ルールに縛られた男

ぶらっくまる。

縛ったのは己

 夏の暑い日――

 無駄な体力を使わないように何をする訳でもなく、俺が寝転がっていると、


「おい、出てこい!」


 と、独房を開け、刑務官が声を掛けてきた。


「ん、面会ですか?」

「いいから出てこい!」


 ただ聞いただけなのに、語気を強めた刑務官の様子に違和感を感じ、なんとなく不安が込み上げてきた。だからといって抵抗できる訳もなく、言われるがまま俺は、独房を出て右側の通路を刑務官に前後を挟まれるようにして進んだ。


「あれ? こっちじゃ――」

「いいんだ」

「は、はあ……」


 てっきり弁護士が再申請の進捗を報告にでも面会に来てくれたのかと思っていた俺は、中央廊下を真っすぐ進んで右に曲がるのかと思っていた。


 が、左へ曲がり、二階へと上がって行き、そこで通されたのは、調べ室だった。その部屋に入るなり俺を迎えたのは、所長さんだった。


「どうしたんですか?」


 いつもと違う事態に俺は、変な汗が滲み出てくるのを感じた。

 無情にも、その悪い予感が的中してしまった。


「これより、死刑を執行します。お別れです」

「はあー!」


 咄嗟に上ずった声がでた。しかも、かなり大きな声が出たと思う。それでも、目の前の所長さんは、ピクリともしなかった。恐らく俺の反応を予測し、身構えていたのだろう。


「いやいやいやいやっ、ちょっと待ってくださいよ。ありえないでしょ!」

「連行!」


 思わず所長さんに食って掛かろうとして、刑務官に取り押さえられ、そのまま連行されてしまった。


「ちょっと……ホントに、マジで!」


 俺の悲痛な叫びに答える者は誰もいなかった。強制的に連行されていく中、廊下には数メートルおきに刑務官が整列しているにも拘らず、誰も俺の言葉に声を貸そうとしない。


 ああ、終わった……


 ひとしきり叫び、暴れたが、それで刑の執行が中止される訳がなかった。そう悟った瞬間、頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなっていた。


 何やら仏壇に向かって祈ったりもしたが、無神論者の俺は何を祈ったのかもわからなかった。きっと、妻や娘にこれから会いに行くよ的なことを言ったのだろうか。


 覚えていない……


 目隠しをされ、手足に手錠を掛けられ首にロープがかけられた。


「最後に何か言い残すことはないか」


 監督官のその言葉に、俺は今まで言い続けてきたことを口にした。


「冤罪だ。俺は、絶対やってない! 妻と娘を殺したのは間違いなく精神障害を理由に不起訴処分になったアイツで間違いない! 証拠だってあったはずだ。絶対、俺じゃない。もうすぐDNAの再検査結果が出るはずだ。それで、俺じゃないことが明らかになる。今日、無実の俺を刑に処したことを後悔するがいい。呪ってやる……以上だ」


 間違ったことは言ってない。悔しさのあまり、最後は捨て台詞っぽくなったが仕方がない。


「押せ!」


 監督官の合図とともに、エア漏れするような音が聞こえたあと、破裂音と共に床が落ちた。


◆◆◆◆


 気付いたら暗闇の中でぼんやりとした人を形どった光が俺の前に現れた。朧げな意識の中話を聞いたところ、やっぱり俺は死んだようだった。あるのは無。なんの感情もわかなかった。その存在が俺のことを無実だと信用してくれ、憐れんだが、本来であれば歓喜するはずだった。


 しかし、俺は無――感情だけではない。手足の感覚もなく、身体があるのかも不明だった。


 目の前の存在が何なのかは、わからない。ただ――死後の世界ってあるんだな、とどうでもいい思考を巡らせた。


 すると、次の言葉を残し、その存在が俺の目の前から掻き消えた。そして、俺も意識が飛んだ。


『人の子よ。もう一度やり直すがよい。今度のきみならそれができるはずだ』


◆◆◆◆


 俺は転生を果たした。しかも、現代どころか地球ではないどこか――魔法が存在する異世界だった。俺は、過去の記憶を保持したまま転生を果たした。レイガンド王国の第一王子として――


 結局、あの存在は神だったのだろう。なら、神が言った通り、俺はやり直すことにした。


 俺の最愛の人たちを殺害しておいて、法の抜け道を巧みに通り、不起訴処分になったアイツは、間違いなく演技だった。その調べはついていた。


 それを証明すべく俺は動き、はめられた。――否、それはわからない。別の事案で公訴をしてもらうために色々と証拠の再調査や再検査を行った。その結果、妻と娘を殺害した凶器から俺のDNAが検出された。本来、それはあり得ないことだった。


 検察が導き出した答えは、精神障害の被告を使い、俺が計画を立てた第一級殺人として俺を控訴したのだった。そして、今に至る。


 もう二度とあのような思いをしないように。そして、俺と同じ思いをさせないように法の整備に力を入れ、レイガンド王国の発展に尽力した。


 当初は、知識チートをしようとしたが、それは悪手であることに気付いた。レイガンド王国が大国であれば問題なかったかもしれないが、十数ある国家の内、下から数えた方が早いほどに国力が低かった。そんな弱小国家で知識チートをしたところで大国に搾取されるだけだと思ったのだ。


