余章 兄と妹 それ以上

七人の妹 余章 兄と妹 それ以上



   余章 兄と妹 それ以上



 あまりの寝苦しさに目が覚めた。

 身体に傷はなくなったはずだが、因果律を無理矢理操作したためか、俺は一度目覚めた後も三日ばかり寝込むことになってしまった。

 今日からは学校に復帰することになっているんだが、何でか身体が動かない。寝返りを打つこともできない。

 見下ろしてみると、掛け布団が妙に膨らんでいるのがわかった。

「ったく」

 どうにか動かせる肘から先だけを使って、俺は掛け布団を剥ぎ取った。

「……何してんだ? お前たちは」

 布団の中に隠れていたのは、俺の妹。

 右腕と左腕を枕にして、羽月と紗月が寝転がっていた。

 身体の方には、姫乃とバーシャが乗っかっている。

 さらに胸のところに、遥奈までいた。

 五人もの妹に乗っかられていたら、動けるはずもない。

「おはよ、にぃに」

「添い寝だよ、にぃや」

「たまにはいいヤロ?」

「もう少し寝る……」

「おはようございます、佳弥さん」

 それぞれにニッコリとした笑みを向けてくる妹たちに、怒る気にもなれない。

 だけどそうも言ってられない。

「兄さん! 今日から学校でしょっ。早く起きてください! ……って、何してるの?!」

「おはようございます、兄様。まったく、声をかけても誰も出てこないと思ったら……」

 ノックの返事も待たずに扉を開けたのは、美縁とユニア。

 怒り顔の美縁と、呆れ顔のユニアは、ベッドに近づいてきてみんなをどかしてくれる。

「さぁさ、朝食の準備をしますから、みなさんも早く着替えてください」

 それぞれに不満を口にする五人をせき立てて、ユニアは部屋を出ていった。

「ふぅ……。おはよう、兄さん」

 部屋に残った美縁は、ひとつため息を吐いてから、ベッドに腰掛ける。

「あぁ、おはよう、美縁」

 遥奈が最初に使った因果律操作では、住民登録やCNGの学生登録はできていたが、地球の中という、ごく狭い範囲にしかその効果はなかった。

 その影響下になかった両親とは連絡が取れ、事情を話して納得してもらい、遥奈は記録上だけでなく、家族全員に認められて正式に家族となっている。

 両親については家族になるのと知らせるのの順序が逆だとは思うが、妹が増えることをそれほど気にしなかったふたりだ、近々戻ってきて遥奈と対面しても、問題はないだろう。

 家族が増えたことは、俺もそうだし、両親もそうだし、妹たちにも様々な影響があったと思う。たぶんそのことについて思うことがあるだろう美縁は、座ったままうつむき、押し黙っている。

「まぁ、何か考えるにしても、何かを変えるにしても、結奈が戻ってきてからだ」

「――うん、そうだね」

 俺の言葉に頷いてくれた美縁は、複雑な表情をしていた顔に、笑みを浮かべてくれる。

 それから、胸に飛び込んできた。

 いつにも増して強く抱きついてくる美縁を、俺も優しく抱き寄せる。

「たまにはこうやって、甘えてもいいんだぞ?」

「うん……。ありがとう、兄さん」

 長かったのか、短かったのか、身体を離した美縁は、ベッドから立ち上がって笑う。

「じゃあ、朝食つくってくるね。兄さんも早く降りてきてね」

「わかった」

 軽く手を振って部屋を出ていく美縁。

 ひとつ伸びをしながら大きく欠伸をした俺も、ベッドを出て制服に着替える。

 今日からは、日常が始まる。

 少し前と違って、遥奈を加えた、七人の妹との日常。

 でもたぶん、これまでとあまり変わらない、平穏で、楽しい日々。

 結奈が帰ってくることは、いまも願ってる。

 遥奈の因果律操作を使えばあの頃を取り戻すことも可能かも知れないが、現実ではない魔法力が必要なのと、そうやって過去を改変することによって、遥奈自体がこの家に来なかったことになってしまう。

 だから、俺はそれを望まない。

 決して長いとは言えない遥奈とともにあった時間は、俺にとってかけがえのない時間だったから。

「さて、と」

 扉を開けて、一階に降りていこうと階段に足を向けた。

「佳弥さん」

「ん?」

 後ろの方、いまは使ってない両親の部屋がある方から声をかけてきたのは、遥奈だった。

「どうしたんだ? 美縁が準備してるから、もうすぐ朝食だぞ」

「はい……。その、わかっているのですが……」

 何故か頬を赤く染めて、視線を彷徨わせてる遥奈に、俺は首を傾げる。

 たぶん遥奈は、もうすぐこの家からいなくなる。

 誰なのかはわからないが、彼女が見つけた最終宿主のところに行ってしまう。

 それまではできるだけ、彼女と一緒に過ごそうと思っていた。

「あの、ですね、佳弥さん」

 意を決したように、俺の瞳を見つめてきた遥奈は、大きく一歩、近づいてくる。

 そして――。

「?!」

 背伸びをした遥奈の顔が近づいてきたと思ったら、柔らかいものが唇に触れた。

 何だったのかは、すぐに身体を離した遥奈の、顔を真っ赤にした笑みを見ればわかる。

 それから、その意味をも、俺は思い至っていた。

「わたしは、佳弥さんのことが好きです」

「あ、あぁ……」

「ですが、わたしは佳弥さんの妹です。他の、美縁さんたちと同じに」

 瞳に輝くような、強い色を浮かべる遥奈は、はっきりと言う。

「それがわかっていても、わたしは佳弥さんのことが好きです。諦められません。結奈さんのことを、佳弥さんが待っているのもわかっています。けれどもわたしは、他の妹には、負けません。佳弥さんの一番を目指します」

「うぐっ」

 遥奈の宣言に、俺はどう答えて良いのかわからない。

 恥ずかしそうに、でも翻すことのない意志の籠もった言葉に、嵐の予感を覚えていた。

「それに、またいつ芒原さんが現れるとも限りません。わたしの力を狙って、わたし自身と、佳弥さんが危険な目に遭う可能性も、それによって他の家族に迷惑がかからないとも限りません」

「……そうだな」

「だから、結論はできるだけ早めにお願いします」

 右手の人差し指を、俺の胸に押し当ててくる遥奈の言葉の意味を、俺ははっきりと理解する。

 ――そうか。俺か。俺と……、か。

「言いたかったのは、それだけです」

 ニッコリとした笑みを残し、すれ違って一階へと降りていった遥奈。

「はぁーーーっ」

 大きくため息を吐いた俺は、頭を抱えてしゃがみ込む。

 遥奈の、ある意味での宣戦布告。

 それは俺に対してであり、たぶん他の妹たちに対してのものでもある。

 平穏が戻ってくると思ったが、そうはならなそうな予感が、俺の胸を過ぎっていた。

「これから、どうすればいいんだかな……」

 そうつぶやいて、俺は大きなため息をもうひとつ、零していた。



                    「七人の妹」 了


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めるぱん!! 七人の妹 ~魔法も科学も全部入り! ハチャメチャ世界で生きる人間模様?!~ 小峰史乃 @charamelshop

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