vs. 影に潜む蜘蛛《ヒドゥン・スパイダー》


「わ、わたっ……オレ様はまだ、“負けた”ワケじゃねえからなッ!?」


 気勢キセイを上げ、犬歯を剥きだして少女が唸る。

 ボブカットを振り乱すその子は、いやいやをするように首を振っていた。


「だからやめろッ、くそォ! いやぁっ、ソレをオレ様に近っ……近付けるんじゃねェ!」


 僕はこげ茶色の棒状のものを構え、慎重にその子――カリン様と名乗るボブカットの少女――の開いた口に突っ込む。


「どこまでオレ様をナブれば気が済むんだッ……!? も、もごぉッ……!!」


 なんだかこの会話をよそ様に聞かれたら大変不名誉な勘違いをされそうではあるが、これはただの食事、ただの栄養補給である。


 こげ茶色の棒というか、一言で表すならこれはチュロスである。

 

 あの激戦の後、僕はクシャミ、鼻水、涙と目ヤニで瀕死のこの子を抱えて室内に退避してきた。


「もぐ……言っとくけどよッ! あ、結構おいし……いや! オレ様はてめぇを“勝者”だと認めたワケじゃねェぞ!? あんな卑劣チートな技さえなけりゃ今頃は……うめっ」


 口をもごもごさせながらも器用に喋り続けるカリン様。

 チートというか、彼女が運悪く花粉症だっただけだと思うのだが、そこには敢えてこちらからは言及しない。


あんはんははのはふへあんなんタダのマグレ……ふふはほはっははへは運が良かっただけだッ!」


 あのまま外に居続ければ、戦闘後の僕らは弱ったところを他の能力ルール持ちの奴らに、屍肉シニクを漁るハイエナが如く襲われていただろう。

 ついでにカリン様は花粉によるクシャミと鼻水ハナミズで顔をデロンデロンにしたままだっただろう。


 室内に戻ってから早々に彼女に顔を洗わせ、手が空いていた僕はここ――家庭科室に置いてあった食材を借りて簡単な調理を行った。


 いつ新たな“敵”が現れるとも限らない。

 交戦で疲労した僕らに、気力と体力の充足は不可欠。

 そう状況判断したまでだ。


 僕は借り物のエプロン――ハートマークのいっぱい付いたフリフリのやつ――を脱いで備品棚に返してから戻ってくると、カリン様の前に座った。


 数分前まで生死のやり取りをしていた相手と相対する。

 自分の膝が僅かに震えているのは気のせいではないだろう。


 こちらと机ひとつを隔てて向こうにいる彼女は、イスの上で膝を抱えるような姿勢になってチュロスをクワえていた。

 体育座りがクセになっているのだろうか。

 ちなみに作ったチュロスはもうあと残り1本だった。


「あーうまかった、ごっそさん! ……ま、まァまだこれくらいじゃオレ様は負けねェけどな? もごご……もぐ……ふゥ、“悔し”かったらチョコガナッシュとかピーチタルトでも持ってくるんだなッ? けぷっ」


 そして最後の1本も僕の目の前で消えてしまった。

 結局こちらは1つも口にしないままだ。


 仕方ないので手近なコップに自分用の水道水を注ぎつつ、カリン様にはもう食材がないこと、チョコや桃はこの部屋には無かったことを伝える。


「なッ!? そ、そんなぁ……いや負けてねェけどな?」


 もし在庫があれば作らされていたのだろうか。

 末恐ろしい。

 末恐ろしい相手だ。

 一度下した敵とはいえ、その脅威はまだ健在か――。


 しかし、なぜカリン様はこうも“勝ち負け”にこだわるのだろう?


