ミス・ペンドラゴンの寓話

さる☆たま

桜は知っている ~ Who Concealed Cock Robin ~

 Written by Miss.Pendragon



 月光に彩られた宵の桜。

 その下で、誰かがせっせと土を掘る。


 知らず知らずと暗がりに紛れ、その人影が小さな皮袋らしき何かを埋めていた。




「ああ、私の可愛いロビン、なんて姿に…………」

 明くる朝、駒鳥のさえずりを目覚ましに起き上がり、朝食の支度を終えたメイドに息子を起こしに行かせると、シャーロット夫人は一足先に着替えて食卓に就いた。

 だが、待てども待てども二人が来る様子がない。

 痺れを切らして、夫人は二階の子供部屋へ駆け上がってみる。と、


 そこには、余りに受け入れ難い惨状が広がっていた。




 この純白の上に寝そべっているのは、誰だったか?


 いや、既に判っていたハズだ。ただ、認めたくないだけだ。と、そばで何かを倒したような物音がして振り向くと、そこにはメイドが気を失って倒れていた。

 改めて視線を戻すも、眼前の状況は一変せず。その純白の上に横たわる誰かの周りには、茶色い羽毛がいくつも散らばっている。

 この異様な光景を前にして、彼女はまるでロンドン橋でも落ちたかのような顔で突っ立っていた。



 これは、何?

 一体、何の冗談?

 今日は、四月の何日だったか?

 そうだわ。きっとこれは夢の中の出来事で、これからメリーが起こしに来て、ロビンが元気いっぱいに駆け降りてきて…………


 そう思いたい衝動が、彼女の判断を狂わせた。

 幸か不幸か、そこに有るべきハズのモノが一つだけ欠けていたからだろう。


 そこには、そう――――愛する息子ロビンの頭だけがなかったのだから。




 知らせを受けた保安官が駆けつけた頃には、日差しは大分高くなっていた。


 子供のベッドに横たわる、その頭は一体何処に?


