ルールにあって、法則にないものは?

snowdrop

VS

「現部長VS次期部長(候補)対決、あるなし法則クイズ~っ」


 並べた机を前に座る三人の参加者が手をたたく。

 三人の前にはそれぞれスケッチブックとインクペンが用意されていた。


「今年もこの季節がやってきましたね。思えばわたくし、ガチンコ対決で先代部長を打ち負かしたことで部長の座を手に入れ、今日まで部長を務めてきました」


 真ん中に座る部長は、指を組みながら両隣に座っている部員を一瞥する。


「クイズは知識や早押しもさることながら、実力がものをいう世界ですからね。せめて現部長を打ち破れる程度の実力をもちあわせた者でなければ、次期部長は務まりません。運も実力のうち、なんていうけれど、実力があるから運があるわけではなく、運があったからこそ努力が実力となって表面化してくる結果論です。ガチンコ対決に参加するということは、その資格を手にできるだけの運と実力を持っています」

「そっかー、ぼくも持っているのか」


 部長の右隣に座る会計が、恥ずかしそうに大げさに顔を歪めて笑って見せている。


「会計には、場を盛り上げるために参加してもらうことになりました。ですが、今回の対決の結果で、次期部長を決めることには変わりありません。それではルールを説明します」


 出題者は三人を前に声を張り上げる。


「問題を三問、ご用意致しました。法則がわかった人は、法則を答えるのではなく、『〇〇にあって、××にない』と新しい例を作ってください。回答者の例示が合っているか否かで正解かを判断します。なので、いくら法則がわかっても例が思いつかなければ正解できません。最初に例示は二つ出し、時間が経過するごとにヒントを増やしていき、最終的には四つまで例示を出します。最初に答えた人は二ポイント、次の人は一ポイント。最終的に点数が高かった人が優勝となります」

 

 なるほどね、と部長はつぶやいて左隣に座る黒縁眼鏡をかけている次期部長候補者に目を向ける。

 やや緊張しているのか、まばたきをくり返していた。


「はじめるに当たって、意気込みや質問など、なにかあるかな?」

「わたしが勝ったら、部長はどうなるんですか?」

「俺? クイ研部長の座を譲ったら、クイズプレイヤーの一人としてクイズに挑んでいくだけさ。それはこれまでもこれからも、なにも変わらない。たかが部の部長職を賭けたクイズ対決なんだから」

「もし、わたしが部長よりもポイントを上回ることができなかったらどうなるんでしょう?」


 部長のかわりに出題者が口をはさむ。


「そのときは、次期部長候補ではなくなります。再び部長に挑むには、過去問暗記から早押し練習などをして、いま以上に自分を磨いてください」

「やる前から負けたときのことを考えちゃ駄目だよ。やるからには勝ちにいく。その気持ちは常に持ち続けていないとね」


 部長の優しい言葉で、部長候補の目の色が変わった。


「ところで、ぼくが勝ったらどうなるのかな?」


 会計は、にやけた顔で出題者へ質問をする。


「ルール上、優勝した者が次期部長ですので、つぎの部長となります」

「まじか! よーし、頑張っちゃうぞ。優勝しても悪く思わんでくれ。短命な部長になるけど、まあいいよね」

「誰が挑んでこようと、俺は構わん。全力を持って叩き潰す!」


 部長、会計、部長候補の三人は、インクペンの蓋を取り、スケッチブックをめくった。


「第一問。ヘーゼルナッツにあって、小豆にない。マンゴーにあって、バナナにはない」


 三人は各自、スケッチブックの白いページの真ん中に縦線を引き、左側にあるものを、右側にないものを書いていく。

 だが、手が止まる。

 

「三つ目のヒントです。シラカバにあって、ユーカリにない」


 部長も会計も書き出さない。

 部長候補に至っては、頬杖をついて眉間に皺をよせている。


「四つめのヒントです。ブタクサにあって、菜の花にはない」

「これ、当事者でないと相当むずいだろ」


 苦笑していた会計が、スケッチブックを抱えてペンを走らせる。

 書き終えて、スケッチブックを立てて出題者に見せた。


「スギにあって、竹にない」

「正解です」


 会計の出した例示を、部長は自分のスケッチブックに書き込んだ。


「あ、わかった」


 声を上げたのは部長候補。

 すぐにスケッチブックに書き込もうとするも、手が動かない。


「わかっても、例示が……でもこれでいけるかも」


 部長が迷っている隙に一気に書き込み、スケッチブックを立てて見せた。


「ヒノキにあって、エノキにはない」

「正解」


 答えられて部長候補は、息を吐いて笑顔になる。

 部長は例示を聞いて、「そういうことか」とペンを置いて息を吐いた。


「では、会計に解答の解説をお願いします」

「はい。これは、花粉症があるかないか、です。ヨーロッパではヘーゼルナッツ、ハワイではマンゴー、北海道などでシラカバの花粉症が多いと聞いたことがあります。ブタクサもあると、聞いたことがありました」


 解説を聞きながら、部長は小さくうなずいている。

 

