†絶対遵法の規律破壊者《ルールブレイカー》† 〜学園最弱の能力者はデスゲームに挑む〜

南乃 展示

vs. 騒音の戦車《ノイジー・チャリオット》


 ――――――轟音。


「はっはァー!! ようやく“追いついた”ぜェ!?」


 道路の舗装――頑丈なアスファルトがさざ波のように波打ち、割れる。

 いとも簡単に。容易タヤスく。


「コソコソ逃げ回ってんなよォ! “ネズミ”がァ! てめェはこのカリン様のエモノなんだよォ!!」


 一歩先の足場を壊された僕は、そのセリフを地面に横たわりながら聞いていた。

 視界に入った校舎は至るところがボロボロ、置き場に放置された自転車は燃えて燻り、校庭の空には黒煙。


 そして自分の正面には――――――敵。


「逃げてねェで早く“見せろ”や、てめェの能力をよォ!!」


 その敵は、一撃で地面を割っていた。

 その敵は、逃げるこちらを執拗に追いついてきた。


 その敵は――――――体育座りをしていた。


 うちの学校の指定の制服を着た彼女は、膝丈のスカートを手で押さえながらこちらに肉薄してくる。

 体育座りのまま。


学校ココの“入学式”からまだ一週間……信じらんねェよなァ? まさかここが学校なんてのは仮初めのモン……本当は入学者同士を最後の1人になるまで戦わせる校則ルールがあったなんてよォ……!? しかもォ、生徒の1人1人にゃお互いヤり合うための能力チカラが与えられる、ってなァ!」


 巻き舌気味ではあるが一言も噛まずに話し終えたその子は、挑発的な目でボブカットの髪についた土ボコリを払った。


「そしてオレ様の能力はァ……『騒音の戦車ノイジー・チャリオット』」


 『騒音の戦車ノイジー・チャリオット』――――!


「理解の悪いてめェに分かりやすく言うと、“体育座りをしている限り、自身の身体能力が飛躍的に向上する能力ルール”ってトコかァ!?」


 体育座りをしている限り、身体能力が飛躍的に向上する能力ルールだって――――!?


「へっへッへ……! そしてオレ様は、陸上部に入部してる」


 しかも、陸上部――――!?


 まだ学校も始まって1週間だし部活動も仮入部のはずだが、それでも帰宅部モヤシな僕とは大違いだった。

 僕とその相手は、やる気とスペックの部分からしてかけ離れていたのだ。


 ワラう彼女が横の地面を手のひらで叩くと、いともあっさりアスファルトが砕け散った。

 間違いなく、凄まじい能力ルール持ち。


 体育座りの彼女のごく間近で横たわっていたこちらにも、アスファルトの破片が飛んでくる。


 目を背けそうになって、どうにか堪えた。

 ここで視線を逸らしたら完全に気圧されてしまう!

 死にたくない、僕はまだ……!!


 僕は体育座りの隙間から覗くキャラプリント付き下着パンツを睨みながら、重圧プレッシャーに負けまいとさらに姿勢を低くした。

 横たわるどころか、もはや腹這いになりながらも睨み返す。


「反抗的な目ェするじゃねえか、えェ!? だけどよ、今から言うオレ様のセリフを聞いてもまだそんな態度が取れっかな……?」


 犬歯をむき出してニヤリと笑い、カリン様と名乗った彼女は体育座りのまま両手を大きく広げてみせた。


「オレ様はまだ本気を出してねェ・・・・・・・・・・


 ざわり、と周囲の空気が変わる。


 突風が吹き、彼女の衣服スカートがはためく。


「特別に見せてやるよ、“3時間絶え間なくしゃべり続けるとその後3秒だけ時間を止められる能力”と、“数年間ヤンキー口調になるけど大幅に頭突きの威力が上がる能力”の合わせ技を、よォ――――!!」


 まさか……!?


 まさか、彼女は複数能力ルール持ちだったのか……!?


「くらえやぁァァァッ――!」


 裂帛レッパクの気合いからの、前傾姿勢。


 言うが否や、彼女の姿が消え――――!


 僕の顔に猛烈な勢いでねばっこい汁が飛び散った――――!


「ぴゃぁァぁっクション!!」


 時間停止能力と、部分的な身体超強化能力。

 どちらもとんでもないチート能力ルールだ。


 彼女はそれを使い、超至近距離から僕の顔に思いきりクシャミを吹きかけたのだ。

 時間停止、回避するヒマなど全く存在しなかった。

 受けてからようやくそれがクシャミだと気づいたほどの神速のクシャミ。


 油断はしていなかった。

 しかし、それはあまりにも速すぎた。


 ぐ、とウメいて被弾する僕。

 顔がびちゃびちゃになった。


「ぴゃックシ! ックシ!! み、ミスったあ……あーやば、やば……ックシ!!」


 カリン様を見ると、彼女の様子がおかしくなっていた。

 体育座りがホドかれ、地面に突っ伏して顔を押さえ、クシュンクシュンと連呼している。


「……ックシ! あーもうダメだ、鼻水が止まんなくなっちゃったよぉ……目も痛いし……!」


 これは――――――!?


 ――僕はハッと気付き、後ろを振り返る。


 僕は彼女から逃げる時、意図せず校庭の裏庭の方角へ逃げてきていた。


 この裏庭にあるのは…………スギの木!


「もームリ、もーほんとムリだって…………へ、ペッックシ!!」


 ――そうか、彼女は花粉症カフンショウか!!


 能力ルールは強力であればあるほど、より強固で縛りの大きな制約が必要となる。

 カリン様はクシャミを連発し、話すこともできなくなり、ヤンキーな言葉遣いも怪しくなり、今や体育座りすら維持できなくなっていた。


「う、うぇー……ずびびっ、ックシ!」


 どうやら、勝負あったようだ。


 これが、異能力ルール同士のデスゲームか。

 一歩間違えばタオれていたのは僕だっただろう。

 いや、今でも勝利の実感なんてものは全くなかった。


 僕は立ち上がり、恐怖で自然と震えていた足を叩いた。

 深呼吸をしてから、どうにか落ち着きを取り戻す。

 大丈夫、まだ僕の足は動く。まだ歩ける。


 顔の汗と、そしてねちゃつくヨダレを袖でヌグう。

 顔のねちゃねちゃ感が全く取れない。

 辛勝をもぎ取った僕も、無傷とはいかなかったのか。


「あ"ー……っぷし! ピャックシュン!!」


 カリン様が僕を真っ赤な目で睨みつける。

 しかし、それももう弱々しいものになっていた。

 見上げる立場、見下ろす立場、それぞれが逆転していた。


「オレ様の、負けだァ……ひとおも、ックシ! やるならひと思いにやれや……!」


 彼女もこうなってしまっては長く苦しませるだけだろう。

 勝者である僕はその始末をつけなければならなかった。


 次の戦いに備え、気持ちをまた切り替えるために。

 そして、生き残るために。


 手を構え。


 近付く。


 ――えっと、これ使えばいいんじゃない?


 そう言って、とりあえず常備していたマスクを渡しておいた。

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