オーク夫と姫騎士妻のルール

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

オークと姫騎士の婚活

 タキシードなんて、何年ぶりだろう。五番目の兄が嫁さんを持った時以来だろうか。

 もう何年も着ていない。


 オレは武勲を上げることに夢中で、家庭を持とうなんて考えもしなかった。

 村の掟で、女を持たないオークは一人前と見なされない。


 両親が気を使って、オレに見合いの話を持ちかけてきた。

 願ってもないこと。とうとうオレも一人前になるのだと息巻いていた。


 意外だったのは、相手が人間の女性であること。

 

「我が名はジュスタ・クレスターニ。クレスターニ国の第三王妃で王立騎士団長だ」 


 見た目こそ、いいところのお嬢様だ。童貞を殺す系ファッションというか。


 だが、性格はオレの好みとはかけ離れていた。

 特殊な趣味を持つ輩なら、喜んで下僕にでもなるのだろうが。

 

「オレはオーク族のボニート。つい最近、ヤーマンドラ地方を荒らすマンティコアを退治した。今日振る舞われている料理は、その肉だ」


「それはそれは非常に美味だと思っていた。あたしは先ほど、あなたのお母様に、無尽山でしか取れない宝石をはめ込んだペンダントを差し上げた」


「すげえな。母もきっと喜ぶ。あれは夕日に当てると虹色に輝くんだ」


 それから二人は、自分たちがどれだけ武勲を上げてきたかを語り合った。

 しかし、お互い武勇伝でマウントを取り合っているだけで、互いの思いやりなどカケラも見せない方向へ。


「だいたい、家の指示でなければ、貴様となんぞ!」

「オレだって、村の掟で仕方なくやってるだけだし!」


 先に折れたのは、オレの方だった。

 

「なあ、ケンカばかりしても、らちがあかねえ。砕けていこうぜ」

「そうだな。何を話せば良いのだ?」

「理想の家庭像ってのは。例えば、家庭を持つ際のルールとか」

「例えば?」

「よくあるだろ。家事分担とか。子どもの面倒もあるよな」

 

 それができないから、二番目の兄貴は三度目の結婚も失敗した。

 

「犬を飼いたい」

「それだけでいいのか?」


「何を言うっ。犬はいいぞ。腹を撫でてやると、どんな大型犬もおとなしくなってな。武器屋が飼っている中型のイヌを触らせてもらうのが、あたしの日課だ!」


 そんな興奮気味に語られても。

「イヌカワイイです」って情報しか入ってこねえ。


「犬なら好きにしなよ。オレも嫌いじゃない。それより、もっとあるだろ。家庭に入る際の条件とか」


「男女がともに過ごすなんて、イメージしたことないからわからん。子どもを作るくらいしか。家事の分担と言っても、身の回りの世話は侍女がやるしな」


 王族様は、どうも庶民レベルでの考えは浮かばないらしい。

 貴族皇族は、結婚しても貴族皇族のままだし、サンプルがないのだ。

 

「そういう貴様は、どういう生活を望むのだ?」


「オレの村は、女が家庭に入るのが普通だったな」


 ジュスタ姫は渋い顔をした。

「家事には自信がない。この間の二月も、戯れでチョコレートなる菓子を作って振る舞ったのだが、微妙な反応をされた。『苦い』とか」


 砂糖を入れ忘れたな。カカオ1000%くらいは作りそうだ。

 

「ああ、もちろん、アンタが望めばあんたらのルールに従うよ」


「では、さっき話題に出た、子どもは何人欲しいのだ?」


「三人くらいいればいかな?」


「このdosukebee!」


 巻き舌気味に怒鳴られた! 

