仕事のルール

京丁椎

……用件を聞こう

 俺に仕事を頼むならルールを守ってもらう。何て事は無い。簡単な事だ。依頼の内容を確実に、報酬は必ず、そして一番大事な事は嘘をつかない事だ。


「……」


 つまらない指示をしないで貰おう。そこは外部から狙いやすいところだ。俺は人前に無防備な状態でいられるほど自信家じゃない。


「……用件を聞こう」


 依頼は倉庫の中身を守る仕事だった。侵入者を捕らえ、抹殺するのが今回の依頼だ。倉庫の中身に興味は無い。淡々と仕事をするだけだ。報酬が依頼成功後に支払われるのはいつもの事だ。ミスは喰いっ逸れを意味する。


(倉庫を狙う侵入者は複数……入口は……倉庫の壁が崩れた場所か……)


 依頼者に指摘をしたところ、慌てて倉庫の壁を修復し始めた。何と愚かな。注意力の欠如としか思えないケアレスミスだ。


(……依頼の前に防衛面を確認して欲しい物だ)


 依頼は侵入者の抹殺。その夜から倉庫に潜み得物を待ち続けた。時折依頼主が食料の支援に来る。だが、この食料の存在も敵に気付かれてはならない。一欠けも残らぬよう丁寧に皿を舐めるように食する。


 二日目に侵入者が現れた。灰色の服をまとい、奴はやって来た。足音一つ立てず、気配を殺して近寄り武器を首筋に立てる。


(……仕事だ……)


 だが油断は出来ない。ターゲットの死体を物陰に隠し次のターゲットに備える。


(……!)


 ここで予想外の侵入者。茶色の巨体が現れた。聞いていた事と違う……俺は依頼主の嘘は許さない。だが嘘とは限らない。この件に関しては後ほど抗議しよう。


(…………)


 依頼者はトラップを仕掛けていたはず。体力では敵わないがトラップへ追い込めば仕留める事は容易だ。俺の猟場に来た物は逃さない。それが依頼主との約束だからだ。


(…………)


 敢えて気配を殺さず、適度な距離を保って奴をトラップへ追い込む。


 カチャ……ガシャン!


 トラップ発動。トラップから逃れようとと奴は暴れているが、ここから先は俺の仕事じゃない。奴の命は夜が明ければ無いだろう。


(…………)


 依頼主が仕掛けたトラップはもう数カ所あるはずだ。こんな家業を続けているものの、俺はまだまだ経験不足だ。トラップが有れば有効に使わせてもらう。


(…………)


 しばらく身を潜めているとまた別の気配が現れた。この辺りを荒している金色の衣を纏ったグループだ。こいつらは各々縄張りを持っていて、追い払っても暫くすると別のやつが現れる。


(…………)


 茶色のやつはパワーが有って厄介だったが、今度のやつも素早くて厄介だ。しかも凶暴だ。武器を振り回されては俺も太刀打ちが出来ない。幼い頃、俺の兄妹もこいつの仲間に殺られている。


(……)


 金色の奴は目先の利益しか見えない。依頼主のトラップへ自ら歩み寄った。


 ガシャン!


(…………自業自得)


 依頼主の罠にまんまとはまった奴はひたすら檻の中でジタバタ暴れている。あれに捕まると脱出は不可能だ。外からしか開ける事が出来ないからな。


 その夜は更に灰色を何度か仕留め、俺は意気揚々と証拠の死体を依頼主に運んでいたその時、通路の後でガシャンと音が鳴った……そう、トラップが発動した音だ。そう、俺は裏切られたのだ。


◆        ◆        ◆


「で、その後はどうなったの?」

「どうもこうも無いわよ、見てよ後脚の間を」


 吾輩は猫である。名前はニャン吉。今日はフカフカクッションの上から新入りのニャンのすけに昔話をしている。後脚を広げて見せたのはニャン玉の痕跡。そう、俺のニャン玉は依頼者の裏切りによりこの世から消え去ったのだ。


「無い!」

「帰ってきて、身だしなみを整え毛づくろいようとしたら無かったのよ……」


 トラップに捕えられた俺は何やら妙な所へ連れて行かれて眠らされ、気が付いた時には大事な大事なニャン玉と生殖機能、そして闘争本能を失っていた。


「人間って酷い事するよね~」

怖い所動物病院へ連れて行かれるわ、報酬チュ〇ルは無いわ、ニャンキン玉は取られるわで災難よ。まぁ、心穏やかにはなったがな……」


 何処かから連れ帰られた俺はその後、依頼主の家に軟禁されて野良から飼い猫となり現在に至る。子作りも出来ないし、春になっても興奮もしない。闘争本能が無いから喧嘩も怪我もしない。マーキング縄張りを主張する気持ちにもならない。


「お前もあの怖い所へ行っただろ? 怖かったよなぁ」

「うん、お尻に何か刺された」


 最初の頃は水攻めお風呂されたり、武器の爪先を切られたり、何やら針を刺されたりしてワクチン注射死ぬほど怖い目に会わされたがもう慣れた……って言うか色々諦めた。


 おかげでもう外で暮らそうとも思わなくなってきた。冬は暖かく、夏は涼しいここが俺の住処だ。もう自分の事を『俺』と言うのもどうだかなって気分だ。たまに『私』って言っちゃう。


「何だかさ、これが人間の世界でのルールって奴らしいのよ」

「ルールでどうしてニャン玉を取られるの?」


 俺達みたいな野良猫の数が増えすぎて、糞尿被害で困った住民の間で決まったルールが『野良猫を捕まえた場合は去勢・避妊してから放す』だった。まぁ俺達に言ったところで理解が出来る物ではないが、その結果、俺のニャン玉は無くなり、好きだったあの雌も子供を産めなくなった。


「知らないわよ……私のニャン玉……可愛かったのになぁ」

「僕のニャン玉は取られないも~ん」


 そこへ依頼人……いや、飼い主がやって来た。手には細長い奴を持っている。あれは美味い奴だ。アレにつられて何度恐ろしい場所動物病院へ行く羽目になった事やら。


「あっ! 御主人様だっ!」

「ニャンの助、おやつチュ〇ルよ~、こっちにおいで~」


 飼い主の持つおやつにつられて駆け寄った新入りは、キャリーバックへ入れられて何処かへお出掛けして行った。


「そういえば、『そろそろしゅじゅつ』って言ってたなぁ……」


 まったく、ルールって奴は厄介なもんだ。勝手にそんな物作るんじゃねぇや。

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仕事のルール 京丁椎 @kogannokaze1976

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