世界の調律者と最強の異端者

うめもも さくら

君の常識ぶっ壊す!!

世界には決して変わることはない仕組みがある。

人はそれを運命やことわりと呼ぶ。

滝は上に逆流することはない、海の上を歩くことはできないし生きているものは須らく死から逃れることはできない。

たとえそれらの理を覆そうとしたとしても世界がそれを許さない。

世界を正しく維持することが世界の調律者の役目であり責務である。

今日も世界の調律者は理に忠実に感情などに流されることなくまるで凪いだ湖面のような瞳で世界をみつめていた。

彼女に出逢うまでは……。


「愛してるぞーー!!ちょーりーつしゃー!!」

遠くから猛突進してくる少女の声に凪いだ彼の心は乱され、口からやや反射的に舌打ちが飛び出す。

「今日こそ私の愛をうっけいれろーー!!」

調律者に飛び付こうと跳ねた彼女の体は、一切目を向けず冷ややかな顔のまま避けた彼によって地面に頭から着地した。

「ごはっ!!何で毎度避けるかなー?」

「……ちっ!まだ生きてるか、しぶとい奴だ」

二度めの舌打ちが飛び出し心底残念そうに彼は怪我一つない彼女を見下ろした。

「今日もクールな瞳がかっこいいね!調律者!!」

調律者の態度など気にも止めずに彼女は満面の笑みを彼に向ける。

「黙れ異端者。二度と此処に来るなと何度言えばわかるのだ」

「調律者が私の愛を受け止めてくれるまで?」

うんざりとした顔で見下ろす調律者とそんな顔まで素敵と見惚れている異端者と呼ばれる少女。

二人のこのやり取りは今に始まったことではない。

この告白とお断りは異端者と呼ばれる少女がこの世界に召喚されたことから始まった。


少女はこの世界の生まれではない。

彼女の世界でごく一般的な生活を送っていた彼女はこの世界の窮地を救うべく召喚された。

最初は戸惑っていた彼女も次第にこの世界の生活にも慣れ、仲間と力を合わせこの世界のために尽力を尽くしていた。

世界の調律者である彼はそれを見ていた。

この世界に彼女を呼び寄せたのは彼ではなく世界の意思だったが、この世界に関わる物事は漏れなく見ることになっている。

それは監視であり見守ることであり傍観でもある。

彼はこの時はまだ凪いだ心も凪いだ湖面のような瞳も微動だにすることはなかった。

彼女の境遇に同情することも彼女の行動を強制することもなくただ世界の全てを見つめていた。

彼が世界の調律者として彼女の存在を警戒し、危惧し始めたのは彼女の仲間が息絶えた時だった。

この世界のために戦っていた彼女たちは苦戦を強いられ、そして敗北とともに仲間を一人失った。

その現実を彼女が受け止めきれず彼女の力は暴走し本来ならば不可能なことをやってのけてしまった。

理に反し運命を覆し、彼女は死者を蘇生した。

蘇生したという言葉は適切ではないかもしれない。

敗北という運命ごと無かったことにしてしまった。

彼女は時を戻し、苦戦を強いられた戦にいとも簡単に勝利し、仲間を失う未来ごと無かったことにつくりかえてしまった。

彼女の強すぎる力とその存在自体を危険視した世界の調律者は彼女を警戒し、監視の目を強くした。

この世界の生まれではないためか彼女の力はこの世界のどの仕組みでも縛ることはできなかった。

彼女はこの世界の何物にも囚われることのない最強の異端者であった。

その事実がさらに彼の警戒を強めた。

彼は彼女の行動を監視し、目に余る暴走をした時はこの世界の為ならば犠牲も厭わぬ覚悟をしていた。

何物にも止められない彼女の力を抑えるために彼女の目には止まらない場所で彼女の知らないまま世界の正しい在り方のために他者を、自らまでも消す。

それでも止まらないと判断したその時は世界の意思に反し彼女がこの世界に召喚される前まで戻すことも視野に入れていた。

彼は誰もいない、誰も立ち入ることはできないこの場所でただ一人世界の行く末を案じていた。

どうなるかは世界の調律者にさえわからなかった。

ただわかることは世界の調律者と異端者が決して交わることはなく出逢うことはないということだけ。

そのただひとつわかっていたことさえ異端者の少女は覆してしまった。


彼が危惧していたことが大きく起こることはなく、世界の窮地は救われた。

最強の力を持った彼女の手によって瞬く間に。

彼女はこのまま彼女の世界に帰っていくだろう。

彼は安堵という感情も寂しさもなくただ世界をみつめていた。

凪いだ心に凪いだ湖面のような瞳を揺らすことなくただ一人世界の調和を案じていた。

「こんなところに一人でなにしてるんですか?」

不意に後ろから声をかけられ弾かれるように世界の調律者は振り向いた。

振り向いた先には誰も立ち入ることのできない場所だというのに不思議そうな顔をした侵入者が立っていた。

「何故…此処に?」

「いや、なんかたまたま此処にいて」

彼女曰く自身の世界に帰ろうと思ったが、仲間と離れるのが寂しかったこともあり、平和になったこの世界を観光しようとしたところ此処に来たというなんとも間の抜けた理由だった。

