第36話 勇者の拝謁


 そして二人はプーカのいる神殿に戻ってきた。

 あれから何事もなく街まで戻り、貸し馬屋に馬を返してから来たのだ。


「ちょ、ちょっと、あんたたち、何かあったの?」


 モノリスのそばでプーカを呼び出すと、まず第一声がそれだった。

 よほど二人とも憔悴した顔つきをしていたのだろう。


「いや、もうひどい目にあったよ」


 悠真が起こったことを説明すると、今度はプーカの顔が変わった。


「黒い影みたいな宇宙人みたいな魔物……それに、思念による意思伝達ですって? まさか……」

「悠真くんは、この世界の魔物じゃないみたいって言うんだけど、プーカは知ってる?」

「そうね、それだけじゃまだ確定はできないけど……、何か他に変わったところはなかった?」


 真顔のプーカに問われて、悠真は影との邂逅を思い出す。


「……そうだな。顔がデスマスクみたいな感じで、全く動いてなかったな。あと、体の輪郭が妙にぼやけてたとか、剣が体の一部っぽいとか。それに、切り倒した時、死体が残らずに霧みたいに消えちゃったよ」

「う……そ……。じゃあ、本当に……。何よ、何であいつらがこんなところにいんのよ」


 プーカが顔面蒼白で立ち尽くす。


「プーカは、あれを知ってるのね?」

「ええ」


 真剣な表情で大きくうなづいた。


「……これでようやく何が起きているのか分かったわ。何で黒木のバカが訳わかんないことをしてるかもね。これは、相当にまずいことになったわよ……」


 事態は思ったより深刻らしい。普段の皮肉めいた態度はなりを潜め、苦悩の表情を浮かべている。


「あれって魔物なの? 僕、ゲームでも見たことないけど」

「違うわ。魔物よりもっと凶悪よ。あいつら他者の生命エネルギーを吸い取って生きてるの。下手するとこの世界が滅ぶわよ」

「へ? 世界が滅ぶ?」

「そこまで深刻なの?」


 だが、プーカが答えようとした瞬間、


「あ」


 どことなく戸惑った声を上げて、いきなり姿を消した。


「て、あれ?」

「どうしたのかしら」

「プーカ? 出てきてよ」


 呼び出す言葉を言ってみても、出てこない。

 だが、その理由はすぐに分かった。


 ザッザッと石床を踏む音を響かせ、騎士の一団が祭室の入り口までやってきたかと思うと、数人が中に入ってきたのだ。


 呆気にとられる悠真たちの前に来た彼らは、まるで雲上人を前にしているかのように、一斉にその場に片膝をついた。

 二人はますます混乱する。


「あ、あの……」

「旅のお方」


 先頭にひざまづいた騎士が呼びかけた。この者だけ他とは異なる鎧と純白のマントを身につけており、おそらく位が高いのだろう。百戦錬磨を思わせる精悍な顔つきと、射抜くような鋭い眼差しが、上に立つ者の雰囲気を醸し出していた。


「は、はい」


 緊張しながら、悠真がなんとか返事をする。


「私は王立騎士団団長、デュキスと申す者であります。お二方を王宮にお伴いするよう国王陛下の命を受け、参上仕りました」

「へっ?」


 言われたことが理解できず、固まった。


「国王陛下のお召しであります」

「え、な、なんで、そんな……」


 国王から呼び出される覚えは全くない。

 遥を見ると彼女も戸惑った表情である。


「先刻のカルウィン城での戦いぶりを伝え聞きまして、お二方を勇者とお見受けし、陛下がお召しであります。恐れ入りますが、王宮までご同道いただきたく」

「は、はあ」

 

