第13話 「ごめん。誤解を解こうか…悩んだまま、時間が経って…」

「ごめん。誤解を解こうか…悩んだまま、時間が経って…」


 抱き合ったまま、しばらく過ごしてたけど。

 すぐそばの木で、セミが大合唱を始めて…


「…とんだ邪魔者だな…」


 しーくんの、その一言で…あたし達は笑い合った。



「…誤解…?」


「…薫平くんぺいに、どこからどこまで聞いた?」


「…どこからって言うか…あの会社には二階堂の人が結構いる事とか…」


「…うん…」


「…しーくんが…ドイツに…」


「……」


 木陰のベンチで、しーくんはゆっくりと…あたしの手を握った。


「サッカが気になってる事、全部話すよ。」


「…全部?」


「ああ。」


 ごくん。

 あたし…ちゃんと全部聞けるかな。

 受け入れられるかな。



「まず…西野の事、聞いた?」


「…うん…」


「サッカの行ってる会社自体、二階堂が経営してる物なんだ。」


「えっ?」


「二階堂は幼い頃から色んな教育を受けている者ばかりだけど、中には実戦向きじゃない人間もいて、そういう人間は会社に回される。」


 あたしの口は、ポカンと開いたまま。

 今日は…色々と衝撃的な事ばかり…


「まあ…誰もあの会社の本当の狙いなんて知らないだろうけど…」


 当然だ。


 …はっ。


「もしかして…あたしが入社できたのって…何か裏があるの?」


 初めて、まともにしーくんの顔を見た。


「考え過ぎ。一般入社した人間は、試験や面接で厳選されるよ。サッカ、相当出来たんじゃないかな。」


 そう言えば…

 なぜか、面接が三度あって、最終面接の後にも二度…心理テストのような物や、食事をしながらの面接もあった。

 さらには、内定をもらってからはお寺合宿があったり。

 登山もあった。

 確か…登山の段階で、何人か脱落したはずだ。


 そこそこに有名な商社ともなれば、色々慎重になるのかな…ぐらいにしか思わなかったけど。

 そう思うと、浜崎さんとか枝野さんという同期は貴重だ。

 …まさか彼女達も…

 いや、あの辛い合宿や登山を共に乗り越えたんだ。

 これ以上、考えまい…



「捜査対象になる相手も、それなりに優秀だからね…あの会社では、常に二階堂の人間が目を光らせてるんだ。」


 しーくんは、あたしの手を握り直して。


「西野は…仕事の出来る人間だったけど…サッカに本気になって、捜査対象にうっかり正体がバレた。」


「……」


「まあ、気持ちは分からなくもないけどね。」


 少しだけ…肩を近付けた。


「毎日人を疑わなくちゃいけない。そんな精神状態の中で…西野にとってサッカの存在は、すごく…大きかったと思う。」


「…あたしを巻き込もうとしてたって…真島くんが言ってた。」


「事件に巻き込むつもりはなかったと思うけど、西野自体が捜査対象に正体がバレた時点で、サッカに危険が及ぶ可能性は大きかったからな…」


 …あ。

 もしかして…


「しーくん、公園であたし達の修羅場を見たって言った時…」


「…うん。西野を見張ってた。」


「……」


「…西野の肩を持つわけじゃないけど…」


 しーくんは、あたしの指をそっと親指でなぞりながら。


「西野はサッカに本気だったと思う。」


「……」


「…きっと…悩んだはずだ…」


 低い声で言った。


「…西野さん、生きてるって…」


「ああ。南の方で、二階堂の別の会社で働いてる。」


「どうして死んだ事に…?」


「北陸で大量の麻薬が見つかった事件があっただろ?西野が追ってた事件は、あれなんだ。正体がバレてなきゃ、そこまでしなくて良かったけど…西野は相手の組織に知られた可能性が高いから。」


