見知らぬ誰かに負けないで

卯野ましろ

見知らぬ誰かに負けないで

 私はWeb小説を書いている。いつかはプロになって紙の本を出すことが夢だ。


「おっ!」


 こうして誰かが、私が書いた作品について感想を書き込んでくれたことに気づくのが、いつも楽しい。


 おもしろかった。

 楽しかった。

 感動した。


 誰かをそんな気持ちにさせることが自分にもできる。それを知って私は本当に嬉しくなった。

 でも、嬉しいことばかりではなかった。ある日、こんなコメントが届いた。


「何がおもしろいの? 全然分からないし、つまらない。嫌い」


 えっ……。


 フリーズした。パソコンではなく、それと向き合っている私が。今まで、そんなにはっきりと作品を否定されたことは一度もなかった。一気に悲しくなった私は、その日は新しい話を書くことをやめてしまった。夜の10時半なので、もう寝ることにした。けれどショックでなかなか眠れなかった。




「美郷おはよー。昨日は更新なかったね」

「……おはよう」


 彼女は、私の小説の読者だ。リアルの友人たちの中には、私の作品を楽しみにしてくれている子も何人かいる。直接感想をもらえるのも嬉しいし、友人たちが私の作品について語っている光景を見るのは本当に楽しいし、ありがたい。


「……もしかしてさ、あのコメント気にしているの……?」


 ちびっこ時代からの親友である彼女は、朝から暗い私を気遣ってくれた。


「よく分かったね」

「いや、あれは美郷じゃなくても嫌な気分になるでしょ!」

「……そう」

「でも美郷は全然気にしなくて良いんだからね!」

「……ありがと」

「書くの、やめないでよ~。ファンが困るんだからね~」

「……うん」


 それはそうだ。私が書くことをやめたら、彼女をはじめとする読者が困ってしまう。続きが気になって気持ちが悪いだろう。私もそれは嫌だ。




 その夜。今日は書くぞ……と思ったが、またダメだった。


「毎日更新していたのに急にストップとかwww 豆腐メンタルかよwww これで傷ついている時点で作家向いてねーわコイツwww」


 昨日よりもひどかった。作品については人それぞれ好みがあるから、まだ分かる(それでも傷つく文章には変わりないけれど)。でもまさか私自身が否定されるなんて……。

 あまりにも衝撃的だったので、そのコメント投稿者について私は調べた。その人のSNSを見てみると、このような自己紹介が書かれていた。


「ドライなサバサバ系の毒舌キャラなので、思ったことはズバッと言います。もし傷ついたらゴメンちゃい☆ 今ここで謝っているので、嫌な気分になっても謝りません。でも腫れ物に触るように扱われるよりは良いでしょ!」


 ……。

 いちいち傷ついている私が悪いのかな。


 パソコンをシャットダウンして、すぐベッドの中に入ったけれど、やはりなかなか眠れなかった。




「あんなクソ野郎、消えろ!」

「あいつマジ何なの?」

「自称サバサバ系とか、おかしいよ……」


 翌朝。教室では読者兼親友たちが、より暗くなった私に変わって怒ってくれた。


「みんな、そんな熱くならないで……」

「だってムカつくじゃん! どうして美郷がこんな目に合うのよ!」

「そうだよ! 先に謝ったからって美郷に何でも言ってOKにはならないんだからね?」

「立派なルール違反でしょ、これ。作品だけでなく、美郷ちゃんの人間性まで悪く言うなんて……」


 私も親友たちのように怒りたかった。でも自分にも悪いところがある気がして、ただ傷つくことしかできなかった。


「ちょっと、こんな朝から何を熱くなっているのよ?」

「あ、先生! おはようございますっ!」


 担任の先生が来て、みんなピシッと挨拶した。笑いながら先生は「おはよう」と返してくれた。


「村木さん、お知らせよ。この前コンクールに出した作文、最優秀賞だって!」

「えっ!」


 下がり気味だった私の頭がパッと上がった。


「よく頑張りました。先生も村木さんのファンだから嬉しいわ」

「あっ、ありがとうございます!」


 先生はニコニコ顔で、違う生徒のところへと移動した。私が驚いていると、親友たちも喜んでくれた。


「すごいじゃん!」

「よっ、文芸部のエース!」

「おめでとう美郷ちゃん」

「ありがとう、みんな」


 さっきまで、あんなに創作が嫌になっていたのに……。私はまた何かが書きたくなってしまった。

 そして、気になることが一つあった。




 なので昼休み、親友たちに聞いてみた。


「先生が私のファンって言っていたけど、まさか私のWeb小説を読んでいるんじゃ……」


 ギクリ。

 この擬音が、はっきりと聞こえてくるように空気が凍りついた。


「……まあ、良いんだけどね」


 私が呟くと、みんな「ごめん!」と一斉に謝ってくれた。私は笑った。




 お母さんが買ってくれたケーキを食べた後、私はパソコンに向かった。


「エタるんじゃねーよチキンwww」


 また悪口が書かれていたが、それでも気にせず私は作品の続きに取り掛かった。こんな嫌がらせを受けたところで、私が書くことをストップする決まりなんてない。それにファンを悲しませたくない。


「……よし!」


 私の執筆が、たった今再開した。

 そして私に意地悪してきたあの人は間もなく消えた。情報通な親友によると「敵にしたらいけない有名な方」に喧嘩を仕掛けて自滅したらしい。

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