 どうやら、影との邂逅の顛末を知っているようだ。もしかすると偵察でもいたのかもしれない。


 確かに、近いうちに討伐隊を出すという話だったし、いくつかの集落を全滅させた魔物が、今は廃城とはいえ城を占拠しているのだ。国が監視しているのも当然である。

 そしてまた、国王の呼び出しに応えないわけにはいかないだろう。


「わ、分かりました。いいよね?」

「う、うん」


 遥も不安げな表情である。

 それを察したのか、デュキスは安心させるように微笑みかけた。


「ありがとうございます。それでは早速。……ときに、お二人の御尊名をお聞かせ願えましょうや」

「え、あ、悠真です」

「遥です」


 騎士はうなづいた。


「ユウマ様とハルカ様でございますな。このようにお二人に御意得ましたこと、光栄至極。それでは、こちらに。馬車をご用意しておりますれば」

「はい……」


 二人が後について歩き出した時、囁き声が耳に届いた。プーカだ。


『大丈夫よ。適当に私も現れるから』

「……分かった」


 小声で返事をする。

 遥を見ると、悠真に向かってうなずいた。おそらく、同じ声が聞こえたのだろう。

 

 そして、二人は御用馬車と思われる豪華な馬車に乗せられ、王宮へ連れて行かれた。

 神殿から王宮まではさほどの距離はない、もともと徒歩でも行ける距離だ。十分ほどで着いた。

 

 そして、案内されて一際大きな部屋、というより、大ホールのような場所に連れて行かれる。

 そこでは、正装に身を固めた重臣らしき貴族の面々が両脇に一列に並んでいた。その後方少し離れて、それぞれの副官や侍女など、さらには護衛の兵士もいて、かなりの大人数である。

 二人は重臣たちの間を、緊張しながらデュキスの後についていく。痛いほど彼らの視線を感じる。

 ホールの一番奥は高さ数十センチほど床が上がっており、その上には豪華な玉座、その隣には一回り小ぶりだがやはり華麗な装飾を施された椅子が見える。おそらく玉座と、王妃あるいは王女の椅子だろう。

 その段の手前には、悠馬たちを迎えるかのように一人の初老の男性が立っていた。服装から相当に位が高いと思われる。


「ご苦労でした。デュキス殿、そのお二人が……」

「はい、ユウマ様とハルカ様にございます」

「ほう、これはこれは」


 じっと二人を見つめて、何やら思いを巡らせた後、微笑んだ。


「お初にお目にかかります。私はランドウ。この国の宰相を務めております」

「ど、どうも」


 宰相、つまり総理大臣に恭しく礼をされ、ぎこちなく二人が頭を下げる。


「まもなく陛下もおいでになりますゆえ、このまま今しばらくお待ちいただきますよう」

「はい」

「よしなに」


 悠馬たちに頷きかけて、ランドウが左の最前列に下がっていった。


(うわぁ……。みんなこっち見てる……)


 重臣たちの探るような視線で居心地が悪い。

 横を見ると、遥も緊張の面持ちだった。

 私語をするのもはばかられ、二人はじっと国王が現れるのを待った。

 しばらくして、ようやく、ふれ係の声がホールに響き渡った。


「国王陛下ならびに王女殿下ご出座でございます」


(おお……)


 いよいよ国王との謁見かと思った瞬間、ホールにいた全員、重臣から護衛の兵士に至るまで一斉に片膝をついた。

 その物音に飛び上がったが、目の前にいたデュキスもそうしたのを見て、慌てて、悠真と遥も真似をする。

 やがて前方の右側の大きな扉が開き、御付きの者数名に先導されて、国王らしき人物が入ってきた。そのすぐ後ろを歩いている女性は、王女と思われる。そして、二人は椅子のそばまで来ると、御付きの者に甲斐甲斐しく世話されながら着席する。


「一同、大義。立って楽にしてくれ」


 威厳に満ちた声で、国王が命じる。

 重臣たちが一斉に立ち上がるのを見て、悠真と遥も立った。


(こ、これは……)


