紙とペンとあなたとわたしの手紙
裳下徹和
第1話
この手紙が届く頃、わたしはあなたの元へ向かいます。
あなたとは何度も手紙をやり取りした。
今時電子メールではなく、紙にペンで書いた手紙。
時間もかかるしお金もかかる。とても非効率的。でも、暖かみがあって、あなたがそばにいてくれるように感じる。
わたしが、あなたの気持ちに不安を感じていた時、あなたは、君を愛している、と書いてくれた。本当に嬉しかった。
わたしが、
わたしが、東京駅が中央区にあると勘違いしていたら、千代田区だと優しく訂正してくれた。おかげで恥をかかずに済んだ。
自由が丘を一日中散策した思い出を書き送ってくれた時は、あなたの観察力とか文章力に感心したわ。文学的才能があるかと勘違いしてしまうくらい。
あなたが書いてきた「海月」という文字を、「うみつき」と読んでしまったのは、照れ臭い思い出。あれは、「くらげ」だよね。フリガナふっておいてくれれば良いのに。
秋葉原に誘い合わせて行った時、後もう少し時間がずれていたら、事件に巻き込まれていたかもしれなかった。今思い出しても背筋が凍る。
わたしが貸した「永遠の仔」覚えているかな。重い内容の本なのに、ちゃんと読んで、しっかり感想まで書いてくれた。あれは、わたしの趣味を押し付けすぎたかな。ごめんなさい。
お互いが好きなバンドが解散して、その悲しみを書き綴ったこともあった。これから先、そんな心を震わせてくれるバンドに巡り会える日がくるかな?
そうそう、世界遺産に登録された紡績工場に行く話も出ていたわね。わたしとあなたはすれ違いばかりだったけど、まるで一緒に旅行したような気がしている。
あなたとは、直接会っている時よりも、手紙でやり取りしている時間の方が長い程、何度も何度も手紙を送り合った。
時には、わたしが欲しい言葉を書き送ってくれるまで、しつこくおねだりしてしまったこともあった。申し訳なかったと思っている。
確信した。あなたは、わたしが探し求めていた人だって。
わたしの姉は、何者かに殺された。
自殺に見せかけられて、何の証拠も残っていなかった。警察は事件性なしと判断し、全く動いてくれない。姉が自殺するはずなんてないのに。
姉の部屋に残されていた一枚の紙。そこに手書きで書かれた文字。
君と会える日を、一日千秋の思いで待っています。桜が散った頃、あの海を見下ろす丘に来てください。永遠の愛をそこから紡いでいこう。
姉の字ではない数行の文字。それは、何かを予感していた姉が、わたしへ残したメッセージ。
姉とあなたには共通の知人もおらず、交際は秘密にしていたから、あなたにたどり着くのは、かなり苦労した。偶然に助けられなかったら、永遠にみつけられなかったかもしれない。
あなたの存在を知ったわたしは、あなたに近付き、親密になってから手紙のやり取りを始めた。この電子機器が発達した世の中でおかしな話よね。全ては、あなたの筆跡を調べる為。
引き出したい言葉を書かせる為、苦労して文面を考えた。不信感を抱かせないように、遠回しに、何気ない様子を装って。
何回も何回も空振りして、ようやく全ての文字を照合させることが出来た。
残された文字と、あなたの文字は、筆跡がほぼ同じ。
あなたが姉を殺したのね。
今あなたが読んでいる手紙は、ただ紙にペンで書かれただけのものではない。皮膚からしみ込む毒薬をぬり込んでおいた。何か違和感を覚え始めた頃かもしれない。死にはしないけど、体が動かなくなり、声も出せなくなる。
この手紙を読み終える頃、わたしはあなたのすぐそばにいます。
紙とペンとあなたとわたしの手紙 裳下徹和 @neritetsu
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