ありのままの自分(二重まぶたはプチ整形)

舛本つたな

ありのままの自分(二重まぶたはプチ整形)

 自分のアパートに戻るなり、鞄からスケッチブックを引っ張り出した。

 ぱらぱらめくり、大学の授業でデッサンしたばかりのページを切り離して、画鋲で壁に貼り付ける。

 それは、モデルを招いたデッサンの授業で私が書いた鉛筆画だった。

 天気が良かったせいか、はたまた講師の気まぐれか、今日のテーマは『陰影』となった。講師は教室の電灯を落としカーテンの隙間から一筋の光を取り入れ、その中でポーズをとるようにモデルさんに指示をした。白い肌が印象的だった彼女は、最初は日焼けを嫌がるような素振りを見せていたが、テーマにこだわる講師についに観念し、その光の中に体を入れた。

 壁に貼ったデッサンでは、彼女はまっすぐとこちらを見ている。光をあびて浮き上がったその顔は、講師が陰影にこだわったのが納得できるほどに、とても美しかった。


 さて、と息をつく。思いつきを試してみよう。


 その鉛筆画の真下に、慎重に鏡を設置した。化粧につかう卓上の鏡だ。それの角度を調整して、私はゆっくりと後ずさりした。

 壁を見渡す。目線の高さには陰影に縁取られた美しい顔が描かれている。そして、その下の鏡には美しいとはいえない自分の顔が映っていた。

 その位置で立ったまま、私はスケッチブックをめくり、白い画用紙の上に、鉛筆を走らせ、美しくもない自分の顔をなぞりはじめた。

 書いてみれば、はっきりと分かる。

 授業では、光をあびた美しい鼻梁のラインをなぞって鉛筆はすぅーとのびていた。だけど今では、ふっくらと下ぶくれの鼻先に振り回されて丸くカーブせざるを得ない。

 授業では、扇情的に突き出た下唇からつりあがった口の端へと、鉛筆をはねあがったものだが、今では薄い唇と下がり気味の広角へと流れおち、そこに陰を塗りつぶしている。

 授業では、何かを発見したかのように輝いていた大きな瞳の弧を引いたものだ。しかし、今では志望の美大に合格した後、思い切ってプチ整形をした二重まぶたを力強く直線で引く。


 ふふ、とこぼれたのは笑いだった。


「なんだ、悪くはないじゃん」


 実際に声にしてみた後に恥ずかしくなって、「良くもないけどね」と言い訳のように付け加えてしまったのが、何とも自分らしい。

 鏡の角度を調整しなおし、近くの丸椅子を引き寄せて座り、スケッチブックに自分の顔をなぞる作業を再開する。

 向き合ってみて、はじめて分かることがある。

 授業では、ほっそりとこけた頬を鉛筆をねかせて陰をなぞった。今は、ふっくらとしたほっぺを鉛筆の先端でゆるくなぞっている。チャーミングなほっぺだと言えなくもない。ぽっちゃり系とも言われるかもしれないけれど。

 授業では、長い髪はちょっとぱさぱさしていて、鉛筆はまとまって流れず細かく飛び散らせてしまった。今では、キューティクルのところで、鉛筆の先を途中で浮かせ着地させるように描いている。まるでスキーのジャンプみたいで、けっこう難しいが、かなり楽しい。

 まぁ、髪については年齢のアドバンテージかなぁ、と鏡の自分が口元をゆがめた。あのモデルさんは三十五歳くらいだったろう。本当に綺麗な人だった。年をとっても、自分はあんな風にはなれないだろうなぁ。


「よし、完成!」


 ついでに、画用紙の下にタイトルよろしく『ありのままの自分(二重まぶたは整形)』と書きつけて、美人のモデルさんの横に画鋲でとめた。

 腕を組んで、その二枚を見比べる。差は歴然。でも、悩んでいたよりも絶望的ではない。あと三キロくらいは痩せたいな〜。コンビニの買い食いがやめられない自分が憎い。


「さて」とため息をつく。「そろそろ、告白しますか」


 あいつをデートに誘うため、スマホを取り出した。


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ありのままの自分(二重まぶたはプチ整形) 舛本つたな @masumoto_tsutana

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