十戒に殉じた男

庵字

十戒に殉じた男

ノックスの十戒


第一条.犯人は物語の早い段階で言及される人物でなければならない。

第二条.超自然要素を用いてはならない。

第三条.秘密の抜け穴は二つ以上出してはならない。

第四条.未知の毒物や長大な科学的説明が必要とされる道具を用いてはならない。

第五条.中国人を登場させてはならない。

第六条.探偵は偶然や直感に頼ってはならない。

第七条.探偵が犯人であってはならない。

第八条.探偵と読者は同じ手がかりを得ていなければならない。

第九条.ワトソン役は自分の思考を隠してはならない。

第十条.予め存在が予想される場合を除いて双子を出してはならない。




第10回 スーパーリアルミステリ大賞受賞作

闇魅やみへ至る道』

宵月よいづき聖史郎せいしろう


 人間を肉体的に一度殺し、自我を失った凶暴なゾンビとして蘇らせる謎のウイルス〈セルドライバー〉が何者かの手によって世界中にばらまかれた!

 謎の人物によって掠われ、地下深くのシェルターに閉じ込められていたおかげで、セルドライバーへの感染を免れていた八人の少年少女は、数ヶ月ぶりに目にした外の世界の変容ぶりに言葉を失う。

 自分たちの居場所を求めて、あてのない旅に出た八人だったが、そのうちのひとりが、決してウイルスに感染するはずのない空間でゾンビ化してしまう!

「この中にセルドライバーの保菌者がいる?」

 少年少女たちが疑心暗鬼に陥る中、メンバーのひとりである少年、齊我さいが充琉みちるは、「この中に保菌者がいるとしたら、どうしてそいつはゾンビ化しないのか?」という疑問を投げかける。

 セルドライバーに感染しながら、その効果を封じ込められる特異体質の持ち主なのか? だとしたら「そいつはどうして名乗り出ることもなく、さらに仲間をゾンビにしてしまうのか?」

 さらなる疑惑の渦の中に巻き込まれている充琉たちが辿り着く、旅の果て。そこに待ち受ける驚愕の真実とは?


 審査員が満場一致で絶賛した、ミステリの歴史を塗りかえる一冊!

 20XX年 XX月 XX日 ついに発売!




「お久しぶりです、朔山さくやま先生」

「君……宵月くんじゃないか」

「すみません。ミステリ界の大御所、朔山先生のご自宅にアポもなしに押しかけたりして」

「そんなことはいい……まあ、入りなさい」

「はいお邪魔します」

「そこの応接室で待っていなさい」


「すみませんね。突然の来訪なのに、お茶まで出してもらって」

「そんなことよりも、宵月くん、君……三年間も行方をくらまして……いったいどこへ行っていたんだ?」

「まあ、色々と」

「君が突然いなくなってしまって、世間は大騒ぎをしているんだぞ」

「そうなんですか」

「大ヒット作『闇魅へ至る道』の作者が失踪したんだ。当たり前だ」

「大ヒット作……ですか。でも、先生はあれを認めてはくれませんでしたね」

「……」

「そのお気持ちは、今も変わりませんか?」

「……ああ。残念ながらな」

「だと思いました。なにせ、朔山明慈みょうじの異名は〈十戒殉教者〉ですからね。そんな先生としては、ゾンビが出てくるような色物を〈本格ミステリ〉と呼びたくは決してないでしょうね」

「受賞パーティーで会ったときも言ったが――誤解しないでもらいたいのは、私の主義には反するが、あれはあれで優れた読み物だということは認めているつもりだ」

「ですが、〈本格〉ではないと」

「ミステリですらない――私の基準ではな」

「ふふっ、三年経っても全然変わりませんね、先生は。でも、それでこそ僕の敬愛する朔山明慈です。少し安心しましたよ。

 僕のほうも、受賞パーティーで申し上げたことの繰り返しになりますが、僕がミステリを書こうと決めたきっかけは、先生の『月下の宵人しょうじん』を読んだからでした」

「それは、光栄に思うよ」

「まだ中学生だった僕が、学校の図書館で何気なく手にした一冊でした。ページをめくる手が止まらない、とはあれを言うんですね。昼休みに読み始めてしまい、どうしても我慢できずに、仮病を使って午後の授業を休んだくらいでしたからね。それ以来、僕はミステリを書き続けました。でも公募に出すことはおろか、他人に見せることも一切してきませんでした。なぜなら、『これ一撃で、巨人朔山明慈を黙らせることの出来るもの』それ以外書きたくないし、人に見せたくもなかったからです。そして、その〈一撃〉となる作品が、ようやく完成したんです。『月下の宵人』に出会ってから十年以上がかかりました。それが、『闇魅へ至る道』でした。

 ……ああ、はい。先生が、昨今ミステリ界で幅を利かせている、いわゆる〈特殊設定ミステリ〉に苦言を呈していられることは当然存じ上げていました。『ミステリの世界に、魔法だの超能力だの怪物だのを持ち込むことは、ミステリの品格を落とすことにしかならない』でしたっけ。『結局〈特殊設定〉というのは、常識的、物理的には成り立たないはずの、荒唐無稽なトリックを補填するために使われているだけ。〈特殊設定ミステリ〉は、作者が勝手に謎を作って勝手に自分の都合のいいように解決しているだけの、いわばマッチポンプに過ぎない』これには僕も少し頷けたのは事実です。でも、僕の『闇魅へ至る道』は、そういった反論を封じ込められるだけの力を持った作品、紛れもない本格ミステリだったと自負しています。物語の鍵を握るウイルス、セルドライバーだって、あくまで現在の科学技術の延長線上にあるものです。超自然要素でもなければ、未知の毒物でもないんです。最後まで読んでいただければ、分かってもらえると信じていたのですが……」

「確かに、君の『闇魅へ至る道』は、そこらに転がっている有象無象の色物とは一線を画していることは認めよう。だが、他よりも頭一つ抜けているというだけだ。結局、私の中では同じ色物の背比べに過ぎない」

「ですよね……ところで、話は変わりますが、これ、何だと思います?」

「何だ? 小瓶に入った液体? 薬かね?」

「ある意味、そうですね。実はですね、これは僕が作ったものなんです。行方をくらましていた三年間で完成させました。大金を握らせた科学者の友人に手伝ってもらってです。『闇魅へ至る道』で得たお金は、全てこれに注ぎ込みました。……この中には、あるウイルスが入っています」

「なに?」

「これがばらまかれれば、僕の『闇魅へ至る道』は、ではなくなるんです」

「……君、まさか?」

「先生のところに伺う前に、これと同じものを、あるマンションの貯水タンクに投げ込んでおきました」

「……」

「それと……実は、先生の目を盗んで、僕たちが飲んでいるお茶の中にも……」

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