 悠馬の目の前にいる二人の人物、それは紛れもなく、王族という種類の人間であった。


 国王は五十代半ばぐらいで、短く刈り上げた灰色の髪に日に焼けた精悍な顔つき、そして目はワシのように鋭く、鉄の意志を感じさせる。だが、何よりも大きな特質は、身体中から発せられる威厳であろう。相手をひれ伏ささずにはおれない圧倒的なオーラが漂っていた。


 そして、王女の方は、悠真たちと同じ年代のように見える。

 スラリと均整の取れた体を白を基調としたドレスに包み、優雅なレースのショールをまとっていた。美しい亜麻色の髪を上品に結い上げて、頭には銀色のティアラが光る。美しい顔立ちであるが、決して冷たい印象はなく、優しい眼差し、そして、見る者の心を奪うような女性の魅力を感じさせた。また、父王の威厳も受け継ぎ、弱々しい感じはまったくない。一国の王女にふさわしい佇まいであった。


(これが、王族……)


 元の世界も含めて、王族に会うのは初めてである。だが、彼らのもつ威厳や存在感、そして気品といった資質は、十分すぎるほどに感じられた。

 

 そして、一同が居住まいを正したところで、宰相ランドウがデュキスに促した。


「それでは、騎士団長殿から陛下にご報告を」

「ハッ」


 デュキスが一歩前に進み出て、声を張り上げた。


「陛下、御命令に従い、勇者のお二人をお伴い申し上げました。ユウマ様ならびにハルカ様でございます」

「ふむ。ご苦労だった。ユウマ殿、ハルカ殿。お初にお目にかかる。ワシはこの国の王ラウセル3世。こちらが王女アイラである。以後、見知り置いてくれ」

「勇者様、よろしくお願いいたしますね」


 アイラ王女が微笑みながら上品に頭を傅かせる。

 

「あ、ありがとうございます。お会いできて光栄です」


 宮廷での作法など分かりようもない。悠真は、とりあえずそれらしいことを言って頭を下げた。隣で、同様に遥も礼をする。


「早速だが、お前たちは別の世界から来た冒険者で相違ないな」

「へ? あ、は、はい、そうです」


 すでにそこまで知っていることに驚きを感じつつ、うなづく。


「ふむ。先程、物見の者から、カルウィン城でのその方らの活躍を聞いた。黒い影どもと戦ったそうだな。そして、たったの二人で三十体ほどの影を倒したそうだが、それは誠か?」

「えっと……」


 やはり、偵察がいたのだと納得しながら、先程の戦闘を思い起こす。倒したのはたぶんそのあたりのはずだ。


「はい、たぶんそれくらいだったと思います」


 周りの重臣たちがどよめいた。

「何と」とか「それはすごい」などの驚嘆と賛辞の声がそこかしこから聞こえてくる。

 どうやら、あの黒い影は、よほどの存在らしい。


「なるほど……さすがは勇者殿。ところで、そなたたちはなぜあの城に行ったのかな」

「え、あの……」


 悠真は戸惑った。キューブはこの世界のものではない。たとえ、国王相手でも、どこまで言っていいのかわからない。

 だが、その懸念を国王が解いてくれた。


「心配せずともよい。あの城にある古代遺物を使って、元の世界に戻りたいのであろう」

「は、はい。そうです」


 悠真は安堵する。それでは、国王は事情が分かっているのだ。

 一方、国王は、宰相ランドウと意味ありげに視線を交わして、悠真の方に身を乗り出した。


「そういうことなら、お前たちに頼みがある」

「何でしょう?」

「我らは、明日、あの黒い影を殲滅させるべく討伐隊を出す予定なのだが……」


 国王は途中で言葉を切った。だが、悠馬は、何を言われるのかが分かった。そして、思わず身を固くする。


「お主たちもそれに同道し、共に戦ってもらいたいのだ」


 

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進路希望調査に『異世界で勇者』と書いたら国から電話がかかってきた件 ――― 気弱いじめられオタクの異世界成長ストーリー ハル @harugase

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