荒野のルール

宇多川 流

荒野のルール

 強き者が喰らい、弱き者が餌となる――

 そんなのが荒野のルールなら、オレが強くなってルールを変えてやる。そう言って孤児院を出て行った幼馴染の少年は、結局帰ってはこなかった。あれからもう、五年以上は経つ。

 荒野に唯一の孤児院はだいぶボロボロになってきて、今は少しずつ修繕が行われていた。周囲の民家の人々も手を貸してくれる。弱き者が身を寄せ合い、荒野の隅に隠れるようにして暮らしているのがこの集落だ。

「アリー、今日は出かけないの? 午後から降ってきそうだから写生も木材探しも難しそうよ」

 声をかけられ、わたしは読んでいた本から顔を上げる。振り向いたそこには、ブロンドを束ねたナナの姿。

「そうだね、早めに行こうかしら」

「たまにはあたしも連れて行ってくれるといいのに」

「写生は一人じゃないと集中できないの。木工作品に使う木材も、わたしが欲しい形のをいちいち説明するのは面倒だし」

「はいはい、何度も聞いたわよ。言ってみただけ。必要以上に干渉しない、それがあなたとのルールだものね。芸術作品は売ればお金になるし、文句はないわ」

 彼女が肩をすくめるのを見ると、少しだけ罪悪感が湧く。でも、連れて行くわけにはいかないし。

 そして、ルールはわたしだけではなく彼女にも効力を及ぼす。わたしも彼女が日中何をしているのかに干渉しない。

「写生、完成したら見せるよ」

 わたしは本を閉じて玄関に向かう。周囲の先生がたがそれに目を向けた。

「アリー、気をつけてね。最近はこの辺りにも盗賊が出るから」

「ええ、大丈夫よ」

 そう答えて、わたしは近くの林へと向かった。


 雨が降るなら置いてはおけないと、わたしは林からいくつかの木材を組み合わせたパーツを持ち帰った。藁にシーツをかけただけの簡易ベッドの上に置かれたそれを、ナナは珍しそうに見る。

「よく、こんなの考えるね。そう言えば工作の本も読んでたものね」

 彼女が慎重に手を取ったのは、細長いパーツ。弾力のある植物の蔓を側面に回し、小さな車輪に一巻きして固定してある。

 わたしは石を磨いて作ったナイフで、木片を削っていた。石がいいのだけれど、丁度いい大きさの物は足りない。上手く狙った大きさに削れると、木材のパーツとともに袋に詰め木箱に入れる。その木箱の中身が数少ない、わたしの持ち物。

 窓の外ではしとしとと雨が降り続く。空も暗く視界が悪い。今日は早めに寝てしまおうかしら。

 そんなことを思い始めたとき。

「大変だ!」

 雨にもかき消されないくらいの大声が響き、勢いよく孤児院の玄関のドアが開かれる。

「盗賊だ。野盗が来た!」

 近所の民家のおじさんのことばに、眠気も一気に冷めた。周囲の空気が凍り付く。

 先生たちはまだ幼い子どもたちに声をかける。裏口から逃げるように促されるが、この集落の周囲は視界を遮るもののない荒野。どこへ逃げればいいのかと、大人たちも焦るばかり。

「逃げようがない。どこかに立てこもるしか……」

「そんなことしたら、結局は餓死するか引きずり出されるかだよ」

「でも、逃げる場所もないよ。相手は銃も持ってるし馬を使ってるんだ」

 迷っている間にも時間が過ぎ、外が騒がしくなってくる。

「逃げられないなら、戦いましょう」

 わたしが言うと、大人たちは驚き、何を言ってるんだ一体、という目で見る。

 その視線の中、わたしは木箱を開けた。そこにあるのは、石と木の弾丸、投擲用のパチンコ、そして木のパーツを組み合わせて現われる木の銃。

 大人たちはそれらを見て驚き、怯え切っていた目の色を変える。

「凄い芸術作品ね」

 ナナは言い、精悍な表情で木の銃に手をのばした。


 まともな抵抗などできまいと油断しきっていた盗賊たちへの待ち伏せは、彼らに大きな打撃を与えた。子どもたちは窓のない小部屋に隠し、戦える者はパチンコと銃で窓や玄関から一斉に攻撃する。向こうはこちらの武器の詳細を知らないので、銃器を持っているとだけ把握した後方の一部の盗賊だちは逃げ出したようだ。

「この集落を襲撃してはいけない。襲撃した盗賊は、一人残らず捕らわれる」

 たとえルールは変えられなくても、ルールを追加することはできる。

 盗賊たちが縛り上げられるのを見ながら、わたしは少しの間、まぶたに浮かぶ少年の顔を思い出していた。




   〈了〉

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