツを集めていったんだ。

 そして少しずつ、君を作り上げていった。

 作り方はロボットとほとんど大差たいさない。

 目の前で君に心臓を入れて、君に脳を与えた。

 脆い君の本当の躯は、最終的には腕だけになってしまったけれど、やっと君が完成した。

 君が帰ってきた日、僕は罪人になった。

 君が目を醒ました時、僕は罪を受け入れた。

 僕の行為が罪だとはわかっていた。

 けれどこの罪は、何事なにごとの法律も凌駕りょうがした、新しい経典きょうてんのようなものだ。


 君の躯は脆くて、メンテナンスをたくさんした。

 君は目を覚ますのに、なにも話してくれない。

 きちんと動くのに、君はまだ不完全だった。

 ある日、誰かが僕らの家をノックして、乱暴に侵入してきた。

 警察だった。

 法によって僕を裁くというのだ。

 僕の行為が罪だとはわかっていた。

 それでも、誰かが考えた法律なんかで、僕らを離すことなどできない。


 僕は隙を見て警察から逃れ、君を連れて外に飛び出した。

 君を背負って、山道を走る。

 君を隠すために。

 橋の上を来たときに、君が傾いだ。

 そして、君の腕が僕の背を押して、僕らは橋から落ちていく。

 君が泣いているように見えた。

 風を切る音だってわかってはいるけれど、君の泣き声のように聞こえた。

 落ちていく勢いに負けて、風圧と重力によって継ぎ接ぎの君の躯が、ばらばらと音をたてて、崩れていく。

 最後に残った君の腕だけが僕の首に絡んで、僕は君に抱かれながら目を閉じる。

 今の僕はきっと、あの一番幸せだった瞬間のように、誰よりも幸せそうな顔をしているだろう。


 神様、僕はわかったんだ。

 死が二人を別とうとも、肉体を離れても、僕らは永遠に、ずっと一緒にいられたんだって。


――ねぇ、神様。

――僕の罪は間違っていたのですね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死が二人を別とうとも うめもも さくら @716sakura87

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