 いつもなら駒鳥のさえずりが聞こえるような静かな朝を、大人達のさえずりが邪魔をする。

「誰がこんなむごいことを?」

「可哀相に、神をも恐れぬ所業とは正にこのこと」

「主よ、どうか彷徨える魂を、神の国へと導きたまえ」

「この甘い匂いは、どこから?」

「スコーンだわ、焼けたスコーンの香りよ」

「皆さん、お茶の支度が整いましたよ」

 メイドのメリーがそう言って、客間にティーセットを運んできた。

 保安官が懐中時計を見やる。時刻は十一時、昼時前のティータイムにはちょうど良い。

「では、皆さんはここでお茶でも飲みながらお待ち下さい。パーシー卿と本官は少し外を回ってきますので」

 そう促す保安官の隣で、パーシー卿と呼ばれた小男が八の字髭を弄りながら横目で窓の外を一瞥した。

 庭先には、一本の桜の木が悠然と佇んでいた。




 各々が集まって、紅茶を片手に推理という名の談笑が始まった。

「あれはきっとロビン君の悪戯だったんでしょう。実は部屋のどこかに隠れて、夫人を驚かせようとしたのですよ」

「なら、アレは一体誰だというのだ?」

「さあ、それはまだ判らないが、少なくともロビン君ではないだろう。あの歳頃の子供にしては身体が大きすぎる」

「少し体格の良い子供なら、あのくらいはあるだろう?」

「そうだ、そもそもアレがロビン君でないというなら、一体どこの馬の骨だというのだ」

「そうよ、ロビンちゃんじゃないなら、あんな所に他の誰かが寝ているなんてあり得ないわ」

「まあまあ、こういう時は一旦状況を整理して……」

「そういう説教はミサの時にでもしてくれ」

「神聖なるミサをなんと心得るか、神罰が下るぞ!」

「司祭様、落ち着いて」

「そうそう、スコーンでも一つ摘みなさいよ。落ち着くわよ」

「そうだ。ここは一つ、俺の知ってる大工が女房を寝取られた話でも……」

「やめなさいよ、あなたそれ粉屋の名前を知ってて言ってるの?」

「そうだ不謹慎だぞ。カンタベリーを気取りたいなら、それこそ他所でやれ」

「ちぇ、少し場を和ませようと思っただけなのによ」

「あらやだ、ワタシったらウッカリしていたわ」

「マーガレットお婆ちゃん、どうかしたの?」

 つい先刻、下衆な話をしかけた男をなじった若い娘が、直ぐ隣の老婦人を気に掛ける。

 マーガレットという老婦人は、落ち着き払った様子でこう述べた。

「どうして今まで気づかなかったのかしら、シーツがまるで洗い立てのように綺麗なままだったことに……」

「え?」と、それまで沈黙していた夫人が困惑交じりに声を洩らす。


 それはつまり……


 その時だった。保安官を引き連れて、パーシー卿が駆け込むように戻って来た。そして、シャーロット夫人にこう問うた。

「夫人、二~三質問をしてもよろしいかな?」

「はい」と、小男の問いかけに頷くシャーロット夫人。

「まず、ロビン君の背丈は?」

「たしか、この前測った時は一四〇くらいだったかと」

「では昨日、あそこの桜で遊んでいた時刻は?」

「桜?」

 その言葉に、なぜか彼女は心当たりが無いような素振りを見せる。

「ご記憶にありませんかな、庭先のあの桜でロビン君が何をしていたのかも?」

「ええ、そもそも桜なんて家の近くにはありませんのよ」

「今なんと?」

 一瞬、聞き間違えたのかと思ったが、そうではなかった。

「ですから、あそこに桜の木など植えた覚えはありませんの」

 そう、桜なんて最初から存在しなかった。

 ではアレは?

「パーシー卿、謎が更に深まりましたな」

 保安官が頭を抱えて一言零す。

 しかし意外にも、パーシー卿は八の字髭を上げて口端に笑みを浮かべた。

「いやいや、これはいよいよ真相に近付いたようですぞ」

「まさか、そもそも我々は木の下の駒鳥の謎も解明できてませんが?」

「駒鳥?」と夫人。

「ええ、あなたが存在しないと仰った桜の下に『首のない駒鳥』が埋められていたのですぞ」

 それは、いつも庭先でさえずっていたあの駒鳥のことでは?

 そういえば、今日は鳴き声が全く聞こえなかったが、それは別に里人達の喧騒にかき消されていたのではなく…………

「それより、お婆ちゃん」と若い娘の声が彼女の思考を遮った。

「シーツが綺麗って、どういうことよ?」

 そう言って彼女が指差す先には、依然として横たわる「誰か」と、その周りに散らばる羽毛。

「よく見なさい、エミリー」と近所の老夫人がシーツの羽毛を振り払う。

「首から先の布地に、一滴も血が染みこんでないでしょ?」

「あっ」とパーシー卿を除く全員が、老婦人の言葉に息を呑んだ。

「このパーシーには、既に事件の謎が見えて参りましたぞ」

「まったく歳を取ると、こういう細かい所に目が届きにくくていけないわ」

 全員が二人の男女に注目した。そこへ――


「ただいまー」という声が、玄関先から聞こえてきた。


「ロビン!」

 夫人が、真っ先に駆け寄って我が子を抱きしめる。

「今までどこへ言ってたの?」

「あのね、小鳥さんがね、死んじゃったの。だからぼく……」

「そう、優しい子ね。でも、みんな心配したのよ」

「ごめんなさい」

「良いわよ、無事に帰ってきてくれたんですもの」

 抱き合う母子を囲い、里人達は目頭をにじませ貰い泣き。

 ただ二人の男女だけが、それぞれ怪訝な様子で部屋の中と外の庭を眺めていた。


 小さな里で起こった怪奇な事件は、こうして幕を閉じた。

 いくつかの謎を遺したまま。

 その後、ロビンは亡くなった駒鳥を想うては鳴き声を真似るようになったという。

 そして、いつの間にか庭先にあった桜の木は忽然と消えてしまった。

 入れ替わりとばかりに、人知れず少女が冷たい微笑を浮かべ、その場所に立ち尽くしていたという。


 いつまでも、いつまでも――


 ~Fin~




 パパンがパン……どうも、迷える仔羊ちゃん達の導き手、ミス・ペンドラゴンですよ。

 今回は、駒鳥と取替え子のお話でした。皆さん、お気づきでしたか?

 結局のところ、ベッドの上にいたのは何だったのか?

 桜の木は、いつからそこにあったのか?

 駒鳥がなぜ、桜の木の下に埋められていたのか?

 そもそも、


 駒鳥を殺生せしめたのは誰なのか?


 実は何も解決していないのですね。

 そのことに里の大人たちは気づいていない、パーシー卿とマーガレット女史を除いて。そして、


 最後に登場した少女は何者なのか?


 桜の木との因果関係を考えてみると、実に面白いことが思い浮かぶかと想いますが。如何でしょうね?

 では、また次の物語でお会いしましょう。ごきげんよう。

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