七人の妹 第四章 七人の妹 4



            * 4 *



 目を開けると、見慣れてはいないがよく知ってる天井が見えた。

「あれ?」

 広い天井の中央に埋め込まれた照明の真下であるここは、俺の家の共有フロアのちょうどど真ん中だ。

「どうしてこんなところに?」

 ベッドに寝ているのはわかるが、どうしてこんなところなのかはわからない。

「起きたか、佳弥」

「……てめぇが、なんで?」

 苦笑いを浮かべて俺の顔を覗き込んできたのは、武速。

 何故こいつが俺たちの家にマグカップ片手にくつろいだ様子でいるのかも、わからなかった。

 でもいまひとつはっきりしない頭で考えて、思い出す。

「俺は……、刺されて、たぶん、死んだはずじゃ……」

 最後に見た光景は、胸元に脇差が突き立てられようとしていたところ。

 その脇差は、剣客の男が持っていた事象剣、斬り裂き丸の相方で、俺はそいつに肉体的な意味での命だけでなく、世界にとっての生きる可能性、俺という存在の要素を断ち斬られるはず、だった。

 ――いや、ちょっと待て。俺はそんなこと、どこで知った?

 家の前で剣客と戦って負けたユニアのことは憶えてる。でも、剣客が持っていた日本刀の能力は、誰からも聞いてなかったはずだ。

 思い出せる光景と、頭に浮かぶ情報に差があることに気づいて、俺は混乱する。

「まぁ、いろいろと不都合が出てるみたいだが、ちゃんと生きてるから大丈夫だろう。てめぇは斬り裂き丸に命脈を断ち斬られたが、こいつらのおかげで過去が書き換えられて復活したんだよ。おかしなところはあるかも知れないが、因果律を弄ったんだ、多少ヘンなところが出ても当然だろうよ」

 言われて身体の方を見て見ると、ベッドに突っ伏して安らかな寝息を立てている美縁と遥奈がいた。

 起こさないように優しく、美縁の黒髪と、遥奈の茶色の髪を撫でてやる。

「ハルーナの世界を変える力。芒原さんが求めてた力か」

「そうだ。それがなけりゃあ命脈を断ち斬られたてめぇが復活できなかったんだぜ。感謝するんだな、妹たち全員に。俺様にもよ」

「お前に? いや、まぁ、ありがとう。――って、芒原さんはどうしたんだ?!」

 俺がここに寝ていて、遥奈もいるってことは、良い形で解決したんだろうということはわかる。でももし、まだ芒原さんが遥奈を狙っているなら、また襲われる可能性がある。

「残念ながら芒原の野郎には逃げられちまったよ。だが宇宙竜を使役してた件でWSPOに通報済みだ。奴の拠点には捜索が入ったし、剣客にもファントムにも逃げられてるが、地位も財産も表の部分は凍結された。指名手配もかかってるし、奴は当分表には出てこられないだろう」

「だったら、しばらくは安心か……」

「まぁな。ただ、また遥奈を狙ってくる可能性は充分にある。奴は目的のためなら手段を選ばないタイプだからな」

 武速は目を細め、険しい視線を俺に向けてくる。

 許可なく宇宙怪獣を所有することは恐ろしく重い犯罪だ。それも星ひとつを容易く滅ぼし得る宇宙竜なんて、どれくらいの罪になるのか予測もつかない。

 それを必要になるからと使役していた芒原さんは、願いのために手段を選ばないというのは理解できる。

 だけどそんな心配は、それほど大きくないはずだ。

「だけど遥奈は、最終宿主を見つけてるんだろ?」

「あぁ、そうだ。悲しいことにすでに見つけちまってる」

「だったらそいつのところに嫁がせて、えぇっと……、二度と幼体に戻らないようにすれば――。あれ? じゃあなんで俺は、ハルーナの力で復活できたんだ?」

 理由がいまひとつ把握できない。

 どのタイミングかはわからないが、VIPルームで再会したときには、遥奈は最終宿主を見つけていたんだ。その時点で因果律操作の能力は失われていたはずだ。

 それなのに俺は、その力で復活している。

 どうして俺がハルーナの因果律操作能力で復活できたのか、よくわからなかった。

「……てめぇの言う通り、繁殖行為後のハルーナは幼体に戻ることはなくなる。繁殖行為前なら、最終宿主を失うことで幼体に戻っちまう。――っつぅかよ、てめぇのそういうところは天然なのか? ただの鈍感か? てめぇがそんな感じだから妹たちが円満に過ごせてるんだろうが、これはら先はそうはいかねぇぞ」

「それはどういう――」

「兄さん?」

「佳弥さん?」

 意味がわからず問おうとしたとき、美縁と遥奈が目を覚ました。

「兄さん!」

「佳弥さん!」

 声を上げながら、俺の胸に飛び込んできたふたり。

 涙を流して胸に顔をこすりつけてくるふたりには、そして他の妹たちにも、俺はたくさんの心配をかけちまったことだろう。

 美縁と遥奈の背中を撫でてやりながら武速の方を見上げると、なんでか呆れたような微妙な表情を浮かべていた。

「兄様、目を覚まされたので?」

「にぃに、起きた?」

「にぃや、目が覚めた?」

「兄貴、やっと起きたか」

「お兄ちゃん、おはよう」

 美縁と遥奈の声を聞いたからか、一斉にそれぞれの部屋から妹たちが出てきた。

「まぁ、俺様は今日はこれで退散するぜ。てめぇはいい男だと思うが、もうちょい男を上げやがれ」

「どういう意味だよ」

 俺の問いには答えず、片手を上げて背を向けた武速は、共有フロアから玄関の向こうに歩いていってしまった。

 代わりに、部屋から出てきた妹たちに囲まれる。

「済まない、みんな。心配かけた。それとありがとう。俺を復活させてくれたんだってな」

「頑張ったんだよー」

「全力だったんだよー」

「当然のことをしたまでです」

「兄貴がいなくなったら困るからナァ」

「お兄ちゃんは、大事な人だから」

「兄さんにまでいなくなられたら、イヤだもん」

「佳弥さんは、かけがえのない人ですから」

 それぞれの言葉が胸に染み込んでくる。泣きそうになる。

 ――俺は、良い妹を持ったんだな。

 俺のために本当に頑張ってくれた妹たち。俺は彼女たちのために、これまで以上にできることをやっていかないといけないと、そう思った。

「ありがとう。みんな俺の、大切な妹たちだ」

 そう言って、俺は七人の妹に、笑みを見せた。

 それなのに何故か、妹たちからの反応が鈍い。

 羽月と紗月は口を尖らせている。

 ユニアは目を細めて睨みつけてきていた。

 姫乃は呆れたように視線を外し、ため息を吐く。

 バーシャは頬を膨らませ、不満を露わにしてる。

 美縁はどこか不安そうに顔を曇らせていた。

 遥奈だけが、ニッコリと笑みを返してくれていた。

 ――なんなんだろうな、これは。

 そのときの俺には、みんなの表情の意味が、よく理解できなかった。



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