紙とペン、そしてドラゴン

@balsamicos

紙とペン、そしてドラゴン

「ねぇあんた、いつになったら結婚するのよ?、あたしはいい加減、孫の顔くらい見たいのだけど…」


数ヶ月に一度、実家に顔を見せるが、母は私の顔を見るや否や、開口一番決まってこの言葉を口にする。それに対して私は、決まってこの言葉だ。


「そもそも、相手がいないんだから仕方ないじゃないか。それにドラゴンをこの目で見るまではそんな事に現を抜かしている暇はないよ」


「ふぅ、それは前にも聞いたわよ、そんないるかいないかわかんない生き物探す暇があるなら、彼女の一人や二人うちに連れてきて頂戴。」


「女にも振り向いてもらえないあんたが、ドラゴンに振り向いてもらえるわけないじゃない」


この後も母の言葉に、私は何も返すことができない。後半は母が何を言っていたか覚えていないが、気がつくと空はあかね色に染まっていた。


「あっそろそろ俺は帰るよ、長居してごめん。」


「あら、今日は泊まっていかないの?、まだ色々、言いたい事あるんだけど。」


「ごめん、それはまた今度、まだ仕事残ってるし。」


「そう、風邪や怪我には気をつけなさいよ?、あんたも30歳でそんな若くもないんだから」


「うん、行ってくる、母さんもいい歳なんだし身体には気をつけてな、父さんにも帰ったらよろしく」


「歳ってわかってるなら、早く孫見せなさい孫!」


「ああもう、わかったわかった!、それじゃ!」


逃げるように実家を飛び出した。後ろから母が何か言っているが、もう聞かないことにした。


若干、精神へのダメージを負いつつ、南西にあるマヌ火山へと向かう。


言いそびれていたが私は魔獣学者だ、名前はユーリ。年齢は今年で30歳になる。


魔獣─いわゆるモンスターや怪物とも呼ばれるそれらの生態は明らかになっていないものが多い。年々、魔獣に襲われる人は後を絶たない。そういった被害を少しでも減らすために、いち早く生態を明らかにする、そのため私は魔獣学者になった


─嘘です、少しカッコつけただけです。幼少期に読んだおとぎ話に出てくるドラゴンに憧れただけです。


そのための一歩として、私は魔術学院に通い魔法を学んだ。魔獣の対峙した際、生きてその生態を記すためだ。


周りは知識を追い求める者、冒険者として人々を救うために魔法を身につける者、様々いたが、私と同じような者はいなかった。


特にパッとしない成績で魔術学院の卒業を迎え、私は冒険者として戦士や神官、弓師といった方とパーティーを組み、ギルドで依頼をこなした。


しかし、パーティーのメンバーは魔獣を見つけるとすぐさま討伐を行い、また、道中みちくさをするようなことも無かった。わざわざ危険を犯すことはしないとのことだった。


確かに、彼らは魔獣を討伐するのが依頼だ。それを命を賭けて行なっているのだから無駄なことはしない、仕方のないことだ。


結局のところ、冒険者時代はバッグに密かに持ち込んでいたペンや紙を使うことは一度も無かった。


結局、数ヶ月ほどでパーティーを抜け、一人で冒険を行うことにした。なんやかんやそんな生活も10年近くなる。


基本的には一人でも行える薬草収集のような依頼で日銭を稼ぎ、道すがら遭遇する小型の動物や、魔獣の生態を記してきた。自慢じゃないが新種の魔獣や動物を大小20種類近く発見している。


ちなみに動物と魔獣の違いはその特異性にある。哺乳類と爬虫類、どちらの特徴も有しているといった者や、魔法を行使する人間以外の者、あるいはこれまでの生物の特徴を有していない者などは魔獣と呼ばれている。


そんなこんなで無難に研究を進めていた私は、これから少し冒険に挑む。南西にあるマヌ火山、ここには強力な魔獣が多く住むと言われている。またその奥地にはここ何百年も姿を見せていないドラゴンが住むという噂が残っているのだ。


