恋愛小説に『恋』をして

美澄 そら

第2話


第1話https://kakuyomu.jp/works/1177354054888884998/episodes/1177354054888887228



「読むの、はやっ」

 そう思わず呟いて、笑った。

 すでに冷めてしまった紅茶を一口飲むと、パソコンの画面に映る名前を指でなぞった。

 最近、小説を投稿をして、近況ノートを記入している間に応援ボタンを押してくれる人がいる。

 二回、三回と応援してもらっている内に、どんな人なのか気になって、投稿したあとに通知を待って何度も画面を更新してしまう。

 わたしの書く恋愛小説は、中高生が好きな可愛らしいものじゃない。

 ハッピーエンドとは言い難い、うやむやな関係のまま終わっていくものばかりだ。

 振り返ると、そこにはクローゼットがある。

 その中には、わたしが書き上げた、原稿用紙二百枚に及ぶ恋愛小説が納められている。

 わたしが書いた、ハッピーエンドの恋愛小説だ。


 ――なんか、アイス食べたくなっちゃったな。


 冷凍庫にストックはない。メイクはもう落としてしまったから、マスクを着けて、コートを羽織って外に出た。

 まだまだ春とは名ばかりで、夜は冬のコートが手放せない。

 でも、どんなに寒くても、作品が仕上がるとアイスを食べたくなるから不思議だ。



「いつまで、夢なんて追いかけてるつもり?」

 山梨に居た時、わたしはまだ実家に住んでいた。母はわたしを気遣って、よく小言を言う人だけれど、その日はなんだか虫の居所が悪くて、わたしも反発してしまった。

「なんでお母さんにそんなこと言われなきゃいけないの!」

「香苗、あんた、結婚もまだで、就職もしなくて……小説家だってホントになれる訳?」

 正論だと思った。でも、その正論は、わたしの心を深く深く抉った。

 結論を出せなくて……出したくなくて、原稿用紙二百枚の恋愛小説の入った封筒を抱いて、わたしは逃げるように実家を飛び出した。

 新宿駅のホーム。時折肩をぶつけながらも恋愛小説だけは手放さなかった。

 わたしの、夢そのものだったから。



 マスクを顎の下にずらして、棒アイスを頬張りながら、出版社のビルを見上げる。

 もう日付は変わってしまっているけれど、ところどころ明かりがあって、人の気配を感じさせる。

 東京に出てきたあの日、この出版社の前まで、小説を持ってきた。

 自信に満ちていて、きっとこの小説を読んで貰えたら小説家になれる――そう信じていた。

 けれど、いざ出版社の前に立つと、足が震えて、動けなくなった。

 渾身の書き上げた小説を、わたしの長年の夢を、ボロクソに言われたらどうしよう。

 一抹の不安がシミのようにジワジワと広がっていく。

 結局一時間もそこに立ち尽くして、わたしはなんのアクションも起こせなくて帰った。


 逃げてばかりで、疲れ果てて、でも、文字だけは何故か浮かんできて――吐き出そうと、たどり着いたのがあの小説サイトだった。

 最初は誰も見向きさえしなかったわたしの小説を、あの人は見付けて応援してくれる。


 よし、帰ろう。

 丁度アイスも食べ終わったし、次の作品も思い付いた。

 アイスを食べたせいもあって、建物の間を抜けてくる風に体が震えた。コートのポケットにゴミと両手を突っ込んで、わたしは急いで来た道を戻ることにした。





第3話へ。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888884998/episodes/1177354054888958418









 









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