Ep(β) 30年後

「おーっす、やってるなー」

 コンティースの地下奥深くにある遺跡。

 そこはかつてこの世界と魔界をつないでいた扉があった場所である。30年前に力を封印されたため、残っているのは何の力も発揮しないただの扉型のオブジェと、30年前よりさらに風化している、どろりとした紫色の光を発する水晶の柱の残骸、地震よけの精霊の紋様は何箇所修正されている形跡はあったが。

 そこでは十数人の作業員が、手分けしてそれらの撤去を行っている。

 もう完全に力を失った魔界への扉など、放置しておく理由もないため、この遺跡は紋様だけ直して他のものは撤去するという話が街の中で決着がついたのでる。

 とはいえ、放棄されている遺跡とは言えどんな危険があるのか分からないため、念には念を押すレベルで地元から一人の男が派遣された。

「遺跡研究家のジャナル・キャレスさんですね。わざわざご苦労様です」

「おう、もっとも婿養子で結婚したから今はキャレス姓じゃないんだけど、こっちの方が有名だからなあ、俺」

 冒険者用の丈夫な赤いジャケットに身を包んだその男は頭をボリボリと掻いた。その頭には赤い帽子がのっている。

 遺跡研究家。それが現在のジャナルの職業であった。

「というわけで! 俺が来たからには大丈夫! なんか質問があったらじゃんじゃん聞いてくれよな!」

 ジャナルはぐわんぐわんと反響するほどの大声で作業員たちに呼びかけるが、彼らの反応は微妙としか言いようがなかった。無視を決め込んでいる者、あからさまに迷惑そうな顔をする者、そんなのばかりだ。

「あっれー……? 聞こえなかったか? ならもう一度」

「い、いえ、聞こえてはいると思いますんで結構です。ただ、ちょっとあなたが派遣されるのは想定外なだけで」

「遠回しに気を遣わなくてもガッカリって言ってもいいぞ、はあ……」

 カーラに斬られた傷は完治できず、剣を振るうことができなくなった彼は、長年描いていた冒険者の夢を諦めざるを得なかった。

 それ以外にも、アドヴァンスロードの一件の責任を理不尽に背負わされたり、そのせいで変な噂が立つわ更に尾ひれがつくわで、とんでもない風評被害に長年苦しむことになる。

 その色々あった先に、本当に色々あったのだが、彼による帝国中を巻き込んだ偉業と所業が、結果的に遺跡研究家としての名を広めることになった。

 ただ、あくまでも研究家であって学者ではない。ほぼ独学だったので知識も偏りすぎているため、信用度という意味では全く信用されていなかった。今回ここへ呼ばれたのも他に適任者がいない、というそれだけの理由だった。

「ま、仕事が来るだけでもありがたいってやつだ。いい加減自力でそれなりに稼がないと家族に愛想尽かされそうだし、とっととやるか」




「紫の光はちょっと邪気を含んでるけど、それほど有害ではないから安心しろ。むしろ水晶の根っこの方に邪気が溜まってるからなー。あと紋様の修正は俺はよく知らんからそっちに任せた」

「……そんな適当な指示しか出せないなら黙っててくれませんかね」

「えー……そっちが呼んだくせに」

 それから半日後。ジャナルと作業員との信頼関係は散々なものであった。それでも本人は良かれと思っての指示なので改善しようもない。

「大変です! 遺跡に魔物が何匹か紛れ込んだみたいです!」

 作業員たちの疲労がピークに達した頃、アクシデントの報告が入ってきた。

 冗談だろ、今戦う余裕はないぞ、とざわめく作業員たち。

 だが、ジャナルだけは少しも動じない。「ま、そういうアクシデントもつきものだよなー」などと暢気に構えている。

「いや、アンタ指示してるだけで体力バリバリに残ってるだろ! 何いい歳こいたおっさんがイキってんだよ!」

「そういうのは魔物を一人で倒すとかやってから言えっての!」

 当然のように作業員からブーイングが飛ぶが、それでもジャナルは気にも留めない。

「無理無理、俺、剣握れないし」

「ならどうしろと!」

「俺がちょっと索敵して敵を引き付けて逃げるからその隙に遠距離から仕留めろ。あ、爆発とか周囲に被害出そうなやつは無しで! じゃ、行ってくる」

 言うや否や走り出すジャナル。

「……めっちゃ簡単に言いますね、あの人」

「むしろなんであんな脳筋変人が研究者なんてインテリ職業に就いてるんだ……ほら、あとを追うぞ」




 その後、どうにか魔物を撃破し、ボロボロになって戻ってきたジャナルの手当てを施し、作業再開。

かなりの大仕事の末に紋様の修正作業が終わり、あとは完全に無力化した扉の成れの果ての解体作業に入る。

「これ、ちょっととは言え30年前に魔界と繋がってたんですよね」

 ジャナルを最初に迎えた男が作業を眺めながらつぶやいた。

「ああ。完全に力を失ったからもう繋がることは絶対にないけどな」

 ジャナルは30年前のあの戦いの事を少し思い出していた。ニーデルディアのこと、魔女のこと、一時期とは言え自分に宿ったあの力のことを。

「でも、ちょっともったいないなーって思いません? 禁忌のものとは言えものすごい力だったんでしょう? うまく使えば国どころか人類の発展に繋がって時代を大きく変えるかもしれないのに」

「思わないな」

 バッサリと会話を切るジャナル。その眉間にはしわが寄っていた。

「どれだけすごい力でも、正しく使われなければ、使う人間が賢くなければ意味がないんだよ。あればいいってもんじゃない。それに」

「それに?」

「本当に何かを変えることができるのは、こんなどっかに転がっている借り物の力じゃない。結局個人個人の知恵と力と思想とか感情とかそういうの以外当てにはならないんだよ」

「なんだか少年向け熱血ファンタジーみたいな考え方ですね」

「いやいや、謎の力で万事解決みたいなご都合話の方がよっぽどファンタジーだろ」

 ジャナルはジャケットの上から何十年も前から動きの悪い肩口に触れた。

「大きな力がなくても誰かの人生を変化させる。冒険者になれなくても人生は予想以上に冒険だらけだ。今の仕事で一番役に立ってるのは人に笑われてもがむしゃらに貪った知識だ。そこに規格外の力なんて入る余地なんかねえんだよ」

「そんなもんですかね」

「ああ、そんなもんだ」

 扉が運びやすい大きさに分解されていく。

 これでもう、あの時の戦いにまつわるものが全てなくなった。

 心に広がる晴れやかさと、思い出の中に残るほろ苦さと寂しさを感じながらジャナルは己でも気づかないうちに涙を流していた。

(さよならだ)

 その対象が何に対してなのか、誰に対してなのかは明確には決めていない。

 ただ、なんとなくジャナルはそう思った。それだけだったし、それで十分だった。

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