君のルールと魔法の杖

英知ケイ

君のルールと魔法の杖

「やった、やったよクリム!」


 ユリンが高々と『杖』を掲げる。

 笑顔。

 無邪気に、まるで子供のように喜んでいる。

 

 彼女の腰まである黒髪は戦闘により乱れているし、着ているお気に入りの赤いローブはボロボロだけれど、逆にそれが彼女の美しさを増しているように私には思えた。


 師匠に使命を受け、ようやく辿り着いた迷宮の奥。


 あの杖は、ここにひそんでいた古龍エンシェント・ドラゴンを、彼女と私の二人がかりの魔法で押し切り、薄氷を踏む様な勝利の末手に入れたお宝だ。


 ドラゴンは魔法に耐性があるから本当に大変だった。

 さらに炎の属性であったのも、強敵に拍車をかけていた。


 ユリン得意の氷魔法はすぐに溶かされるし、私の炎魔法も同属性のため効きが悪かった。


 水魔法さえ使えればもう少し楽だったのだろうが、この二人では無理というもの。


 彼女は氷魔法命で、水魔法は初級のものですら使えない。

 私は炎魔法を得手とするため、属性相関によりそもそも水魔法は使用不可能。これは絶対の魔法のルール。


 彼女が気付かなければ、敗北して師匠の蘇生魔術のお世話になっていたかもしれない。



『氷を炎でとかせば、水になるよ、クリム!』



 彼女の全力の氷魔法を私の全開の炎魔法で溶かし、威力を倍加した上で古龍にたたきつけた。

 二人で一斉に叫んだ魔法の名は『水竜巻トルネード!』。


 弱点属性での攻撃、これが勝負の決め手になった。


 同じ師匠の弟子同士ではあるが、正直、魔法については彼女よりも私の方が上だと思っている。

 彼女はいつも何かにつけて自分の魔法を私に認めさせようとしてくるが、私が素直に首を縦に振らないのはそのためだ。

 逆に、この態度が彼女をムキにさせているのかもしれない。


 だが、彼女のこの『機転』については認めざるを得ない。

 魔術師は通常パーティに加わった際には、パーティのブレーンとしての役割を受け持つ事が多い。即ち『機転』は魔術師にとって必要な素養であるのだ。


 私は珍しく彼女を褒めたくなった。

 しかし、ここで問題があることに気がつく。

 私は彼女を自分から褒めたことがない。



 『お前は可愛いな』『綺麗な髪してるよな』『今の笑顔は最高だった』

 この類の言葉であれば彼女に言ったことはある。


 しかし、これは私の言葉ではなく、私とユリンが言い争うことが多いのを見かねて師匠が作ってくれたユリン対応マニュアルに従った行動だ。


 マニュアルには事細やかに、こういうときはこの表情でこの言い方でと指示が書かれていた。

 私は、どんなことでも手を抜かない師匠の人柄を感じたものだ。

 これは私も手を抜くわけにはいかないと頑張って覚え、そして実行した。


 その効果は実に驚くべきもので、何だか気味が悪いほどにユリンが優しくなり、つっかかってくる間隔も明らかに長くなった。


 しかし、私はこのユリンの変貌に耐えられなかった。

 なぜかは、わからない。


 そして初めて師匠に逆らうことになってしまった。

 さようなら、マニュアル。


 結果、彼女は元に戻り、私はそれをこっそり歓迎した。



 ……というわけで、私は彼女を自分から褒めたことがない。

 どうやったら自然に褒められるのだろう、私が悩んでいると――



「ふっふっふー、じゃあ杖使わせてもらおっと」


 彼女が手に持つ杖の先を私の方に向ける。

 杖の先端の宝石が込められた魔力により光輝く。


 当然私はあわてて止めにかかる。


「ちょ、ちょっと待てユリン。その『支配ルールの杖』は使っちゃダメって師匠に言われただろう」


 彼女が手に持つ杖は、古代王国時代に作られたもので、口にしたルールを相手に強制させる力があるという代物だ。


 だが、遅かったらしい。

 杖を使うには、それなりに魔力を込める時間が必要なはずだが、さっき私が考え事をしているうちに彼女はそれを済ませてしまったようだ。


「もうおそいよ、準備は整った……いっくよー」


「やめろおおおおおおおお」


 絶叫。


「『あなたは私のことが好き!』」


「えっ……」


 あまりに意表をつく彼女の言葉に私は絶句する。


 ……何ともない。思考はハッキリしている。

 見ると宝石の輝きはもう消えているが、杖の効果は発動したのだろうか?


 彼女は私を好きに操ろうとしているのか?

 そうか、アイテムの力を借りてまで彼女は私に力を認めさせたかったのか、なんてことだ!