「ん? そりゃァ……このクソったれな“ルール”のせいだよ」


 イスの上で体育座りな彼女は、膝に顔をウズめて呟いた。


「オレ様にゃ、2コ上の“姉貴アネキ”がいた・・――」


 いた・・


 過去形。


「身内ビイキもあるけどよォ、いいヤツだったんだ。不出来なオレ様にも優しくしてくれてよ、ホントにさ。でも、最悪サイアクなのは――――学校ココに入学しちまったコトだ」


 そうか……お姉さんが。


 その後の展開は想像にカタくない。


 この学園の裏の姿、生徒同士の能力ルールを用いて戦わさせられる悪辣なデスゲーム。


「オレ様はアネキの“カタキ”を取るまでぜってーに負けらんねェ……! ソイツを見つけてボコすまで、それとこのクソ学園もブッ潰すまではなッ!!」


 その子が顔を上げ、僕と視線があった。

 闘争心に満ちて爛々と輝く目と、硬く握り締められた拳。

 そして、口の周りにたくさん付いてるお砂糖の粉末。


 その眼光から僕も目を逸らさず見返す。

 口を拭いてもらうためのキッチンクロスを手渡しつつ、それでも視線は外さない。


 そして、自身は自身でまた目的があること、それが彼女の目的と合致することを伝える。

 真剣に、かつ真剣に。


 ――こんなデスゲームは間違っている。出来るなら、僕はそれを止めたい。こんな校則ルール、世の中にってはいけないのだから――――!


「…………はんッ!」


 指で口周りのお砂糖を行儀悪くなめとり、カリン様は笑った。


「ならオレ様たちがヤリを向ける先は“同じ”ってコトだァな――? ま、わざわざてめぇみてェな雑魚っぱと組む理由リユウがねェけどよ――――」


 それでも、とただ只管ヒタスラに見つめ返す。

 僅かな沈黙が流れる。


 やがて、彼女は肩をすくめた。

 ふ、と家庭科室に流れる空気が弛緩する。


「……へ、コレも一宿一飯の“恩義”ってヤツかね? いいぜェ、組んでやるよ。こんなクソったれな場所なんだ、オレ様くれェは義理ギリ通してやんねェとな――」


 ニヤリ、と笑って豪放にそう言いきるカリン様。

 立ち上がった彼女は、スカートのチュロスくずをぽふぽふと払ってから僕にお砂糖まみれの手を差し出した。


 つられて僕も少し笑い、立ち上がる。

 自らも手を差し出し……。


「よろしく頼むぜ? ところでオマエの能力ルールって――――」




 ――――――ゴトン、と。


 カリン様が前のめりになって倒れた。




 理解が追いついたのは、数瞬の後。


 手をこちらに出した姿勢のまま、その子が崩れ落ちていく。

 机からイスへ。イスを巻き込んで床へ。

 奇妙なほどに大きく響く、どさりという音。


 え? どうして?


 ほんの僅かに前まで普通に話していたカリン様が?


 何が――――起きた?


 原因ナゼ――? 原因は――? 理由は!?


 混乱する。頭が混乱している!!


 その直後の行動は奇跡に近い偶然だった。

 反射でその場を飛び退いた、その刹那。


「――ふ、ふふっ、うふふ、うふふふふ」


 僕の下から・・・声が聞こえた。

 一瞬前まで座っていた席。その前の机の下。


 ヌルゥ……とヘビを思わせる動きでそこから這い出てきたそいつは、ニタリと口元を笑みの形に曲げながら呟いた。


「悪いけど、仲良しごっこはそこまでにしてくれる……? いい加減、見ててお腹がむかむかしてくるの」


 そいつの印象は――――――クロ


 黒地の制服をきっちり着込み、濡羽ヌレバ色の長髪は腰に届くどころか、前髪すらも目元まで長く隠すように伸ばされていた。

 そしてイスに身体をしなだれかからせた姿勢で僕を見上げ、うふうふと陰鬱インウツに笑っているそいつは。


 間違いない。


 間違いなく、この子は――――――敵。


 驚きはやがて理解へ変化し、自身の背中に遅い冷や汗が流れるのを感じた。


 奇襲? 机の下から?


 いつからだ!? いつからそこにた!?


「うふ、うふふ……私のサプライズ・プレゼントは受け取ってくれたかしらぁ? それなら30分近くも机の下で隠れていた甲斐カイもあったわぁ……」


 30分も、机の下で――――!?


 足がしびれないのか――――!?


 いったいなぜ、こんなコトを――――!?