 俺は、最低限の農業改善をした程度で、治安改善から取り掛かった。その理由は、治安が良ければ、安心して国民が生活していけると思ったのだ。そうすることで国民の幸福度が上がり、生産性が向上し、人口が増加し、国力が増すと結論付けた。


 それは、正解だった。


 俺は、その功績が認められ、聡明で心優しい王子として国中から愛された。これには、父である国王が善人であったのが大きいだろう。もし、国王が悪だった場合、俺は暗殺されていたかもしれない。


 俺が整備した法の中には、や平民など身分による刑の軽減を図る条項が無いのだ。法律は、平等に見えてそうじゃない。ルールは、あくまでガイドラインで扱う者によって解釈が捻じ曲げられ、抜け道も存在する。


 俺は、それが許せなかった。だから、単純明快なルールを定めた。死には死を――殺人を犯せば極刑。どんな例外もない。


 ――転生を果たしてから半世紀の月日が経過した。


 俺は、国王となり、二人の息子と二人の娘に恵まれた。そして、レイガンド王国は、今や帝国と呼ばれている。


 それは遡ること一〇年。大陸規模で大飢饉が発生し、ただでさえ国力が乏しい小国は衰退の一途をたどり、大国に呑み込まれる外なかった。


 しかし、そこで立ち上がったのがレイガンド王国だった。俺がもたらした農業チートが功を奏し、備蓄も万全。それを小国に提供し、大国に抵抗すべく大連合を結成した。当然、その盟主は既に王位を継承していた俺だった。


 しかし、無償で食料を提供した訳ではない。提供する兵力によって提供する食料の量を定めるなど、厳格なルールを法律と同様に定めた。


 それに例外は無かった。提供する兵が無いのであれば、食料も提供しない。無慈悲といわれるかもしれないが、そこで弱さを出すと、身を切ってまで兵力を捻出した国に申し開きができない。


 俺は、中途半端な法により冤罪で処罰された。それがトラウマとなり、俺はそんな中途半端な態度を取ることを嫌った。その結果、たったの半世紀でレイガンド帝国と呼ばれるまでの大国に成長した。


 時折、窮屈すぎるかもしれないと感じたことは一度や二度ではない。俺と同じように、「俺はやってない!」や、「私はやっていない!」と訴えてくるものも大勢いた。


 しかし、俺の中に例外というルールは無い。


 俺は、「疑わしきは罰せず」も許せなかった。だから、時間を掛けてでも徹底的に調査をさせた。そして、証拠が集まるにつれ、被告に対する行動制限を強めていく。


 最後には、黒となり、無実を訴えていた者たちは、嘘をついていたのだ。稀に、濡れ衣を着せられていた場合があったが、それにはそれ相応の補償を行うのを忘れない。


 そうしていつしか俺は、「賢帝」と呼ばれるようになった。


 レイガンド帝国の犯罪発生率は、限りなくゼロに近い確率となり、豊かで、平和で、最強の帝国となった。


 抜け道の無い絶対的な法律――窮屈そうでその逆。守る限り幸せが保証されたそんな国造りをなした俺もまた、幸せだった。


 が、


 その日は、突如訪れた。


 鹿狩りを二人の息子たちと楽しんでいたとき。


「陛下、やりました!」

「うむ、流石だな」


 見事長男がマジックアローで鹿を仕留め、俺たちはその場に到着して愕然とした。


「ち、父上……」


 長男がそれを見て、動揺のあまり父と呼んできた。


 その亡骸は、鹿の物ではなく人間の子供だった。


「だ、大丈夫だ、息子よ。これは事故だ……いや、違う。既にこの少年は亡くなっていた。そうだろ。皆の者も見ていたであろう!」


 それが失敗だった。


 実は、事故であろうと何だろうと、「死には死を」という揺るがない法律を定めていた。殺意があったのか無かったのかなど証明できる訳がない。一緒くたにしていたというのもあるが、事故だから許されるというものではないとし、俺は度重なる中心の進言を聞かず、曲げなかったのだ。


 更に、殺人に該当する嘘の証言もまた同様に極刑としていた。それは、嘘の証拠を抑制するための物であった。


 つまり、俺の後継者である皇太子の長男は、殺人の罪で極刑。その事実を捻じ曲げようとした俺も、極刑。


 俺が定めた法律には、王侯貴族や平民など身分による刑の軽減を図る条項は無い。


 それ故、今までも上級貴族たちも処罰してきた。多少の波紋が広がったが、その程度だった。皇帝である俺を処罰することを躊躇しない国家となっていたのだった。


 そして、俺は自ら定めた法で裁かれることとなった。


◆◆◆◆


「まさか、父上まで釣れるとは思わなかったな。だが、おかげで今やボクが皇帝だ」


 次男が皇帝となっていた。


 優秀な兄である皇太子を蹴落とすために用意した罠――幻影の魔法で少年を鹿に見せていたのだった。


 直接的ではなかったが、俺はまたもやルールに縛られた。しかも、自ら定めた完璧だと思っていたルールによって。

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ルールに縛られた男 ぶらっくまる。 @black-maru

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