 そんな私の悩みなど知らぬ風で、ユリンは少し様子をうかがった後、スタスタ歩いてくると私の横で座りこむ。


 彼女がローブのそでをぐいぐい引くので、私もその場で座ってしまった。


「効いてるんだよね? どうしよっかな……クリム、私のこと好き?」


 少し不安そうな顔でじっとこっちを見る。

 おかしい、杖の効果が効いているのであれば、好きだと言ってしまいそうなのだが、とくに勝手に口が動くことはない。


「なんで黙ってるの? 効果出るまで時間かかるのかな? それとも、クリムは好きな子相手には無口さんになっちゃうタイプだった?」


「……」


 何か言ってやったほうが良い気にはなってきたが、何が正解なのかがわからない。だから私は至近距離にある彼女の顔を見つめることしかできない。


「ねー、何か言ってよ~」


 珍しく弱気な彼女の様子に、素直に、『はい効いてません』とは言いづらく思えてきた。


「……どうしようかな。でも、いつものクリムだと、効いてなかったら『効いてない』って言いそうだから、効いてはいるのよね、多分……」


 ここまで来ると、もう絶対に『効いてない』とは言えない。

 しかし、いつもの強気の彼女はどこへ行ってしまったのか。

 これではこちらも優しくするしかない。


「いつものクリムじゃないっぽいし。私のことが好きな今ならいいかな……あのね、私いつもクリムにちょっかいかけてるじゃない……ごめんね」


 突然何を言い出すのだ!?

 彼女は実は私に懺悔したかったのか?


 それでは好きにする意味が無いのではないだろうか……?


 私は疑問が深まりゆくなか、彼女を見つめていることしかできない。


「私クリムに自分の力を認めてほしいんだとおもうの……全く素直じゃないよね。何やってもクリムには敵わないのに」


 いやいやいやいやそんなことはない、さっきもお前の『機転』には感動していたんだ。


 ……私はここで気がつく。


 今こそ、そのタイミングではないか!


「ユリン、そんなことはない。お前の『機転』は素晴らしい。今日の合体魔法も私には絶対思いつかないものだった。魔術師として尊敬する」


 不安のせいか暗くなっていた彼女の表情が、この時急に明るくなったのを私は感じたのだ。


「く、クリム!? 杖の効果でもうれしいいいいい」


 そう言うと、いきなり彼女は私に抱きついてきた。

 全身に感じる彼女の体の柔らかさ。


 気まずくなった私はつい言ってしまう。


「いや、杖の効果じゃないぞ、本心だ」


「えっ?」


「杖効いてないぞ」


「……ええええええええええええええええええええええ」


 迷宮の灯りの下でもわかるほどに真っ赤にった彼女は、私からさっと飛び退くと、叫び声を上げながら迷宮をどこへともなく走り去った……。

 


――――――――――――



「では、あの杖は『支配の杖』ではなかったということですか?」


「うむ」


 杖を受け取りながら、あっさりと言う師匠。

 我が国の誇る高位魔道士フレイ=ニダヴェリール。


 ここは師匠の館。

 弟子の時住み込みだったから、ある意味ユリンと私の思い出の場所。


 ユリンは私の隣で、下を向いたまま、ずっとすすり泣いている。

 こっちに顔を全然見せてくれない。


 あの後なんとか迷宮で見つけてテレポートで連れ帰ることができただけ、良しとするしかない。


「この杖はの『正直の杖』。手にした者が持つ暗黙のルールから心を開放し、素直にしてくれる杖だ」


 この言葉にユリンの泣き声が一瞬止まった。


「ユリンすまぬ。お前のことが、可愛そうになってしまってな。フレイヤにも勧められて、嘘をついてしまったのだ。却ってお前の心を傷つけてしまったようで、本当にすまない」


「いえ……私が素直じゃないのが……いけないんです……」


 師匠に対し、精一杯の彼女の強がり。

 涙が館の絨毯に模様を形作っている。


 彼女のこの状況を作り出したのは私。

 私はユリンに何か言ってやらなければ、そう思った。



「ユリンお前の気持ちはもうわかってるよ」



「えっ!?」



 涙の跡が残る顔で、彼女は驚いている。

 本当にすまない。


 ……何だか照れくさいな。



「もう言ってしまってるが、私はお前の力を認めてる。認めて欲しかったんだよな」


「「そうじゃないだろー!」」


 今日も師匠とユリンの声が重なった。


「あれ、違った?」


「違わないけど、違うの!」


 何がいけなかったのかさっぱりわからない。

 迷宮の中では、あんなに喜んでいたじゃないか?

 ああもう、今日も自分だけ仲間外れになってる気分だ。



 ……でも、まあユリンが元気になったようだからいいか。

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