 ……いや、その理由は分かりきっていた。

 僕たちが参加させられているデスゲーム。

 これ以上に、見知らぬ互いが争う理由なんてそうそう無いだろう。


 たとえその戦い方が奇襲や不意打ちであっても、相手を下した者がシンプルに勝者となる。

 むしろ奇襲こそ自身の生存性を上げるためには最良の手だろう。


「“組む”……? “よろしく頼む”……ですって? 何言ってるのかしらね……このアマはぁ? ――――そんなコト、させるわけないじゃない」

 

 そうだ、カリン様は!?

 こいつに能力ルールを使われたからああなったのか!?


 彼女の身を案じ、そいつの横に視線を巡らせようとする。

 しかし、すぐに僕の行動は気取ケドられた。


「ダメよ、アナタぁ……? もうコイツは私の能力ルール餌食エジキなの」


 僕の手の前で、視線を遮るようにひらひらと手を振るその“敵”。


「私の能力ルール、特別に教えてあげる――――」


 その余裕は、不意打ちに成功したからか。

 あるいは、もう僕たちがそいつに勝てる見込みなどないと確信してのことなのか。


 その敵は、あっさりと自分の能力ルールを告げた。


影に潜む蜘蛛ヒドゥン・スパイダー……それが私の能力ルール


 影に潜む蜘蛛ヒドゥン・スパイダー――――!?


「うふ、ふ……効果は単純よ、“対象を見た時間ぶんだけ、対象の周りの空気を少し薄くする”……ふふ、それだけの能力ルール。3分ぐらい相手を見ていただけじゃ全く効果のない、しかも対象自身には効果もない、とてもか弱い能力ルールなの」


 これがか弱い能力ルール――――だって!?

 カリン様を一撃で倒すほどの威力だ! バカを言うな!!


 僕の疑問を読んだのか、それとも想定済みの流れだったのか。

 彼女はいっそう笑みを深めた。


「でも――――それが3時間も相手を見たあと・・・・・・・・・・・だったら、どうかしら?」


 な――――3時間も――――!?


 目が痛くならないのか――――!?


「余裕だわ、そんなの。片目をそれぞれ閉じて相手を見続けるの。ふふ、ふふふふふ、ずっと、ずっと見続けるの。それに私の視力はメガネなしで2.0もあるのよ……?」


 裸眼で2.0も視力があるのか――――!?


 ……いや、それでもおかしい!


 そんなことは有り得ない、と僕はかぶりを振った。

 カリン様と僕が戦闘に入ったのですら、およそ1時間ほど前のことなのだ。

 それが、3時間もだって?

 相手の言葉に惑わされてはいけない。

 きっと本当は、もっと他の能力ルールなのを誤魔化ゴマカそうと……。


「――――トースト、ピーナツクリーム、コーンフレーク」


 …………なっ!?


「それに……キュウリとトマトのサラダ。アナタ、朝ごはんには必ず牛乳を付けているのよね? ふふ、ふ、健康的でいいと思うわぁ……」


 なぜ――――ッ!?


 なぜ、僕の朝ごはんの献立を知っている・・・・・・・・・・・・・んだ!?


「うふ、うふふふふ……! 何度となく言ったじゃない! 見ていたって! アナタのことは私、ずっとずっとずっとずっと見ているもの! 見ていたものっ!! おウチのベランダ、観葉植物の間から見える窓! おトイレの窓! ドアポストの隙間! ああその驚いた顔もイイ! イイわぁ!!」


 ほんの僅かに前まで座っていた僕のイス、その座面を陶然とした様子で撫でまわすそいつ。

 なんだかやけに息も荒くなってきていた。

 その妙な迫力にたじろぎ、思わず一歩下がってしまう。


「私はこんな校則ゲームには参加したくなかったけど……この能力ルールには、うふ、ちょっと感謝してるの。見ているほど効果が強くなるなんて、愛の証みたいじゃない? 本当はもっとずぅっと、遠くからずぅっと眺めているつもりだったのに……」


 撫でる手がピタリと止まる。


「それが……このカリンとかいうやつ!! 相手をしてもらうだけじゃ飽き足らずっ、組む!? アナタと、組む!? しかも、あっ、あく、握手まで!? 握手会なんてイベント私も参加したことないのにっ!?」


 握手会ってなんだ!?

 さっきのはイベントだったのか!?

 なんのイベントなんだ!?