「…そっか…」


 本当に…命懸けの仕事なんだ…って。

 思い知らされる。



「…他に聞きたい事、ある?」


 聞きたい事は…色々ある。

 だって、こんな話をされたら…

 やっぱり、あたしも…しーくんを疑ってしまう。


「あたしの携帯から、西野さんのデータを消したのは…?」


「…西野の言動が怪しくなって、サッカまでが捜査対象になるのが嫌だった。」


「それって…」


「思い切り私情を挟んだせいで、瞬…真島と揉めた。」


「……」


「ネックレスに…発信機をつけたのも、西野と接触させないためだった。」


「…真島くんがわざと壊して…あたしの居場所が分からなかったからなの…?」


「え?」


「あの…キャメルの出来事…」


 本当は。

 これが一番聞きたかった事。

 キャメルで…

 しーくんは、泉ちゃんを好きだと言った。


「あれは…」


 しーくんはベンチから立ち上がって、あたしの前に跪くと。

 両手を握って言った。


「…幻滅されるかもしれない。俺、それぐらいの事をしたと思う。」


 …真剣な顔…



「夜は…家に居るのが分かると安心してたし…昼間も会社の中にいるなら安全と思ってた。」


「…壊れた日は、真島くんが持って帰ってたよ?」


「たまたまあの日だけ…現場の張り込みがあって、チェック出来なかった。」


「そっか…」


「…キャメルには、瞬平から呼び出されたんだ。」


「え?…真島くん?」


「ああ…。呼び出されて行ったら…お嬢さんが来た。瞬平から、場を作ってやったからちゃんとしろってメールが来て…」


「…何を…ちゃんと?」


 心臓が…バクバクする。

 あたしと別れて、泉ちゃんを…って?


「…お嬢さんの事を好きだったのは、すごくすごく昔の話なんだ。」


「……」


「…だけど…俺がした事は…人間として…最低の事だ。」


 しーくんは相変わらず、あたしの前に膝をついたまま。


「…俺には妹がいて…朝子っていうんだけど…」


 ふいに…思いがけない話が始まった。


「朝子は小さい頃に、二階堂の教育から脱落してね。」


「…脱落…」


「根が優しすぎるんだと思う。素直だし…何より純粋だ。だから…二階堂の仕事は向いてないと判断されて、俺たちとは違って…普通の女の子として育った。」


 しーくんは…

 少しだけ、優しいお兄ちゃんの顔。


「朝子は、坊ちゃんの許嫁だった。小さな頃から、坊ちゃんと結婚する事だけを信じて来た。」


 …狭い世界なんだな…本当に…


「だけど坊ちゃんは…この春、渡米する際に…朝子を捨てた。」


「…捨てた…?」


「…言い方は悪いけど、結果そうだった。」


「……」


「ずっと…信頼している人だった。あの人の役に立つためなら、なんだってする。そう決めていた。だけど…」


「…その腹いせに…泉ちゃんを困らせようとした…って事?」


 あたしの言葉に、しーくんはハッと顔を上げて。


「腹いせ…そっか…そうだよな…腹いせだよな…」


 大きく溜息をついて…うつむいた。


「正直…本家の人達が俺らをどう扱おうが…今までは気にならなかったのに…朝子の件があって、不信感が出てしまった。」


「不信感…?」


「両親は…頭夫婦との信頼関係も絆もあって…でも、坊ちゃんやお嬢さんと俺たちの間には…何も存在しないんじゃないか…って。」


「……」


「本来、そんな事を思った時点で…俺は二階堂の人間として失格だ。俺たちはただの駒であって、多くを望む立場にないはずなのに。」


 しーくん…


「朝子が泣くのを見て、冷静でいられなくなった。俺が傷付けられるのはいい。だけど…朝子が何をしたんだと思って。」


「……」


「分かってるつもりだった。お嬢さんを困らせた所で、どうにもならない事も…俺の力なんて…。あの人達は特別で、俺たちは影だ。何があっても、本家の人達を守るために………」