 机をバンと叩き、ジュスタが立ち上がる。


「ほわっと!?」


 オレも思わずカタコトになる。

 

「ひょっとしてあんた、子作りがハレンチだと思っちゃう人? 性的な話題はダメな人?」


 答えは返ってこなかった。だが、ジュスタは十分すぎるくらい反応をしている。


「ななななんとおぞましい! そんなハレンチな男と契りを交わさねばならぬとは!」

「いやいやいや、オレ蓄えあるから。家庭関係で迷惑かけないから! 浮気もしない!」


「そういう問題ではなくて、家庭には憧れているのだ! だが、子をなすにはやはり避けられぬ事情があって、あんたとあたしが、乳繰り合う関係になって」


 妄想が爆発してしまっているようだ。


「なんか吹き込まれたか?」


 オークはその昔、種族見境なく子作りをしているという噂が流れた。

 こちらはしっかり、オーク同士でも交配をくりかえしている。

 別種族と交際するなど、希なことなのだ。ムリヤリなんてもってのほかである。


「あんたを差別する気はない。ただ、恐ろしいのだ。オークとの交配は、やみつきになると」


 吹き込まれてんじゃん!

 偏見! オレらオークは全員、平均サイズ! 

 AV男優じゃねーんだから! 

 

「じゃあ、自分は子作りイヤだから、オレが余所でオンナ作ってきてもいいってのか?」


「それは、困る。第二王妃は、それで家庭関係がこじれて、今でも裁判中だ」


 冷静になったと言うより、トラウマを掘り起こしてしまったようだ。

 

「お前があたしを娶ろうとするのは、掟のせいか?」

「かもしれないな」


 掟で出会ったのは確かだ。


「あたしのことは、好きか?」

「まだ知り合ったばかりだ。これからじゃないか?」

「今はそうでもない?」

「いい人だとは思うけど」


 お互いまだわかり合えてないだろってことだよ。察してくれっての。


 だが、ジュスタの機嫌が唐突に悪くなる。

 

「ならば、掟であれば、どんな女が来ても抱くのか?」

 

 待て待て、落ち着け。

「そんな話してないだろ」


「掟であたしのこと好きになろうとしたのか!?」


 ジュスタが背を向けた。


「もういい。貴様とはこれきりだ」

 スタスタと、ジュスタが遠くへ行ってしまう。


「違う!」


 オレは、ジュスタを呼び止めた。


「好きだ! 大好きだよチクショー!」


 オレは、ジュスタを抱き寄せた。


「すまぬ。暴走しすぎて、取り乱してしまった」

「落ち着いたなら、いいさ」


「実は、プロポーションのことで、よく殿方にからかわれてな」

「よく聞くよ」


 ジュスタは胸が大きく、服が小さく見える。

 男性からはいやらしい視線を浴びて、スラッとした女性からは疎まれるのだとか。

 それで、性的な話題が苦手になったらしい。


「ウブなオンナは、イヤか?」

「あんたがどうしてもイヤだって言うなら、もうこの話はなくなるかな」


 結婚の目的は、子をなすこと。

 子孫の繁栄に協力できないなら、見合いはナシになる。


「ただ、これだけは言える。あんたはいい人だ。オレはもっと高飛車な女がくると思っていた。村のことを心配してくれる人なら、側にいて欲しいなって思った」


「ちょっと話し合っただけで、好きになるものか」

この人なら、身内の家庭すら心配するようなジュスタなら、一緒にいても大丈夫な気がする。

 


「オレはあんたとの子が欲しい。あんたが必要だ」


 彼女の子どもに生まれたなら、きっと幸せになれるだろう。


「家事はできないぞ」

「いいさ。村全体でフォローするから」

「犬は飼ってもらう」

「好きなだけ飼いなよ」


 こうして、オレたちは互いの両親へ報告をした。

 結婚式を終えれば、晴れて二人は夫婦である。


「ところで、お前たちオークは一晩でどれくらい、その、行為に及ぶのだ」


「若くて、三日三晩かな? 一週間って時もある」

 

「このdosukebee!」

「ほわっと!?」

 


(おわり)

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