お土産ボイコット同盟
初音
お土産ボイコット同盟
私の職場には、暗黙のルールがある。
それは、連休を取り、旅行に行ったらお土産を買ってくる、ということ。
うちの職場はシフト制だ。年末年始も、お盆も、GWも、世間様と同じように休むことはできない。
盆暮れ正月にみんなで休むような会社では、「みんな休んでるんだからお互い様」というわけで、あえてお土産文化はなしにしよう、などとしているところもあるみたいだが、うちのように交代で連休を取るところは「(みんなが働いている中)お休みを頂戴してありがとうございました」の意味でお土産を配る。
津々浦々のお菓子をタダでもらえ、仕事中に堂々とデスクで食べることができるという点では、この風習はありがたい。
だが正直、面倒くさいと思うこともある。何しろ楽しいはずの旅行先で義務感を感じながら買い物するのだから。たぶん皆も少なからず思ってはいるはずだ。しかし誰もやめようとは言い出さない。なんとなく、言い出しにくい。それは私だって例に漏れず、言い出す勇気は持ち合わせていない。薄情者、若造のくせに、と思われやしないか。そういう保身の気持ちが生まれ、結局入社から5年、ずるずると今に至る。
ちなみに、どこにも旅行に行かなかったらどうするのかというのは愚問だ。
シフト制で働く我々にとって連休は貴重。旅に出ずしてどうするということで、ほぼ100%旅行する。近場だとしても、遊園地や水族館のお土産を買わなければ顰蹙である。
結局、無難なものを無難に買えばいいのだし、喉元過ぎればとはよく言ったもので、旅行から帰ってきて1週間もすればこの問題のことなど忘れてしまう。
まあ、いっか。どっちにしても、仕事とは関係ないことだし。
しかし、ある時風向きが少しだけ変わった。
「わああ、すごーい!」
同僚たちの歓声に誘われて輪の中心に行ってみると、最年長の川端さんがお土産のお菓子を広げていた。
「これ、今京都で話題のやつじゃないですか?」川端さんのコバンザメ的な先輩・藤野さんが高めのトーンで言った。川端さんはよくぞ聞いてくれましたとばかりに少し胸を張ると、
「そうなの!老舗のお抹茶屋さんが発売した10年ぶりの新商品、っていうからね。並んで買ってきたの。みんなもひとつずつどうぞ」
言われるがいなや、皆嬉しそうに「おいしそ~!」「ありがとうございます~!」などと言って手に取り始めた。私ももちろんその1人だ。
お菓子はおいしかった。今までもらったお土産とはレベルが違った。特に以前新入社員の前田くんが買ってきた「金沢に行ってきました」という焼き印のあるクッキーよりは数倍おいしかった。
だが、私はお菓子の味が帳消しになるほどに、もやもやとしていた。
一番年上の川端さんが値段・クオリティ共に高いお土産を買ってきたとあっては、もうただ個数が合っていればよいと言う問題ではなくなる。
川端さんには悪気はない。基本的には優しくていい人だ。ちょっと想像力が足りないだけ。自分がお土産に気合いを入れてしまえば皆も右へ倣えしなければいけなくなるであろうことに、想像が及ばないだけだ。そういう、ちょっと天然が入った人なのだ。40過ぎて天然で済まされるのもどうかと思うが天然は天然だ。
事実、それ以降北海道に行った人は、安いラングドシャではなく(私はラングドシャもなかなか好きだが)、かの有名なレーズンの入ったバターサンドを買ってきた。
沖縄に行った人は、安いちんすこうではなく(私はちんすこうもなかなか好きだが)、紅芋タルトを買ってきた。
有り体にいうと、お土産にかかる経費と、おいしいものを買わねばというプレッシャーは倍増した。
そんな中、前述の前田くんは、大阪に行ってきたから、と直径5cmくらいのたこ焼き煎餅を買ってきた。それを1人に1枚ずつ配って、終了した。
まあ、男子はそんなもんだよな、と私は深く考えてなかったのだが、そうではない女性がいた。
「ねえねえ、今日前田くんが配ってたお土産、あれはさすがにどうかと思わない?」
ランチ時、藤野さんが同意を求めるように言ってきた。
私や藤野さん、数人の女子社員は節約のために弁当を持ってきているので自販機の並ぶ休憩スペースで昼食を取る。本当は1人でゆっくり食事を取りたいが、藤野さんは自分では皆に慕われていると思っているから、ランチに誘われると断れない。
「うーん、まあ、そうですねぇ……」私は歯切れの悪い返事をした。
「川端さんがあんなにおいしいお土産を買ってきてくれたんだから、私たちもそれなりの物を買ってこないと、ねえ?」
「まあ、たこ焼き煎餅もおいしかったですけど」一応フォローを入れるが、藤野さんの耳には届かない。
「せめて、量で勝負っていうか、1人2~3枚はあったらよかったですね」私より5つ上の先輩、春川さんが折衷案みたいなことを言う。
その時、私は自販機に飲み物を買いにきた前田くんをみとめた。
藤野さんは自販機に背を向けているので気づかない。気づかないまま、こう言った。
