紙とペンとへっぽこ侍

あらうさ( ´Å`)

へっぽこ珍道中

 拙者の名は『笑 狂句郎』、川柳をこよなく愛する現代の侍でござる。


 厳しい冬もようやく終わりを見せ始め、風も和らぎ、日差しが少しずつ暖かくなっているこの頃。


「今日は良い小春日和でござるなぁ」


 こんな日は普段より多く閃くものだ。


「春が来て 光のどけき 暖の風」


 さっそく一句出来た。滑り出しは順調。


「今日も良い一日になりそうでござる」


 伸びをして、てくてくと歩いてゆく。


 町中を歩いていると、あちこちから視線が飛んでくる。いつもの事だ。まあまず拙者の格好が目に引くからでござろう。


 着物に羽織り、袴、刀に脇差。

 時代劇から飛び出てきたような姿だ。


「ちょっと君」


 来た。拙者が始めて来る街に、必ず現れると言ってもいい怨敵。権力者の犬。


「警察だけど、その腰に下げてるもの見せて」


 毎度毎度思うのだが何故上から目線なのか、場合によっては犯罪に関わるため仕方ないと思う部分もあるが、せめて謙譲語を使えとは言わない、相手に合わせて普通に話せと言いたい。


 そこまで考えて、とりあえず刀と脇差を渡す。

 

 警察官は慎重に刀を抜く。


「竹光か」


 そう。鞘の中身は竹の刀である。もちろん殺傷力はない。


 警察官は念を入れて脇差も調べるがそちらも竹光である。


「飾りでござるよ。必要なのは侍の魂、現物ではないのでござる」


 警察官はため息をつき、


「今後は紛らわしい真似は控えてね。一応住所とーーー」


 しばらくして、警察官から解放されるが、去り際の直前、警察官が後ろを向いたとき。


 拙者の居合抜きが放たれる!


 竹光が警察官の帽子だけを見事に浮かび上がらせた。


 拙者は振り返り、


「警官の 疲労度分かる 薄い髪」


 一句出来た。


「またつまらぬものを切ってしまったでござる」


 意識を転換すると、拙者は街を闊歩し始める。


 アーケード街を歩いていると、前方にチンピラ三人とそれに絡まれてる女性らしき一組に出会う。


「よおよお姉ちゃんよう。いいじゃねぇか俺たちに付き合えよ」


「困ります」


 どうやらナンパのようだ。


 拙者は真っすぐ歩く。するとチンピラが、


「ああん?何か用か手前ェ」


「助けてください!」


 女性が助けを求めてくる。


 ここで一句、


「助けてと 叫ぶ女が 困り顔」


 拙者はふるふると顔を振り。


「駄目だ。こんなものでは明日の試合に勝てない」


 その場を後にする。



 適当に街を歩いていると、いつの間にか住宅街に入り込んでいた。閑静な住宅街である。


「うーむ。なかなか良い句が出来ないでござるなあ」


 考えていると前方から煙が舞い上がってきた。


 見ると正面の一軒家から火の手が上がっている。


 拙者は無視して突き進む。


 ごうごうと燃え盛る炎の中で、


 一句出来た。


「火事親父 飛んで火にいる 夏の虫」


 どう見ても夏の虫は自分です、はい。有難うございました。


 へっぽこ侍は突き当りの、燃え尽きかけてる壁を蹴り破ると、外に出る。


 そして裏手の林に出た。


 さっきまでの炎の中とは違って静かな林である。所々に光が差し込んで幻想的な空間を作り出している。


「今日のような春の日に森林浴とはこれまた乙でござるな」


 そんなことを言っているのも束の間、数十分も林の中を分け入っていると林は森になり次第に険しさを増していく。そして、


「迷った」


 地図もなしに道のない森に分け入っていたら当たり前である。当然スマホも持ってない。


「ううむ。どうしたものか」


 思案していると、一句浮かんだ。


「ここは何処 見渡す限り 知らぬ森」


 うむ。これはなかなかいい出来だ。


「って、そんなこと言ってる場合ではない!」


 紙を破り捨てる。


「いかん!このままでは確実に遭難でござる。何とかしないと!」


 さぁっ


 不意に、耳に音が飛び込んでくる。


「?」


 音がしたほうを見やる。すると潮の香りも漂ってきた。


「海でござるか!」


 へっぽこ侍は全力で森をかき分ける。


 やがて視界が開けーーー


 一面に広大な海が姿を見せる。


「助かったでござる!」


 拙者は浜辺に駆けつける。


「いやあ天啓。これも日頃の行いのおかげでござるな」


 砂浜に腰を下ろし、しばらく海を眺める。


 泳ぐにはまだ早いこの時期には、サーファーやボートを漕ぐ人がちらほら見かける。


 日光浴をしてると、急に一陣の強い風が吹き抜ける。それに煽られ一段高い波がボートをひっくり返す。乗っていた男性が海に投げ出された。


「!」


 拙者は腰を上げる。


 ここで一句。


「春の海 藁をも掴む 溺れ人」


 ふむ。なかなかでござる。


 拙者は海を後にする。


 溺れてる人は他のボートの人が救助したようだ。



 いつの間にか日は傾き、拙者は郊外の田園の中を歩いていた。


「今日も色々あったでござるなぁ」


 今日の出来事を振り返る。警察の職質に始まりチンピラとの立ち回り、火事に遭難、そして海。途中、何か人として大事なことが色々抜けている気がするが、どうでも良い。


 夕日に流れゆく景色を見つめながら歩いていると、ふとインスピレーションが働く。


「こ、これだ!」


 拙者は懐から紙を取り出した。

 しかし、紙はびっしり書き込まれていて書くスペースがない。途中、紙を破り捨てたのも効いた。


「なんの!腕に書けばいい!」


 懐からペンを取り出す。


 しかし文字が書けない。インク切れだ。


 閃いた句がどんどん消えてゆく。


 代わりに閃いた一句。


「ああ無常 ここぞの時に インク切れ」


 全身から力が抜けてゆく。


「お粗末」


 へっぽこ侍は崩れ落ちた。

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紙とペンとへっぽこ侍 あらうさ( ´Å`) @arausa

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