 しーくんの言葉が止まった。

 あたしが、しーくんの頭を抱きしめたから。


「サ…」


「ただの駒なんて…言わないで。」


「……」


「あたし、違うと思う。」


「…え?」


「海さんも…泉ちゃんも…特別なんかじゃないよ。」


「……」


「仕事は危険かもしれないけど…普通に誰かを好きになって、普通にケンカしたり…大好きになったり…そういう感情、ちゃんと持ってる人達だと思う。」


「それは…」


「しーくんと、一緒だと思う。」


「……」


「妹さんが…断られたのは、残念だけど…」


「……」


「許嫁って決められた枠から、海さんが飛び出したなら…二階堂も、変わって行くんじゃないかな…」


 内部事情なんて全然知らないあたしが。

 こんな事言ったって、絶対説得力なんてない。

 だけど、しーくんに思って欲しくなかった。

 自分は、ただの駒だ。なんて。

 自分は、影だ。なんて。



「…ドイツ…行かないで…」


「……」


「お願い…」


「俺はサッカに…」


「あたしの事、好きなら行かないで。」


「……」


 しーくんはあたしの腕をそっと持つと、立ち上がって…少しためらったけど…腕を引いた。

 しーくんの胸の中で。

 あたしは目を閉じる。


「…あのね…」


「…何…?」


「まだ…あのマンション、借りてる?」


「うん…」


「うち…本当に…相当厄介な家族ばかりなんだけど…」


「ああ…」


 しーくんが、小さく笑った。


「…説得する勇気…ある?」


「説得?」


「あそこで、一緒に暮らそ?」


「サッカ…」


「出来れば、いつか…」


 しーくんはあたしの頬を触りながら…親指を唇に押し当てて。


「サッカ、俺から言いたい言葉を、全部先に言っちゃうんだな。」


 笑った。


「…言いたいって思ってくれてる?」


「…諦めてたけど…思っていい?」


「思って欲しい…」


「…いつか…って言うか…」


 しーくんの唇が、頬をかすめた。

 それから…額に。

 それから…ゆっくりと、唇に。


 …ああ。

 あたしの大好きな…唇だ。


「もう、このまま帰ってドイツ行きの話を断って…」


「……」


「それから、すぐにサッカんちに行きたい。」


「え。」


「で、今夜から一緒に暮らしたい。」


「……」


 さすがに、ポカンと口をあけてしーくんを見た。

 ど…どれだけせっかちなの…

 嬉しいけど…すごく嬉しいけど…


「もちろん、それは…結婚を前提として。」


 しーくんが、耳元で囁いた。

 嬉しくて…嬉しくて…

 あたしは、飛びつくように、しーくんに抱きついた。


「…嬉しい…」


「…俺の事、信じられる?」


「信じられる。」


「…あんな事があったのに?」


「大丈夫。好きだから。」


「……」


 しーくんが、小さく笑った。


「サッカ…単純なんだな…」


「複雑だったけど、離れてる方が苦しいって…分かったから。」


「……うん。」


「しーくん…」


「ん?」


「会いたかった…」


「…サッカ。」


「ん?」


「ショートカット、すごく可愛い。」


 しーくんが、あたしの頭を撫でる。


「ピアスも…似合う。」


 耳元にキスされて…涙が出そうなぐらい、幸せを感じた。



 それから…しーくんは二階堂に戻って。

 ドイツ行きの話を断る…つもりが。

 断りきれなかった。

 もう、手続きがそこそこに進んでしまっていて。

 一度現地に行かなくてはならないようで…

 あたし達の同棲は、しばらくお預けだ。



 そして、うちに乗り込む予定だったけど…


「千里の機嫌が最悪だから、別な日にした方がいいわよ…」


 母さんから、適切なアドバイスをいただいて。

 これまた延期となった。



 しーくんがドイツに発つまでの間、何度かマンションで一緒に過ごした。

 そして、彼の提案で、あのマンションは解約する事になった。

 と言うのも…


「同棲の準備が出来てるなんて、お父さんの逆鱗に触れそうだ。」


 …本当だ。

 そんなわけで、父さんにはドイツから帰っての報告となる。



 華月の彼氏である、早乙女家の詩生くんが。

 華月と結婚したい。と、父さんに詰め寄って殴られた。

 一度女性問題で華月と別れた彼だから、仕方ないのかな?なんて思ったけど…

 きっと父さんは、誰が相手だろうが、殴る。


 しーくん、大丈夫かな…



 母さんと華月には…彼氏がいる事だけを伝えた。

 早く紹介して!と急かされながらも。

 彼が日本に帰ったらね。と、あたしは多くを語らない。



 真島くんは会社には戻らず…二階堂で働いている。

 だけど…

 しーくんがドイツから帰ってきたら。

 彼が…代わりにドイツへ行くと志願したそうだ。



 平凡なOLだったあたしの人生。

 しーくんと出会った事で、大きく変わってしまった。


 誰かをここまで愛せるなんて。



 あたしも、捨てたもんじゃない。


 * * *


「呼び出して、すみません。」



 10月に、アメリカ事務所との契約が終わった華月が、帰って来た。

 そして、ビートランドと契約した。

 これからは、国内での仕事を増やしていくようだ。



「いいえ…いつも華月がお世話になります。」


 あたしは、目の前にいる泉ちゃんにお辞儀をした。


「あ…聖…も?」


 あたしが首をすくめて言うと、泉ちゃんは少しだけ笑った。



 今日は…泉ちゃんに呼び出された。

 家に電話がかかって来て。

 それをあたしが取ると。


『二階堂 泉といいます。咲華さんいらっしゃいますか?』


 凛とした、ハッキリとした口調だった。



 待ち合わせのカナール。

 あたしは初めて来たけど…感じのいいお店だな。

 つい、キョロキョロしてしまった。

 クリスマス前とあって、店内に飾られたツリーに、何となくテンションが上がる。



ひがしから、色々聞きました。」


「…はい。」


「彼の仕事がどんなに大変か…ご理解いただけますか?」


 泉ちゃんはスーツ姿。

 って事は…今は仕事中なんだよね…


「…理解、したいと思います。」


「危険を伴う仕事だと言う事も?」


「はい。」


「もしかしたら、明日にでも命を落とす可能性がある。そんな仕事です。」


「…はい。」


「それでも…気持ちは変わりませんか?」


 泉ちゃんは、真っ直ぐにあたしを見ていた。

 あたしも…それに応えた。


「変わりません。」


 あたしの言葉に、泉ちゃんの表情が少しだけ柔らかくなった。


「…あたし達、小さい頃からずっと一緒でした。」


「……」


「瞬平と薫平、そして志麻…三人が、自分が泉ちゃんをお嫁さんにするんだ。って、よくケンカになってました。」


 それは簡単に思い描けてしまえる光景だった。

 微笑ましくて…つい、口元が緩む。


「たぶん、うちの父が…母の護衛をしていた身でありながら、結婚にこぎつけたので…二階堂の中では夢見てる輩も少なくないと思います。」


「そうでしょうね。」


「あの三人は…あたしにとって特別です。」


「……」


「二階堂は古くから、秘密組織として動いて来ましたが…」


 泉ちゃんはカップの中を見ていた。

 照明がボンヤリと映る紅茶。


「あたしと兄は、今の二階堂の在り方を変えようと思ってます。」


 その瞬間、泉ちゃんは…とても強い目であたしを見た。


 …信じられる目だった。

 あたしはそれに、頷いた。

 どうか、と。

 気持をこめて。



「兄とあたしが…その夢をかなえる時…志麻にはそばにいて欲しいんです。」


 特別な三人のうち…

 一人は二階堂を辞めてしまった。

 そして…一人はしーくんの代わりにドイツに行こうとしている。


「…はい。」


「どうか、志麻が毎回現場から帰って来たいと強い集中力と気持を持って仕事ができるよう…志麻の事、よろしくお願いします。」


 泉ちゃんはそう言って、あたしに頭を下げた。


「…こちらこそ、宜しくお願いします。」


 二人で頭を下げ合って。

 顔を上げた時は…少し笑い合った。



「聖に我儘言われてない?」


「我儘は言わないけど、偉そう。」


「あっ、分かる分かる。聖って、誰に対しても少し上から目線だし。」


「あははは。」


 一時間を過ぎると、あたしは敬語じゃなくなった。

 そして、恋の話になる頃には、ケーキを注文して、紅茶のお代わりもした。



「でも料理が上手くて。」


「ああ…聖、結構キッチンに立ってるもの。」


「サッカさんは料理できる?」


「一応するけど、これ!!って得意料理がなくて…」


「あたしは料理すらできない…」



 特別な仕事をしていても。

 恋をすれば条件は同じ。

 誰かのために、何かをしたい。

 聖のために、クリスマスプレゼントを悩んでる。と笑う泉ちゃんは。

 あたしと同じだ。



「あたし、一月から三ヶ月ほどアメリカなんです。」


「三ヶ月も?」


「聖が浮気しないよう、見張ってて下さいね。」


「…結婚は?」


「今の所、考えてないけど…」


 泉ちゃんは少し遠い目をして。


「聖がもっと幸せになるために、あたしと結婚したいって言うんなら、してもいいかなって思います。」


 泉ちゃんって、ボーイッシュなイメージだったけど…

 …キュンとしてしまった。

 やっぱり、恋ってすごいんだな…。

 あの聖が。って言ったら悪いけど。

 あの聖が、泉ちゃんを女の子にしてる。

 そう思うと。


 あたしも…

 もっともっと、しーくんに恋したいと思った。


 * * *


「はじめまして。東 志麻といいます。」


 …しーくんは、昨日帰国した。


 夜遅くに帰って来て、空港に迎えに行きたかったけど…父さんが家に居て、しかも不機嫌で。

 母さんに協力してもらおうかとも思ったけど…


『明日に備えて、早く寝た方がいい。』


 しーくんの言葉に…あたしはそうする事にした。



「…何者だ?」


 しーくんを前に、父さんは低い声。

 今日は父さんと母さん以外は、留守。


「咲華さんと、お付き合いさせていただいてます。」


「いつから。」


「……」


 しーくんは一瞬悩んだ感じだった。

 …一度別れたし…ね…


「五月からです。」


 それでも、キッパリと…付き合い始めた頃を言うと…


「おまえか!咲華に髪を切らせた男は!」


 失恋でのイメチェンがバレバレだったのか、父さんはそう言いながら、しーくんに殴りかかった。


 だけど…

 本能がそうさせたのか、しーくんは受け身を取った。


「あ…す、すみません…」


「…殴らせろ。」


「……」


 しーくんは腕を下ろして…目を閉じた。

 だけど、そうされると…殴りにくいのか。


「…もういい。」


 父さんは、握りしめてた手を下ろした。


 ホッとしたのも束の間…


「…よくも可愛い娘を…!」


 ガツッ



「ひどいよね…父さん。」


「仕方ないさ…あいたた…」


 あたしは縁側で、しーくんの口元を冷やす。


 父さんは、渾身の力を込めて…しーくんを殴った。

 その後ろで、やれやれ…みたいな顔をした母さんは、すでに冷やしたタオルを持っていた…。



「…嫌にならない?」


「なんで?」


「…ううん。」


「手強い方が、奪い甲斐がある。」


 しーくんはそう言って、あたしの頭を抱き寄せた。

 すると…


「親の前でイチャつくな!」


 背後から、父さんの怒号。


「…千里。」


 そこへ…力強い援護が。


「あたしも二人に負けないぐらい、イチャつきたい。」


「…こんな時に、なんだ。」


「だって、千里…悔しくない?」


「……」


 眉間にしわが寄ってた父さんは、ニヤニヤを我慢した顔になって。

 母さんの腰を抱き寄せた。

 そして、チラリとあたし達を見た。


「…ごめん…あんな親で…」


 小さな声でそう言うと。

 しーくんは優しい顔で二人を見ながら。


「ここは、愛の溢れた家だな…」


 涙が出そうなぐらい…心からの声で言ってくれた。



「…一本裏の通りに、マンションが建つぞ。」


 母さんの腰を抱き寄せたままの父さんが、あたし達を見て言った。


「…え?」


「近くにいるなら、許す。」


「え?え?本当?」


 父さんの言葉に。


「千里、結婚式に着る服考えなきゃ!」


 母さんが、父さんに抱きついて、父さんの膝に座った。


「おっおい…まだそこまでは…」


「千里、モーニング似合いそうっ。絶対カッコいいわよね。」


 …母さん、それは演技…ではなく、本気ですね?

 はしゃぐ母さんを見てると、何だかあたしも嬉しくなって。


「うん。父さん絶対似合うよ。」


 父さんに近付くと。


「…おまえら、調子いい事を…」


 父さんは、あたしの腰も抱き寄せて。

 膝に母さん、右手にあたしでご満悦。

 そんな様子を、しーくんは縁側から眺めて。


「…負けませんよ。」


 口元を押さえて、不敵な笑み。

 一瞬ヒヤッとしたけど。


「いい度胸だ。」


 父さんは笑いながらそう言うと。


「離すのは惜しいが…知花、ビール。」


 母さんの額に、キスしながら言った。


「…そうね。すぐ用意するわ。」


「父さん…」


「咲華、おまえは家族全員に連絡しろ。」


「え?」


「宴会の用意だ。」



 まだお昼にもなってないのに。

 我が家では宴が始まって。

 次々に呼び出されて帰って来た家族は、寝耳に水の朗報に。


「マジかよ咲華!」


 華音はあたしの頭をクシャクシャにして。


「よく説得できたな。」


 聖は、しーくんに上から目線。


「お姉ちゃん!おめでとう!」


 華月は泣きながら抱き付いて来て…


「あたしのフォローもよろしく…」


 なんて、首をすくめて笑った。


 おじいちゃまもおばあちゃまも、大おばあちゃまも喜んでくれて。

 駆け付けた高原さんも、泣きながらしーくんを抱きしめて…


「もう殴られてるみたいだから、俺は殴らないけど、サッカを泣かせたら容赦しないぞ!」


 と、強く強く抱きしめた。


「俺が殴るより、拷問だよな。」


 お酒でいい気分になってる父さんが、二人を見ながら大笑いする。

 しーくんは、高原さんに抱きしめられたまま、すごく…素敵な笑顔。



 ああ…あたし、幸せだ。

 本当に。

 こんなに、愛の溢れた家に生まれて。

 素敵な人に出会えて。

 すごく、すごく幸せだ。

 きっと、これからも。


 しーくん。

 あたしとあなたも。

 こんな家庭が築きたいな…。


 だから…どんな現場に行っても。


 あたしの元に、帰って来てね。



 26th 完





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いつか出逢ったあなた 26th ヒカリ @gogohikari

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