以前から一度は行ってみたかったのだが、あの険しい環境に対応できる装備を金銭的に揃えることができなかったため、先延ばしになっていたのだ。


マヌ火山へ向かう途中の街で、久しい人に出会う、ティファだ。


「あれ、ティファじゃないか?俺のこと覚えてる?」


「えっ?、ユーリじゃない!勿論、覚えてるわよ!キミってちょっと変なとこあったし忘れるわけないわ!」


彼女は魔術学院時代、共に学んだ学友の一人だ。友人の少ない私だったが、彼女は顔を合わせるとよく声をかけてくれる気さくな子だった。


「えっ?俺ってそんなに変だった?」


「変だったわよ、野外授業のときなんか、物静かなキミが独り言呟きながら、一人で森に突っ込んでいくのはビックリしたわよ」


「あぁ、そんなこともあったかも…、ってところでティファはこんなところで何しているんだ?冒険者はまだ続けているのか?」


「冒険者は2年前にやめたの、その、親からいい加減うちに戻って、縁談でも受けてさっさと結婚しなさいって言われてね…」


「へぇ、それで今は家庭を持ってここに住んでるってことか、俺も実家に戻るたび似たようなこと言われるな」


「いや、その…結婚はまだしてないんだよね、あはは。なんか会う人みんな、合わないっていうかその…ね?」


「そうなのか、なんか意外だ」


「ま、まぁ私の話はさておき、キミはなんでここに?」


「ん?、俺か?俺はここというよりマヌ火山に行く予定なんだ。俺、魔獣学者やっているんだけど、その調査としてね」


「マヌ火山⁉︎、あそこって結構危険よ?それに魔獣学者って…って思ったけどキミにすごい合ってるわね…魔獣を見る目が変だったし」


「魔獣を見る目が変ってなんだよ…。それなりに装備は揃えたし、危険を感じたらすぐ戻るつもりだから」


「そう、それならいいんだけど…、ね、ねぇそのマヌ火山、私もついていっていい?」


「えっ⁉︎いや、そりゃ危ないよ、遊びでいくわけじゃないし」


「こう見えても私は引退する前まで第一級冒険者だったんだからね!、キミ一人だと危ないからついていくの!」


「そうだったの⁉︎す、すごいなティファは…、それなら少しいてくれた方が助かるかも…」


「それじゃ、決まりね!準備があるから翌朝、噴水前で待ってて!」


「わかった、これからよろしく」


「ええ、こちらこそよろしく!」


翌朝、私とティファはマヌ火山へと昔の話に花を咲かせつつ向かった。


「ここがマヌ火山か、結構険しいな」


「ええ、麓に出没する魔獣もそれなりに強いから気をつけて」


そう言いながらティファは胸元をパタパタする。ドキッとした私は水筒をグッと飲む。


「あっ!ちょっと!これから水分は大事なんだから、大切に飲みなさい!」


誰のせいだ!誰の!と内心思いつつ、水筒から口を外す。


「ところでこんなとこまで、目的の魔獣でもいるの?」


「ん?ああ、ドラゴンだ」


「えっ⁉︎ドラゴン⁉︎」


「ん?なんか変なこと言ったか?」


「変ってそりゃあ、ドラゴンを見た人なんてここ何百年もいないわよ?そんな魔獣を探しているなんて…」


「大丈夫だ、あてがある」


「あて?それって…」


「ここの火山は数十年に一度噴火がある、そうだな?」


「ええそうね、去年噴火したわ。火山灰の掃除がとても大変だったわ、怪我人も沢山出たし…」


「ここが噴火すると、数ヶ月ここ一帯のみならず世界中の魔獣がここから遠い森へ姿を隠すのが確認されている。それで思ったんだ、もしかすると、あれは火山の噴火ではなくドラゴンの炎なのかもしれないと思ってな」


「そんな、まさかぁ…本気で言ってるの?」


「ああ、散らした灰で視界が奪われた状態なら、空を飛んでも視認される可能性が低いし、おとぎ話のような巨体なら数十年単位の活動でもおかしくないからな、おまけに魔獣たちの行動だ」


「そう言われると、そんな気もするけど…」


「とりあえず火口に行かないとわからないな!とりあえず行くぞ、ティファさん!」


「ちょっと変なテンションになっているけど⁉︎」


戦闘を避けつつ、道すがら魔獣の観察を行っていたら、いつの間に火口へたどり着いていた。


道中驚いたのは、ティファの魔術だ。気配を消す魔術に睡眠させる魔術など、とても高度な術を多く使いこなしていた。


「ティファがずっと一緒に居てくれたら、魔獣調査ももっと捗るのになぁ…」


「え⁉︎それってどうゆう…」


「そろそろ火口だ、気をつけていくぞ」


「え⁉︎そ、そうね、気をつけないとね…」


火口は思いの外、涼しかった。


「活火山にしては涼しいな、てっきりもっと唸る暑さだと思っていた。」


「そうね、とりあえず調査できるとこまで調べてみる?」


「そうだな」


私たちはその後火口付近まで、降りることになった。その結果、この火山では随分噴火が行われていない形跡があった。


「やっぱりここにドラゴンがいたのかも…」


「そうかもしれないわね、もうもぬけの殻みたいだけど」


そこにはドラゴンはいなかった。しかし、魔獣らしき残骸や停止していた火山、ドラゴンがいたと思える数多くの要因が確認できた。


「結局ドラゴンを見ることはできなかったかぁ、帰ったらもう一度ほかの火山も調べないとな」


「まあ、ドラゴンがいる痕跡みたいなのはみつけたんだし、いいんじゃない?」


帰り道、私たちそんなことを言いつつ下山する。


「そうだな、ともかく今回はありがとう、ティファがいてくれなかったらこんな上手くいかなかったと思う。」


そう言って、彼は私に向かって学院時代と変わらぬ笑顔を向ける。


「キミのそうゆうところが…」


「ん?何か言ったか?」


「べ、別に何でもないわ!それより早く帰りましょ?日が暮れると危険だし…」


「そうだな!」


2人の冒険は大した成果を得られたわけではなかった。しかし2人の表情からはその憂いは感じられない。


その後2人はドラゴンに関する大きな発表をするのだが、それはまた別の機会に…。

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