「使うわ、もう使うしかないじゃない、溜めてたこの能力ルール……! アナタには悪いけど、こいつは私が能力ルールを解除しない限りはずっと酸欠が続くわ……それに」


 次の言葉に、僕は耳を疑った。


「私のもう一つの能力ルール――――」


 まさか。

 運が悪すぎる。


 まさか、彼女も“複数能力ルール持ち”だったなんて!


「――“自分のいる部屋の中で飲食していた人間を、その程度に応じて腹痛を起こさせることができる”能力ルール


 マズイっ――――――!


 床に倒れているカリン様。

 その顔は――――蒼白になっていた。


 あれは間違いない。


 間違いなく、いろんなモノをギリギリのところでコラえている時の顔だ――――!


 やっぱりあのチュロスは食べ過ぎだったか――――!


「ふ、ふふ、とてもいい気味ね……」


 くっくっ、とウツムき笑うそいつ。


 無意識ながらにぎゅっと目を閉じ、眉間にしわ寄せ、ちょっと身体がぷるぷる震え始めているカリン様。


 今や状況は絶望的だった。


 いや、この家庭科室に入った時から既に、このシナリオに到達するよう僕らは仕組まれていたのだろう。

 それこそ、狡猾コウカツ蜘蛛クモが見えない糸を張って獲物エモノを待つように。


 結果、カリン様は相手の術中に落ち、彼女と彼女のお腹事情を人質に取られる格好で僕も動けなくなってしまっていた。


 このままられるしか、ないのか……!?


「ねぇ、ふふ、しゃがんでくれるかしらぁ?」


 その言葉に逆らうことができず、床に両膝をつく。

 もはや迂闊ウカツなことはできない。


「この学校の校則ルールはデスゲーム……でも、私はもし勝ってもアナタに危害を加えることはない」


 なんだって……!?


「不意打ちだったもの。ふふ、なんなら今すぐに見逃してあげてもいいわぁ?」


 しゅるり、とイスから離れて前に進んできたそいつが、僕の間近に迫る。

 まるで、アダムとイブをそそのかしリンゴを食べさせるヘビのようにアヤしい動き。


 やがてその得も言われぬ重圧プレッシャーに負け、マウントを取られるように押し倒された。


「でも……そうね、条件があるとすれば……。うふ、うふふ、まずはTwitt◯rのお互いの鍵アカをフォローしましょう……? その後それでラブラブなやり取りをしながら時たまうっかり公開アカに誤爆しちゃうの」


 やめろッ――――!!


 思わずそう口にしそうになり、歯を食いしばった。

 そんなあからさまに過ぎるうっかりミス、あってたまるか!


「それからゲームセンターに行って、いちゃいちゃな姿をプリクラを撮って……ツーショットを2人のケータイの裏に貼りましょう」


 痛プリをスマホに、だって――――――!?


 頼む、やめてくれ――――――!


「ふふ、うふふふふっ……私、アナタのことを“ダァ♡”って呼んでもいいかしらぁ?」


 しかも、ダァ♡ってなんだ――――!?


 猪木イノキか――――――!?


 恍惚に震えている相手に、ここにきて僕も震えを隠せなくなっていた。

 こいつは、間違いなくリに来ている!

 僕を、社会的に――――ッ!


「アナタと一緒になら……ふ、ふふ、リア充に落ちるのも悪くないわぁ……」


 イヤだ――――死にたくない!

 パリピ勢にもなりなくない!


 僕はまだツイッターで暢気ノンキにクソリプを投げていたいし、痛プリも撮りたくはないんだ!


 懸命に頭を巡らせ、思考する。

 そして必死に考えついた牽制の言葉、それを発する。


 ――聞いてくれ。僕もさっき、コップの水を口にした。いいのか? 離れたほうがいいんじゃないのか? もう間もなくお腹を下して僕は漏らすぞ。それはもう威勢よく、恥も外聞もなくだ――。


「問題ないわ、私が全部飲むから」


 即答――――――!?


 一片の淀みもなく言い切られた。

 若干食い気味に答えられ、むしろたじろいだのは僕の方だった。


「そこの女は好き勝手に漏らせばいいのよ」


 カリン様――――――!!


 このままでは、僕もカリン様も社会的に死ぬ!

 なんということだ!