「ヒントを見ても全然わからなかったですけれど、会計さんの『当事者じゃないとむずいだろ』と、そのあと書いた例示のスギをみて、わたしはわかりました」

「スギやヒノキは、花粉症の定番ですからね。シラカバが出たところで気づくべきだった。確かにこれはむずい」


 手を叩いたあと、部長はスケッチブックのページをめくる。

 会計も部長候補も、スケッチブックをめくりだした。


「それでは第二問。オーストリアにあって、ルクセンブルクにはない。ペルーにはあって、ブラジルにはない。」


 出題者のヒントを聞いて、部長は書き出した。


「イングランドにあって、イギリスにはない」


 書き終えた部長は、出題者に対して、スケッチブックを勢いよく突き出した。


「正解」

「よっしゃー!」


 やったね、と部長は嬉しそうにペンを握る右手を振る。

 だが、二人はペンも動かす気配がない。


「三つ目のヒントです。ポーランドにあって、ドイツにはない」

「ポーランド? 地理的な問題なのかな。どれも隣接してるよな」


 会計は首をひねるも、書き出せない。

 部長は両隣に目を向ける。


「先に書き終わると、暇なんだね」

「四つめのヒントです。インドネシアにあって、フィリピンにはない」

「あっ」


 部長候補が小さく声をあげた。

 会計は眉間にシワを寄せるも、手が動かない。

 ペンを走らせ、スケッチブックを先に立てたのは部長候補だ。


「日本にあって、アメリカにはない」

「正解」

「やったー」


 部長候補は手を叩いて、満面の笑みを浮かべた。


「部長から解答の解説をお願いします」

「はい。これは、ある側に共通しているのは、書かれた国の国旗が紅白になってるということですね。オーストリアもペルーも、ポーランドもインドネシアも。俺の書いたイングランド国旗は、白地に赤十字。それに、スコットランド国旗の青地に斜め白十字とアイルランド国旗の白地に斜め赤十字の三つの十字架を組み合わせると、イギリス国旗、ユニオン・ジャックができあがりますね」


 解説を聞きながら、会計は両手を広げて軽くあげた。


「国旗か……苦手分野が出ちゃった」

「ここまでのポイントを確認します。会計二ポイント。部長、二ポイント。部長候補二ポイント。三者横並び、つぎで優勝が決まります」


 スケッチブックをめくった三人の目つきがより鋭くなる。


「最終問題です。規則にあって、法則にはない。記録にあって、記憶にはない」


 スケッチブックに書きながら、「違うか」、「んー」、「こうじゃない」と三人はつぶやいている。

 まだ誰も書けていない。


「三つ目のヒントです。理由にあって、原因にはない」

「あっ」


 部長は、嬉しそうにペンを走らせていく。

 それを横目に慌てて部長候補も書いていく。


「できた!」

「できました!」


 二人ともペンを持つ右手を小さく上げた。

 どちらが早かったか、出題者の判断に委ねられる。


「んー、同時だったのでジャンケンでお願いします」

「よっしゃ。最初はグー、じゃんけんぽん!」


 部長が出したチョキに、部長候補はパーを出した。


「あー、負けた」


 部長候補は出した手を握りしめる。

 うれしそうに部長はスケッチブックを立てた。


「本物にあって、偽物にはない」

「正解」

「よっしゃー!」


 両手を突き上げて立ちがる。

 部長の正解を隣で聞きながら、部長候補は鼻をすすり、大きく息を吐いた。


「お米にあって、パンにはない」

「正解」

「ここで、ジャンケンで負けるなんて……」

「ジャンケンは勝敗を決める点でも重要なファクターですからね。いかに勝つか、研究をしてるかどうかの差が出たみたいですね」


 部長の言葉を聞きながら、黒縁眼鏡をかける部長候補は、鼻をすすりながら頭を抱えて俯いてしまった。


「ところで解説は?」


 会計に指摘されて、出題者も忘れていたのを思い出す。


「それでは部長、解説をお願いします」

「はい。これはある側の言葉を英語にしたとき、頭文字がRの単語になるのが並んでますね。『R』と『ある』をかけたダジャレか?」

「そのとおりです。三問終わりましたので結果を発表します。勝者は部長です!」

「いえ~い」


 拍手する三人の中で、部長が一番大きく叩いていた。


「この結果、次期部長候補は候補剥奪となります」

「……はい」


 先程まで次期部長候補だった子は、黒縁眼鏡を外して、両手で目をこすり出してしまう。

 それを見ていた会計がおもわず息を吐く。


「部長ったら、ほんとに叩き潰しちゃったよ。手加減しないんだから」

「手加減するほうが失礼だろ。それに、俺だって負けたくないからね」

「だからって、泣かすことはないだろうに」


 会計の言葉に、部長候補だった子は小さく手を振る。


「泣いてるんじゃなくて、負けて気が抜けたら、花粉が、むず痒くて」

「花粉症かいっ」


 それを聞いて安心したのか、部長はほっと笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ルールにあって、法則にないものは? snowdrop @kasumin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説