私がアイドルになるまでの少し不思議な物語
にゃべ♪
それぞれのルール
鎮守の森に住む謎のフクロウの力を借りて念願のアイドルになれた私、春野千春。今回の話はアイドル活動も軌道に乗ってきた頃の事――。
その日も無事にライブが終わり、私達は着替えて少しの間まったりしていた。そうして、メンバーのゆかりはやっぱりすぐに姿を消してしまう。
私を含む残りの4人はそれぞれライブの話とか自分の趣味の話とか、そう言う雑談をしていた。話が盛り上がってきたところでドアが開き、マネージャーがドーナツの差し入れをもって現れる。
「みんなおつかれー。差し入れ食べてね。あ、そうそう、ウチは別に恋愛禁止じゃないけど、恋人出来たら教えてねー。あはは。それじゃー」
マネージャーは一方的に言いたい事を喋り、そうしてまた帰っていった。恋愛禁止って言うのは国民的アイドルが形式上守っている謎ルールだ。守ってる子もいるだろうし、そうでない子もきっといるだろう。アイドルはモテるし、恋に溺れる子も多い。私達のグループも売れてきたらいずれはみんな彼氏持ちになるかも知れない。
人の心はコントロール出来ないって事で、だから私達の運営は恋人が出来たら一緒に対策を考えましょうってスタンスのようだ。その方が健全とも言えるよね。
そう言う事を考えながらドーナツを
「ウチらルールゆるいよね」
「ま、そうかも」
私が相槌を打っていると、天然系メンバーの
「深雪ちゃん、食べないんですか?」
「うん、自分ルールでお菓子禁止にしてる」
「えー、そうなの?」
深雪の自主ルールを聞いて、私は思わず声を上げてしまった。彼女のスタイルの良さはお菓子を食べない事で維持されていたのだ。その事実を知って私は2個目に伸ばしていた手を止める。
その隙を狙って、秋がにゅっと手を伸ばした。
「じゃあもらうねー」
秋が食べるドーナツはこれで3つ目だ。彼女はいくら食べても太らない体質らしい。ああ、何て羨ましいんだ。
私が美味しく食べる姿を指を咥えて見ていると、夏樹がこの話に興味を持ったのかずいっと身を乗り出してきた。
「みんなはそう言う自分で決めたルールとかってある?」
「私は寝る前に自主練1時間やってる」
そう答えたのは食べても太らない秋だ。その自主練が歌なのかダンスなのかそれ以外なのかは分からないけど、向上心があるのは間違いない。私は頑張り屋の彼女を褒め讃えた。
と、そこで今度は自分の番とばかりに夏樹が話を始める。
「寝る前と言えば、私は作詞の勉強。1日ひとつは詩を書いてる」
「おお、夏樹っぽいね」
私は夏樹の頑張りにも感心した。こうしてメンバー内3人が自分ルールを披露したところで、当然話の流れは最後の1人に注目の集まる結果に。
「「「で、千春は?」」」
3人からの言葉に私は困ってしまう。何故ならみんなみたいな自分ルールが私にはないからだ。レッスン以外で自主練はしないし、作詞とかそんなセンスはないし、当然食事制限もしていない。毎日好きなものを好きなだけ食べている。
語るべき答えがないと言う事もあって、3人の注目に対して私は苦笑いを返す事しか出来なかった。その反応でみんなちゃんと空気を読んでくれたのか、この話題は自然消滅。
折角盛り上がっていたのに申し訳ない気持ちになってしまったのだった。
次のレッスン休みの日、私はまた例の森に足を運ぶ。そうしてある程度奥まで進んだところでこの森に住むフクロウの名前を読んだ。すると、程なくして全長30センチの丸っこいぬいぐるみのようなフクロウが、バサバサと羽音をさせてどこかから私の前に降りてきた。
「またお前かホ。気軽に呼ぶなホ。俺様はお前の友達じゃないホ」
「でも来てくれたじゃん。ねぇ、ちょっと聞いてよ」
「全く、手短に話すホ」
面倒臭がってもちゃんと聞いてくれるところがトリのいいところだよね。その顔を見て安心した私は、早速悩みを打ち明ける。
自分ルール的なものを決めていないと言う、そんなちっぽけな自分の悩みを。
「私も何かした方がいいのかな……」
「そんなの好きにすればいいホ」
「で、でも、何も思いつかなくて」
自分で解決出来たならわざわざバスに乗ってここまで来ていない。具体的なアドバイスが欲しくてやってきているのに、望む答えが得られなくて私は困ってしまった。
そうしたら、そんな様子を見たトリがいたずらっぽくニヤリと笑う。
「そんなに言うなら、今から地獄の特訓をしてやろうかホー!」
「そ、それは勘弁だよーぅ!」
その言葉にアイドルになる前の地獄のしごきを思い出した私は、彼の申し出を全力で拒否した。
流石にさっきの言葉は冗談だったらしく、トリは腰に翼を当てて目を閉じ、軽くため息をひとつ吐き出す。
「全く、千春は千春らしくしていればいいんだホ。周りに流されるなホ」