「これだから最近の若い男の子は気が利かないわー。前田くんはもう少しお土産選びのセンスを磨かないとダメね!」
前田くんが驚いたような顔で藤野さんの背中越しにこちらを見ると、私と目があってしまった。
伝わるかはわからなかったが、「ごめん!」と目で訴えた。前田くんは少し頷くと、缶コーヒーを手に立ち去った。その顔はなんだかショックを受けたようだった。まあ、無理もない。
午後になって、私は倉庫整理すなわち肉体労働を手伝って欲しい、と言って前田くんと2人でデスクを離れた。
「あのさ、昼休みの時、藤野さんが言ってたの、聞いちゃってた……よね?」
「ああ、あれですか、まあそうですね」
歯切れの悪い前田くんの様子を見て、私は「気にしなくていいから!」と慰めた。
「いや、皆さん豪華だったのに俺だけあれなのは確かになぁって、藤野さんの話聞いて思いました。でも実は探したんですけど皆さんのに釣り合うようなの見つけられなくて……」
私は、なんだかとっても前田くんが気の毒になってきた。貴重な旅行の時間を割いて、職場のお土産などという義理以外の何物でもない代物を探してくれたのだ。なのに、あんな風に言われてしまうなんて。
「前田くん、ボイコットしよう!」
考えるより先に口をついて出てきた。
我ながら後輩を巻き込むなんて小心者だとは思うが、仲間がいればできる気がしてきた。
「せっかくの旅行なのにさ、職場への義理のために時間やお金を使うなんてもったいないよ!次の連休ラッシュの時には、みんながどんなものを買ってこようが、私たちは何も買ってこない!それを毎回続けてれば、『あいつらは買ってこないからな』で終わるし、これを後輩に受け継いでいけばいつかこっちが数で勝てるよ!」
前田くんは口をポカンと開けていた。その顔には「マジっすか?」と書いてあったが、少し嬉しそうでもあった。
「いいっすね。でも、なんで買ってこなかったのか聞かれたらどうします?」
「うーん、その時は、新幹線に忘れたことにする」
「私たちはあげたのに、って言われたら?」
「次回はいりませんので、って言う」
「でもお土産って、連休ありがとうの意味もあるって藤野さんが」
「それは仕事で返す!連休取った分がんばればいいんだよ!大丈夫、前田くん、私が新人の時より全然仕事できてるから!」
前田くんはおかしそうにはにかんだ。
ここに、たった2人の「お土産ボイコット同盟」が成立した。
そして、夏休みと称する交代で連休を取る期間がやってきた。
7月15日。川端さんが最初の連休を取り、お伊勢参りだと言って三重県に旅立っていった。
いよいよ、私たちの同盟は活動開始だ。
脳内に
川端さんがどんなお土産を買ってこようと、私は買わない。前田くんだってそうだ。先輩たちに「最近の若い奴らは」と言われても構わない。これからの若い奴らに負の
7月21日。川端さんが帰ってきた。
「みんな、お先にお休みもらっちゃってごめんね~!休み中、何かトラブルとかなかった?ああ藤野さん、あの案件、引き継いでくれてありがとうね」
そんなことを言って、川端さんは何事もなかったかのように自席に座って溜まった書類の整理をし始めた。
30分経っても1時間待っても、お土産が配られる気配はなかった。
しびれを切らしたのか、失礼にも藤野さんが立ち上がった。
「川端さん、お休み中お伊勢参りっておっしゃってましたよね。おいしいものは何かあったんですか?」
「ええ、いろいろ食べてきたわよ~。牛肉を煮込んだお料理がおいしかったわぁ」
「スイーツ系は買ったんですか?その、赤福、とか」
うわあ藤野さん切り込んだ!と誰もが思ったに違いない。さすがに露骨すぎでは、と私は内心ヒヤヒヤしながら様子を見守った。
「ああ、私ね、あんこが嫌いなのよ。それで今回はお菓子っていうより食事を楽しんだのね。そうそう、だから今回はみんなにお裾分けできるものがないの」
藤野さんは鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をして、「はあ、そうですか」とつぶやいた。
「あ、もしかして期待してた?でもね、お土産って、旅先でおいしいものや心動かされるものに出会って、ああこれをみんなにも教えてあげたいわ、味わってほしいわって思うから、お裾分けとして買ってくるものでしょう?無理して買うものでもないし、もらえて当然と思って待つものでもないわ」
藤野さんはぐうの音も出ないという顔で、小さくなってパソコン作業に戻っていった。私と、隣の席の前田くんはポカンとして川端さんを見ていた。
川端さんはこちらに気づくと、ニコッと微笑んだ。
ここに、「お土産ボイコット同盟」は活動を開始する前に、あえなく解散となった。
お土産ボイコット同盟 初音 @hatsune
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます