釣り針のような歯

押見五六三

全1話

「ルールは簡単です。死なない事です」


「分かりました」


私が何も聞かずに素直に頷くと、その黒く重い靄は、渦を巻きながら上空に立ち上って消えた。

後には私と人形だけが、この地の上に居る。


「とても綺麗だわ…」


辺りの膨らんだ土の塊には、紅葉なる生命が埋め尽くすように生い茂っていて、形と色の調和を感嘆するほど上手に取っている。

紅葉が撒き散らかした枯葉達は、足下を赤と黄で染め上げ、その枯葉絨毯を素足で踏むとクニャクニャして気持ちいい。

これは何て楽しい遊びだろう。


そういえば聞くのを忘れていた…

死んではいけないのは、私何だろうか?

それともこの人形何だろうか?

もしくは両方?


どうでもよくなり、歩き出す。

どちらにしても死ななければ良いのだ。

ルールはそれだけ…簡単だ。


私は人形を抱き寄せる。

ドロリドロリとして、グルリグルリとうねっては、ポタリポタリと何かが垂れている。

可愛い人形だ。


暫く歩くと淡海が目の前に現れる。

驚くほど透き通っており、上空の雲を綺麗に細部まで写し取っていた。

海の生き物も、山の生き物も、空の生き物も其処に住んでいる。

私もこの辺りに住むことにした。

近くに住む者に挨拶に行かねば……


「こんにちは」


「お前…何だ!その手にしている物は!」


「人形です」


「捨ててしまえ!そんなの!」


いきなり捨てろと言われた。

こんなに可愛いのに…「ねぇっ!」

人形に話し掛けても応えてはくれない。

相変わらずドロリドロリとしており、グルリグルリとうねっては、ポタリポタリと何かを垂れ流している。


「それは災いをもたらすだけです。直ぐにお捨てなさい」


別の誰かに言われた。

誰かは年を老いていた。


「ですが、捨てると死んでしまいます。死ぬとルール違反なんです」


「その人形はやがて死にます。自分達で勝手に死にます。だから捨てても捨てなくても結果は同じです」


「ではルールを守る努力をしたいので、捨てません」


「ルール何て曖昧で、すぐに変わります。事が起こってから後悔して、すぐに変えるのです。いつものことです…」


「分かりました」


私は年老いてた者の意見を真摯に受け止めて、人形を捨てることにした。


「ごめんなさい。あなたを捨てることにしたわ。誰かに拾われると良いんだけど…」


人形はいつも通りに、その釣り針のような沢山の歯をカチリカチリと噛み合わせながら、鼻を突く瘴気を放っている。

可愛いが仕方ない。

何か事が起こってからでは遅いから。


でも、何処に捨てたら良いのだろう。

そうだ!枯葉で作った舟に乗せて、この淡海に流そう。

そうすれば、誰かに拾われるかもしれない。


私は赤と黄の枯葉舟を作り、ドロリ、グルリ、ポタリをする人形を上に乗せると、沢山の命を育む淡海に流した。

舟が見えなくなって直ぐに黒くて重い靄が音も無く現れる。


「ルールを破りましたね」


「まだ死んでません」


「同じ事です。あの流された人形は、やがて人間という生命体になり、沢山の災いをもたらします。貴方はルールを破った罰として、一生その人間の面倒を見なくては成りません」


何だそれ…

結局私があの人形の面倒をみる事に成るんじゃないか…

でも可愛いから許す。




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