「観光気分でお前……」

この時、世界の調律者は彼が存在してはじめて他者と言葉を交わした。

彼ははじめて凪いだ心が乱され、凪いだ湖面のような瞳は感情という波で揺れた。

その感情は呆れや動揺、小さな苛立ちなど色々なものが入り混じったものだった。

そんな彼に向かって少女はまじまじと彼を見たあとぱっと笑って言った。

「お兄さん……めっちゃかっこいい!!」

「……は?」

「決めた!!お兄さんと一緒に帰ろう!!」

「待て。お前何言っているんだ?」

見た目で全部を決めた彼女と理由のわからないまま彼女に彼女の世界に同行することを決められた世界の調律者はそれから毎日のように変わらないやり取りを繰り返している。


「おとなしく愛を受け止めて一緒に帰ろうよ、世界の調律者!」

「謹んでお断りしよう」

「なんでよーー!!せっかくちがう世界からわざわざこの世界を助けに来たんだからなんかひとつくらいご褒美貰ってもよくない!?」

「なら他の者でも連れていけ。生け贄だと思って多少目をつぶってやる」

「なんかそれダメじゃない?っていうか世界の調律者がいいのー!!他じゃダメーー!」

代わり映えのしないやり取りを飽きずに、どちらも一歩も引かず繰り返す二人。

ある時、世界の調律者は少女に問う。

「何故私に固執するのだ?美しい者がよいのならば他の者を用意すると言っているだろう」

少女は少し考えて真剣な表情を浮かべながら珍しく慎重に言葉を探すように答える。

「たぶん一人は……寂しいと思った」

「寂しい?心配は無用だ。そのような感情は持ち合わせておらぬ」

「またそんな事言って……ねぇ、世界の調律者だっていつか消えしまうって言ってたよね?その時さえ独りなんでしょ?」

「無論それが理だ」

彼はことあるごとに理や運命という言葉を使う。

彼女にはそれがどうしても解せなかった。

誰かが死ぬことも理、此処に一人でいることも運命、誰も立ち入ることのできない場所で独りいつか世界の調律者も消えていく、そんなことすら理という一言で彼は片付ける。

それが彼女には解せず、そして苛立たせた。

「世界の調律者!!あんたはさ、一人でいることも理だって言うけど!いつか独りで消えることも運命だからっていうけど!!」

いつもキャンキャンとうるさい彼女だが、普段とちがう強い口調の彼女に少し驚いたように彼は視線を彼女に向ける。

世界の調律者にとって『あんた』などと呼ばれたことははじめてのことだった。

彼女がはじめて彼を世界の調律者ではなく『あんた』と呼んだのは決して軽んじたからではない。

ただ必死だったのだ。

「そんなの!あたしは知らないからっ!!独りでいていいやつなんてあたしはいないと思うから!!この世界の人間じゃないから理なんてあたしには通用しないし!!この世界の理なんて…あんたの理なんてぶっ壊してやる!!」

世界の調律者の顔を指さし強く宣言をした彼女は大きな声でまた来ます!!と言うといつもの道を帰っていく。

世界の調律者にはわからなかった。

彼女の言葉の意味も彼女見たことのない表情の理由も。

異端者にはわかっていた。

彼が自分の言葉の意味も表情の意味も何一つ理解していないことを。

世界の調律者はわからなかった。

もう彼女は来ないかもしれないと思ったその時に、一筋揺らぎ軋ませた自分の心の理由も。

異端者にはわかっていた。

彼がわかるまで自分は此処に足を運びいつか優しい世界の調律者は根負けすることを。

そうさせると彼女は心に勝手に決めた。


どんな世界のどんな国のどんな人でも何かしらの規則に準じて生きている。

それを知ってか知らずか、望んでか望まずかは人それぞれとなってしまうけれど。

世界の調律者は世界の理を規則に生きていた。

異端者は自分の決めたことをルールとして生きていく。


この告白とお断りは異端者と呼ばれる少女がこの世界に召喚され世界の調律者と交わったことからすべてははじまっていた。

二人はどちらの世界で生きるのか。

それは異端者と呼ばれる少女と世界の調律者と出逢った瞬間から決まっていた。


そして今日もまた互いの規則とルールを胸に二人しかいないこの世界で愛を歌って愛を避ける。


「今日こそ私の愛をうっけいれろーー!!」

「まっぴらご免蒙る!」

どちらの規則が、ルールがぶっ壊れるのか、それは誰にもわからないけれど。

今日も変わらずこの世界は彼女によってもたらされた平和を正しく維持され続けている。


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