第4話

第3話

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888884998/episodes/1177354054888958418



「ついにイチローも引退かぁ」

 わたしのスーパーヒーローは、いつまで経ってもスーパーヒーローだ。

 中学の文集でイチローのことを書いたら、女子のくせになんて、男子にからかわれた。

 それでも、差し替えようとは思わなかった。なんで、だっけ。

 球場での清々しい彼の表情を見て、平成ももう終わるんだなぁ、と感慨深く感じていると、傷だらけの手に黒い塊が噛み付いてきた。

「もしもしー、ナゴさん痛いんですがー」

 引き剥がしても引き剥がしてもじゃれてくる。お陰で生傷は増える一方だ。

 ナゴは近くの公園の桜の下に、ダンボールに入れて捨てられていた。

 ふてぶてしく「なー」「なーご」と鳴くので、ナゴ。

 右目を何者かにやられてしまったらしく、丹下左膳のような傷が出来ている。

 そのせいで、誰も拾ってくれないのだろう。

「……このままここにいるより、うちにくる?」

 ナゴは「なー」と鳴いて、差し出した右手に擦り寄ってきた。

 それからは大変だった。動物病院に連れていって、大家さんに飼い主が見付かるまでと無理を言って、とりあえずナゴを置かせてもらうことになった。

 ナゴの目の傷が落ち着くまで、毎日かかりっきりで、サイトを開く余裕もなかった。


 だから、その通知が届いたとき、心臓が止まるかと思った。


『いつも拝読しています。最近更新がないようですが、ひょっとして僕と同じく悩み中でだったりして(笑) 第四話も楽しみにしています』

 ――わたしの小説を楽しみにしてくれている。

 擦り寄ってきたナゴを抱き締めて、その小さな背に顔を埋めた。そうでもしないと、顔が溶けてしまいそうだ。

 ナゴは最初は大人しくしていたけど、するりと腕から抜けて行ってしまった。

 なんとなく寂しくて、ナゴをもう一度抱き寄せようと手を伸ばしたタイミングで、スマホが鳴った。

 ――げ。嫌な予感。

 明日の休みが潰れるのではないか、と恐る恐るスマホを引き寄せる。

 表示された名前は、山梨にいる友人からだった。

「……もしもし?」

「元気してる?」

「アサちゃん、久しぶり。超元気ー」

「棒読みかよ」

 二人でげらげらと笑うと、学生の頃のようだ。

「ねー、あんた、今年の同窓会来ないの?」

「え? なんで?」

「幹事の山田くん、困ってたよ。ハガキ送ったのに返事が来ないって」

「あー……実家に届いてるのかな」

「それで、行くの?」

「行く。行かせてください」

「これで、東京組も揃いそうだね」

「東京組?」

 アサちゃんはふっふっふと不敵に笑った。

「なんと今年は、森山くんも参加するかもしれないんだって」

「森山くん?」

「憶えてないの? 森山 皐月。めっちゃ頭いい子居たじゃん」

 ――森山 皐月。

 アサちゃんの言葉から、記憶が泡のように吹き出してくる。

 夕暮れに染まる、春の図書室。大きな机の端の席で、彼は大学ノートに真剣な面持ちで向き合っていた。

 勉強をしているのかと思った。いつも試験の結果が二十位以内だったから。

 だから、「教えてほしいところがあるんだけど」と声を掛けた。

 すると、彼はノートを勢いよく伏せて、「なに」と返してきた。その時の目と声の冷たさに、拒絶されているのだと思った。

「あ、ごめん」

 本当は、教えてほしいところなんてなかった。彼と、純粋に話しをしてみたかっただけだ。

「……あのさ、望月さんは小説に興味ある?」

 だから、そう声をかけられて、思わず「ある」と嘘をついた。

 そして、彼の大学ノートに書き綴られた小説を読ませてもらって、感動した。体の奥から、熱が沸き上がってくるようだった。

「すごいね、森山くん」

 彼は照れたのか、鼻の頭を掻いた。

「こんなの誰にでも書けるよ」

「わたしにも?」

「うん」

 わたしは森山くんの真似をして小説を書くようになって、水曜日の放課後、彼と作品を見せ合うようになった。

 夏休みまでのたった三ヶ月だけの話。


「――かなえ、香苗ってば」

「……アサちゃん」

「ちょっと、急に返事ないから何かあったかと思うじゃん」

「ごめんごめん。あ、そうだ。頼みたいことがあるんだけど、捨て猫拾っちゃって。誰か飼える人いないか、探すの手伝ってくれない?」

 アサちゃんは「えー」といいながらも、しょうがないと言ってくれた。

 面倒見のいい彼女のことだ。きっと、手伝ってくれるに違いない。

 電話を切ると、あることを確認したくなって、久しぶりにサイトを開いた。

 自分の近況ノートに寄せられたコメントに、もう一度目を通す。

 橘月たちばなつきさん。

 ――わたしの小説を見付けてくれた人。



 わたしは意を決して、その名前をクリックした。



第5話へ。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888884998/episodes/1177354054889055401


 



 


 

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