Metal Kisses
四葉静流
「純潔」と「甘い誘惑」
「たとえ刺し違えてでも、大陸軍の戦力を一握りでも削ぎ落とせ」。それが西方諸島連合空軍特殊戦闘機化竜第七小隊に課せられた、絶対のルールである。
「必ず生き残れ、スコアの少ない方がキスをねだる」。それが西方諸島連合空軍特殊戦闘機化竜第七小隊所属の六番機と十三番機の間で交わされた、恋慕の表現である。
紺碧を湛える大海の上空、快さを掲げる天は蒼穹。
その狭間で巨大な翼を広げ進むは輸送機と護衛機の群れ。西方諸島連合空軍のμ-023輸送機、その特殊戦闘機化竜輸送特化型である。μ-023は腹の中に貨物室を抱えるだけの機体ではなく、加えてその背に甲板を背負う。
海と空、そして水平線だけの世界に浮かんだ輸送機の一つ、その上に、機化竜第七小隊の六番機ホワイトリリーと十三番機フロストバイトが居た。
「今度の今度は死ぬかと思った……やっぱり……人間なんて信用できない……」
仰向けに鋼索で身体を縛り付けられたホワイトリリーが、青空を見上げながら唸るように呟いた。
天上のそれと同じく、睨む瞳を染めるは澄んだ青色。
第七小隊は機体を全て白で統一されている。名前を含めて、それが隊のルールだ。フロストバイトはホワイトリリーが語る昔話の中でしか、彼が宝玉の如き天色の鱗に覆われた事を見つけられない。尤も、ホワイトリリーはおろか、フロストバイトもまた、気高き純白に塗装された軽量合金製の外装には無残な弾痕が蔓延っているが。
ホワイトリリーの隣、うつ伏せに縛られながらも自由が利く首を伸ばすフロストバイト。ひび割れた多目的光学単眸からホワイトリリーを眺める。状況計測装置は先の戦闘で故障したようだ、フロストバイトは目視の惨状と当て推量を呪文のように唱える。
「右後足及び左後足消失、右前足及び左前足消失、尾部消失、背部速射突撃砲二門消失、翼部メインブースター損害重大出力約五十パーセントダウンといったところか。ミサイル残弾無し、火器管制沈黙、フライトアシスタント及びドッグファイトアシスタント沈黙、戦術支援システム沈黙、メインジェネレーター沈黙、サブジェネレーターも不調だろう、意識レベル中程度。被弾多数。おめでとう、大破だな」
単眸の下、紫色の舌以外を機械化された口腔でフロストバイトが笑い飛ばす。
甲板の上、だらしなく横たわる首の先にあるホワイトリリーの瞳が彼を睨む。
あの激戦においても不幸中の幸いと呼ぶべきだろう、ホワイトリリー頭部の損害は軽微だ。これから待ち構えている修復及び最適化改修でも、その目が失われる事は免れるだろう。それはフロストバイトにも幸いの限り。
「意固地でレーザーを積まないからだ、ホワイティー。レーザーは良いぞ」
戯れでホワイトリリーを嘲笑うフロストバイト。眼前の竜が知る事はないが、今回の戦闘開始直後の近接格闘にて多目的単眸は不調に陥った。二つ目で睨む竜を見つめ返す一つ目の竜。押し黙る光学兵器機能はおろか、視界にも雑覚が混じっている。
「俺をその名前で呼ぶな……ウェーシェ……魂まで人間に売っちゃいない……」
「これはこれは、セディリシア様。私としたことが。そんな姿に成り下がっても、心だけは、竜の誇りはお忘れではないようで」
触覚感知は壊れているはずだが、それでも不快なのか。四肢を失った身体でセディリシアが甲板の上で疼く。か弱き小虫を想起させる光景。なんとも愛しい。微笑むウェーシェ、その下半身は先の戦闘で無残に吹き飛ばされたが。剥き出しの配線や合金骨格が空風でなびいている。
「ウェーシェ……タバコあるか? 吸わないとやってられない……」
「聴覚センサーも逝ったようだな。今、私達を結んでいるのは物理回線だ。輸送機の上で煙草など呑めるものか」
「最悪……」
天に向けた大顎を開き、セディリシアがため息を一つ吐き出した。そこに見え隠れする紅色の舌。
「最悪な知らせはまだあるぞ、セディリシア。私は、三十五だ」
微笑みを崩さずのウェーシェ、その眼前でセディリシアが長い首をもたげる。単眸の竜もまた、青い瞳の竜に向けて首を伸ばす。互いの鼻先が触れ合う。嗅覚感知もまた沈黙、それでもウェーシェにはその温もりが心地良い。
「…………お前さ……俺の獲物のトドメばっかり……狙うのやめろよ……」
間近にある、セディリシアの愛しき瞳。苛立ちで僅かに歪んでいる。ウェーシェにはもう、それが出来ない。それは頭部が脳髄と口腔内を残して機械化された故に、この世で最も幸福と感じるひと時がセディリシアとこうして過ごす事である故に。
セディリシアの魂は何者にも奪わせない。それがウェーシェの矜持であり、流儀でもある。そして、セディリシアの唇を奪う必勝法だ。
「決まりは決まり、それは変えられない」
雲の陰から這い出た陽光が、ウェーシェの単眸に反射する。互いに人の戦争で何もかも変わってしまった。山に住み獣を狩るだけの営みが懐かしい。人間に道具と等しく扱われ、雄の象徴はおろか、多くの腹綿と生まれ持った骨さえ鋼に作り変えられた。
それでも、変わらないものがある。変えたくないものがある。それがウェーシェにとって、セディリシアという輝く瞳だ。
セディリシアが視線を逸らす。そして、言う。
「……ウェーシェ……キス……してくれ」
「喜んで」
言葉に余韻を含ませていたが、即答だった。
機化竜工廠に到着するまで時間の猶予は余りある。それまでは、愛しきものと繋がっていたい。
互いの大顎の全てを以って、ウェーシェとセディリシアは互いに互いを求めた。舌と舌と絡ませる。伝う唾液が風に乗って消えていく。光学単眸の竜は、恋慕の相手を眺めながら、思う。
キスの時に瞼を閉じるのは、反則だな。
Metal Kisses 四葉静流 @yotsuba_shizl
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます