紙とペンとプロポーズ!?

温媹マユ

紙とペンとプロポーズ!?

 小学一年生の春休み、僕は近くの公園で絵を描いていた。いわゆる春休みの宿題。

 公園の真ん中に一本の大きな桜の木がある。その桜の木をモデルに、デッサンしていた。

 小学生の描く絵なので、四つ切りぐらいの紙にペンで描くだけ。

 お父さんが釣りに使っている小さな椅子に座って、お母さんがわざわざ買ってきてくれた画板を使って桜の絵を描いていた。

 下書きは鉛筆。僕は言うまでもなく絵が下手で、何度も消しゴムで消して書き直していた。

 そうすると、そのうち紙が破れる。そのたびに新しい紙を取り出し、一から描いていた。


 次の日、一日で絵が描き上げられなかった僕は、もう一度公園へ向かった。

 すると、昨日僕の座っていたところに先客がいた。

 同級生の早穂ちゃんだっだ。

 僕は早穂ちゃんと挨拶だけして、桜を挟んだ向かい側に座った。


 僕は早穂ちゃんのことが気になっていた。もちろんずっと前から。

 一年生の僕はまだそれが何なのか分からなかった。ただ一番気楽に話が出来る女の子だった。

 快活で親切で、みんなの人気者だった。

 でもちょっとイタズラ好きだった。


 僕が間違った一歩を踏み出したのは、前日のお父さんの言葉がきっかけだった。

『男なら、気になる女の子がいたら好きだというんだ。そして結婚してくださいと言え』

 一年生の僕がその意味をちゃんと理解出来るはずがない。でもそういうものだと思ってしまったのは事実だった。

 

 だから、僕は早穂ちゃんに結婚してくださいと伝えた。


 桜を書くはずだった紙に一言。

『ぼくはさほちゃんがだいすきです。 けっこんしてください』


 鉛筆では消えると思って、本番用のペンで書いた。

 書いては気に入らず、紙をぐちゃぐちゃにしてまた新しい紙に書き直した。


 なんとか満足が出来る一枚が仕上がったとき、気がつくと背後に早穂ちゃんが立っていた。

「え、なにこれ。ふふふ。子供は結婚できないでしょ。知らないの?」

 僕はいたって真面目だった。

 でも早穂ちゃんは僕よりも結婚の意味を理解していたと思う。


 早穂ちゃんは僕の断りも入れず、その手紙を持ってさっさと帰ってしまった。

 僕にはなんとも言えない空虚感があったが、その気持ちも理解できていなかった。



 そして二年生の春休み、僕は懲りずに桜の絵を描いていた。

 全く成長のない僕は、一年生の時と同じように何度も何度も桜の絵を描き直していた。

 もちろん一日では書き上げられず、次の日も書かなくては完成しなかった。


 次の日、僕が公園へ行くと、早穂ちゃんが桜の絵を描いていた。

 去年と同じ光景。

 早穂ちゃんが僕に気がつき、近づいてきた。

「去年ここで私に結婚してくださいって、手紙くれたよね。ふふふ」

 僕は手紙を渡していない。勝手に早穂ちゃんがもっていっただけだと思っていたが、口に出すことはなかった。


 学校で会っても早穂ちゃんは、ほとんど、いやたまに言うかな、前の年の恥ずかしい出来事を話さなかった。

 一応僕に気を遣ってくれたのか、他の誰にも言わないでくれた。


 卒業までの六年間、僕は毎年この桜の絵を描いていた。

 年々うまくなって、落書きから一応絵画になっていた。

 そして、早穂ちゃんも毎年この桜の絵を描いていた。

 早穂ちゃんは最初から上手で、何度も絵画コンクールに応募されていた。


 そして毎年早穂ちゃんは僕に言った。

「一年生の時、私に結婚してくださいって手紙くれたよね。ふふふ」

 僕は早穂ちゃんに会うたびに恥ずかしい思い出がよみがえっていた。


 僕は絵を描くのが好きになっていた。

 中学、高校と美術部に入り、絵を描き続けていた。

 こんな僕でも成長するもので、コンクールに出せば上位に入選するし、大学でも絵を描きたいと考えていた。


 早穂ちゃんとは中学は一緒だったが、高校は別だった。

 でも早穂ちゃんも春になるといつもこの公園で絵を描いていた。


 もう何年になるだろう。

 春にこの公園で桜の絵を描くのは。もちろん早穂ちゃんと。


「ねえ、覚えてる?」

 また始まった。いつもこの季節に聞く言葉。

「小学一年生の時に私にプロポーズしたこと。毎年思い出すたびに笑うわ。ふふふ」


「ねえ、まま、ぱぱ。なにがおもしろいの?」

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