この町のルール

ベームズ

奇夜兎市

人口約400人、


観光地でもなく、駅やバスもない、


かろうじて電線が通っている、世間から忘れ去られた過疎町。





この町にはルールがある。


"日が落ちたら外へ出るな"


理由は、この町の名前にもなっているこの町に古くから言い伝えられている『奇夜兎』。


全身の皮が剥がされた気味の悪い殺人兎だ。


彼らは日中はどこかに潜んでいて、日が落ちると町に出没、外に出ている人間を狩る。


夜に人間が外に出れば、月が赤く染まり、狩りが始まる。


奇夜兎は、この町に潜む邪悪な存在。


身体的特徴は人間のような、長い手足に二足歩行、器用な5本の指を持ち、道具を使う。



そして兎のような長い耳。


彼らは、その耳で遠くにいる人間の微かな吐息の音まで聞き取り、確実に見つけ出す。


奇夜兎に出会ったが最後、全身の皮を剥がされて殺されるという、この町の人間の中では知らない者のいない、有名な話だ。




だからこの町に住む人間は、日が落ちると絶対に外へ出ない。


朝日が昇ると同時に行動を開始し、何があっても日が暮れる前に帰宅できるように、とにかく時間を気にする毎日を送っている。



「妹が帰ってこない……」


この町に父母姉妹の4人で住んでいる女子高生、稲葉春華は、焦っていた。


春華の妹、静香が、日がくれたにもかかわらず帰ってこないのだ。


春華の父と母は、町の外に働きに出ていて、たまにしかうちに帰ってこない。



今日も、姉の春華と妹の静香二人で朝食を済ませ、うちを出たところだ。


春華は、ここから少し離れた高校、


奇夜兎高校に通う高校生だ。


この町には、小中高がそれぞれあり、小学校は15人、中学は5人、高校には10人が通っている。


外から人が入ってくることが絶望的な過疎地であるこの町に残った子供達ということで、たいそう大事に扱われていた。



授業時間も、町のルールを生徒の身を守る上で重要視していて、どんなことがあっても日が暮れる前に帰宅できるように、最悪でも15時までに終わるようになっていた。


寄り道は当然禁止、先生達も、授業が終わると一目散にに帰宅する。


現在の時刻は午後6時、この町の日暮れはおよそ午後5時だ。


とうに日は暮れ、外へ出てはいけない時刻となっていた。



朝、春華の妹、静香は近所にある唯一の小学校、奇夜兎小学校へと登校していった。



その後、午後3時に授業を終えてそのままうちに帰ってきた春華は、いつもなら自分より先に帰宅して、うちのドアを開けると玄関まで走ってきて「おかえり」と言ってくれる静香の姿がないことに違和感を感じていた。



しかし、今日はたまたま帰宅が遅れているのだろうと思っていた春華は、午後5時になり、夕日の光を見ると同時に不安に襲われ始める。



「おかしい、いつもならとっくに帰ってきてる時間なのに……」


家の中をウロウロしながら嫌な汗をかく春華。



そして、



午後5時30分を回り、日が完全に暮れて空が暗くなったのを見ると、その不安は爆発する。


「どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう………」



帰ってこない。


町のルールなら、もうとっくに外へ出てはいけない時刻を過ぎている。


それなのに妹が帰ってこない。


おかしい。


たしかに今日は、いつも通りすぐ帰ってくるといっていた。


静香の友達の家に電話を入れてみたが、どの家にも行っていなかった。



今まで、何も言わずに突然帰る時間が遅くなるなんてなかった。


こんなこと初めてだ。


どうしたらいいかわからない。


父にも母にも連絡がつかない。


(どうしよう、どうしたらいい?わからないわからないわからないわからない…)


頭を抱えてうずくまる春華、


不安で不安でおかしくなってしまいそうだ。


「もし、静香に何かあったら、お父さんやお母さんになんて言ったらいいの?」



春華は、今までこの町のルールを信じず、夜に外に出た人間の末路を何度か見ていた。


無残にも全身の皮を剥がされ、誰かも分からなくなった死体。


その顔は恐怖に歪んでいて、どれほど恐ろしい目にあったか、想像したくもない。


もし、


「もし、静香があんな目にあったら……」



不安がまた大きくなる。


だからといって、自分が外へ出たところで今度は自分が危険な目に合うだけだ。



でも……



「でも、静香を探しに行かないと‼︎」



春華は、覚悟を決め、外へ出る"準備"を始めた。



春香がした準備というのは、この町に昔から伝わる、奇夜兎に対して有効な"対処法"だ。


奇夜兎は、夜目が利く、


強い光を目に当てれば目を眩ませることができるそうだ。


だから、家に置いてある中で一番強力な『ライト』を手に持つ。



次に、『塩』をありったけ、


奇夜兎は全身の皮が剥がれている。


そこに塩をかければ痛みにのたうち回るのだとか、


最後に『お守り』


このお守りは、特殊な術が施されていて、多少の音なら耳のいい奇夜兎に気付かれなくすることができるそうだ。


どれも言い伝えに過ぎないことばかり。



万が一効果がなければ意味するのは『死』だ。



だが今は信じるしかない。


迷いない瞳で玄関のドアの前に立つ春華。



この先に待つのは殺人兎との鬼ごっこ、


ルールを破った者をどこまでも追ってくる この町に昔から潜む邪悪。



少しでもへまをすれば、間違いなくあの時見た死体と同じ運命をたどることになる。


静香だって、今から行ったところでもう死んでしまっているかもしれない。


朝まで待ってから探しに行く方が安全だ。


でも、

(それでも、探しに行かないと‼︎)



「私はお姉ちゃんなんだから‼︎」


春華は震える手足を何度か動かして玄関のドアに手をかける。



(まってて静香、お姉ちゃんが絶対に連れて帰ってあげるから‼︎)


こうして、



妹の静香を探すためにあえてルールを破る選択をした春華にとっての、長い夜が始まった。

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