結局この日はこれ以上のアドバイスはもらえず、フクロウはもう時間だホとか言いながらまたどこかに飛び去ってしまった。まぁ、こう言う日もあるか……。
次の日、モヤモヤする気持ちを引きずったまま私は学校に登校する。机に突っ伏してぼけーっとしていると、幼馴染のみちるがやってきた。
普段はあんまり心の弱い分を彼女には見せないんだけど、この時は本当に参っていたのか、つい言葉が口から漏れてしまう。
「はぁ……、私って甘いのかな」
「どうしたの?」
「みんな頑張ってるのに、私だけ何もしていないみたいで」
弱音を全部吐き出してまた沈んでいると、親友がここで全てを悟ったかのような優しい顔で私を見つめる。
「千春は頑張ってるからそれでいいんだよ」
「……うん、ありがと。ちょっと心が軽くなった」
認めてくれる人がいる、応援してくれる人がいると言うだけで私の元気はチャージされた。うん、我ながら単純だ。
それからはまた変わりない日常が繰り返された訳だけど、やがてとんでもない試練が私を襲う。それはGWが終わり、お休み気分の抜けてきた頃の事。
そう、アイドル活動に夢中になっていて、授業についていけなくなっていたのだ。
4月はまだ何とかついていけていた。アイドル活動もそこまで忙しくなかったし、レッスンも初歩的なやつでそこまで負担でもなかった。
それが5月に入った頃から段々レッスンが楽しくなるし、歌も覚えなきゃだし、ダンスもだしってなって――。
何が犠牲になるかって言うと、やっぱり学校の勉強って事になるよね。
勉強の理解が追いつかなくなった時点で、私は家族で交わした暗黙のルールを思い出す。それは、テストで赤点を取ったらアイドル禁止と言うもの。アイドルと学業の両立がアイドル活動をする最低限の条件だったのだ。
このままだと間違いなく赤点1直線線コース間違いなし。崖っぷちに追い込まれた私は頭を抱える。みちるにノートを貸してもらって何とかして遅れた分を取り戻そうとするものの、焦れば焦るほど頭に何も入ってこない。ヤバい。ヤバすぎてヤバい。
切羽詰った私は助けを求めるよね。あの森の主に懇願するしかないよね。と言う訳で、善は急げの格言の通りに私はすぐに森に向かった。
名前を呼びかけた時に必死さが伝わったのか、トリはすぐに現れてくれた。私は涙を流しながらこの最終手段にすべてを賭ける。
「お願い、私を助けて~!」
「わ、分かったホ。取り敢えず離れるホ」
少し落ち着いた私はこのままだとアイドルを辞めさせられるかも知れないと言う深刻な事情を、時に大胆に、時に繊細に、時に心情に訴えかけるように、時に激情に任せて、とにかく今自分の持てる全ての感情表現を最大限に動員して訴えた。
「なるほど、勉強が身に入らないホね。んじゃこのハチマキを使うホ」
私の必死の訴えが届いたのか、トリはまたどこからか便利アイテムを取り出し、私に渡してくれた。
その紺色のハチマキは見た目ただのハチマキにしか見えない。
「これをつけて勉強すればいいの?」
「そうだホ。きっと役に立つホ」
こう言う時のこのフクロウは頼もしい。願いを叶える幸福の鳥の面目躍如と言っていい。そんな訳で私は何度も頭を下げて家に帰る。
部屋に戻ると、早速貰ったハチマキを頭に装着した。キュッと締めると心が引き締まった気がして、何だか頭の中もクリアになった気がする。
それからは不思議と勉強がスルスルと頭に入っていき、さっきまで何も覚えられなかったのが嘘みたいに頭の中に吸収されていった。
しかも徹夜をして全く眠くならず、テストの前日までその状態は維持された。
この便利ハチマキのおかげで無事に赤点は回避され、それどころか自身最高点をマークするほどの成果を得られて私は大変満足する。
ただし、世の中にうまい話はそうそうないもので、ハチマキを使ったリスクも、やがて訪れる結果となってしまった。
そのリスクとは、単純に言うと反動だ。ハチマキを使っていた間にしてきた無理が、外した途端に襲ってきたのだ。
おかげで私はしばらくの間、常に強烈な眠気に襲われる事になる。油断するとすぐに机に突っ伏し、放課後まで目が開かない事もあった。
この眠気との戦いはハチマキで無理した日数分だけ続き、一時期、私は眠りの千春と言う不名誉な名前で呼ばれてしまったのだった。
アイドル活動はこれで続けられる事になったけれど、アイドルと学業の両立はやっぱり大変だなぁ。
次回『知名度アップ大作戦!』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054888918508/episodes/1177354054888918553
私がアイドルになるまでの少し不思議な物語 にゃべ♪ @nyabech2016
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