 なんて、身を斬られるよりもヘタすれば恐ろしい処刑なのか!


 ジリジリとタイムリミットが迫る中、ふと相手は僕をじっと見つめてきた。


「……そんなに私に負けたくない? だったら私の能力ルールを解除してあげてもいいわ」


 それは意外な言葉だった。

 この場は既にチェックメイト、僕らはもう“詰み”のはずだ。

 どういう意図の質問なんだ?


「……ただし、こっちも条件が一つ――――私の名前を当ててみて」


 名前。


 それ……だけで?


「うふ、それだけってことはないわ。現に……私の名前、知らないでしょう?」


 これまでずっと優位だった彼女、その笑みに自嘲の色が混じった。


「そう……私みたいなネクラで教室でもぼっちで無口で興奮すると早口になるクソ陰キャ、誰も覚えているはずないの」


 いや、というか僕らはまだ入学して1週間だし、覚えられてなくても仕方ないような――――。

 しかもたぶん君、別のクラスのやつだろ――――?


 そんな言葉が思わず口をついて出そうになったが、堪える。


 これは戦いなのだ。

 それが暴力であれ、問いかけであれ。

 相手が言葉で挑んできたのなら、僕だって真剣に、僕の言葉で打ち返さなければならない。

 その真剣の一太刀に、待ったは許されないのだから。


 コチ、コチ、と家庭科室の時計が遠くで鳴っている。

 時間的制限タイムリミットを具現したような音。


「ふ、ふふ……やっぱりアナタも分からないのね」


 こちらの首に手が掛けられる。

 全身で密着するように押し倒され、徐々に首に掛かる力が強くなる。


「大丈夫。教えてあげる、これから、内鍵を掛けた教室でずぅっと……耳元で。ささやき系ボイスドラマCDみたいに何度も、忘れられなくなるように刷り込んであげる…………私、アニメ声には自信があるの」


 マドわす言葉や視線とともに押し当てられる、意外と大きかった彼女の胸。

 制服をきっちり着込んでいるせいで分からなかったのだ。

 それに思考を乱され、“あれ? 意外とそんな終わり方も悪くないのでは? 案外良くない?”と、ダァ♡な将来を容認しそうになり――――。


 ――倒れたカリン様が、何かを指差しているのが見えた。


 僕は呟く。


「なぁに? よく聞こえな……」


 ――――――――やみこ。


「なっ…………!?」


 にしやま、やみこ。

 それが君の名前だ。


「……ふ、ふふふ、ふふふふふ」


 込められていた力が緩む。

 拘束が解ける。


 ほんの僅かに来ていた尿意も――引っ込んだ。


「知っていたのね、私のこと。そう、西山闇子……それが私の名前。ずるい人。でも嬉しい……嬉しいわ、もうそれだけで死んでもいいくらい」


 危なかった。


 カリン様が指差してくれていなければ。


 そして、この子が自分の持ち物に名前を書いてるような几帳面な子でなければ。


 机の下に置いてあった学生カバン、そこに“にしやま やみこ”の文字はあったのだ。

 やけに丸っこい、女子女子した感じの字だ。


「私の負けよ。アナタに殺されるなら本望……ひと思いにやってくれて構わないわ。でも、最期に……一言だけ、“やみこちゃん♡”って呼んで……?」


 今回ばかりは絶体絶命の窮地だった。

 それは間違いない。

 能力ルールによる不意打ちは、その一撃を食らうだけでも戦況が瓦解しかねない……それを学んだ。


 立ち上がり、同じくしゃがんでいた彼女に手を差し出す。


「えっ……?」


 観念するかのように閉じられていた彼女の目が見開かれた。


 君は最後まで僕らを倒そうとはしても、圧倒的に有利な中でトドメを刺そうとはしなかったから。


「ダァ……♡」


 でもやっぱりダァ♡はやめてほしい。


 そうして彼女……やみこちゃんを立ち上がらせると、僕らは家庭科室の戸口の方に向き直った。


 この戦いは終わった。

 ならば行こう。


 女子トイレが――――カリン様を待っている。

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†絶対遵法の規律破壊者《ルールブレイカー》† 〜学園最弱の能力者はデスゲームに挑む〜 南乃 展示 @minamino_display

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