7-8 ~この最悪な騒動の果てに~

 それからジャナルの意識が本当に戻ったのは数十分後のことであった。目覚めてから間髪いれずに抱きつかれ、全身に激痛が走る。

「ジャナルさぁん。よかった、生きててすごくよかった!」

「痛い! 痛いから離れろ! 頼むから!」

 無理やり引き剥がすとそこには泣きじゃくるリフィがいた。

「心配なのは分かったから、その辺でやめておけ。一応こいつは怪我人なんだからな」

 フォードが話に割って入ってきたので、リフィは兄に対して不機嫌そうな顔を見せながらべえ、と舌を出した。

「フォード、生きていたんだ」

「勝手に殺すな。大体俺がいなかったらお前のほうが死んでいたんだ。誰があの爆風の中からお前の具現武器トランサー・ウエポンを投げてやったと思うんだ」

「え? あれ勝手に俺のところに飛んできたんじゃなかったの?」

「そんなわけあるか。人の苦労も知らないで」

 どうりで都合がいいはずだ。倒れている持ち主の元に具現武器トランサー・ウエポンのバッジがひとりでに飛んでくることなど現実的にはありえない。もっともジャナルとしてはそうした奇跡じみた話の方が好みではあったが。

 時間的には日没はとうに過ぎているのだが、天変地異の影響で空はまだ鮮やかな赤に染まっている。

 その真下に広がるのはすっかり崩壊してしまった学校、そして町。

 そんな中を自警団をはじめとする人々が懸命に活動に勤しんでいる。中にはまだ小さな少年少女もいた。

「こりゃ酷いな……」

「本当はジャナルさんを病院に運びたかったんだけど、あっちも混乱しちゃってて。一応応急処置はしてもらったんだけど、どこか痛い所とかあります?」

 まだ節々が痛むのと、なんともいえない気だるさが残っているが、動けなくはない。あの時魔女が『アドヴァンスロード』を強引に鎮圧させた影響が残っているらしく、あの驚異的な治癒能力は発動できない状態のようであった。

「魔女? って、ああっ!」

「いきなり叫ぶな、鬱陶しい」

「アリーシャは! あいつはどうなった?」

 フォードは一瞬だけリフィの顔色をうかがってから裏庭の方角、いまだ存在する巨大な扉を指差した。

「あいつなら今、扉の封印に行っ」

 最後まで話を聞く前に、ジャナルは走り出していた。

 そんなジャナルの背中を切なげに見つめてから、リフィはものすごい剣幕で兄をにらみつけたが、フォードは気付かぬ振りを決め込んだ。




 裏庭では、アリーシャと魔女が全魔力を使って扉を封印する作業に取り掛かっていた。

「アリーシャ!」

「ジャナル! ……しゅ、集中力が」

 辺りには彼女たち以外誰もいなかった。

 未知の恐ろしさを秘める扉だ。ましてやこの混乱の中、近付こうなんて思う奴などいない。

「来るのが遅い! あんたも力を貸して!」

「お、おう」

 万全な体調ではないが、言われるままに力を貸す。疲れはどっと出たが、やはり一人分の力が加わった分は大きい。ゆっくりではあるが扉が閉じられていく。

「! ジャナル、あんたの体が!」

「うわっ! 何だこりゃ?」

 いつの間にかジャナルの体は淡い赤の光を発していた。

「これはまさか、何とかパワーで大変身とか言う」

「んな訳あるかい!」

 そんな無茶な予想に反して、赤い光は空中で一点に集まり、見る見るうちに何かの形に変わってゆく。ややバランスの悪い人の形にも見えなくはない。

「……これは!」

 魔女は信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 赤い光から現れた「彼」は、たくましい体躯に燃えるような紅蓮のたてがみ、獅子を髣髴させる誇り高き野獣のような強い瞳。

 魔女はただただ泣いた。

 目の前の「彼」こそが、ずっと永い間探し続けていたものなのだから。

 二人は、ようやく還ることができるのだ。




「で、その『アドヴァンスロード』の力も借りて扉の封印をしたわけか。」

「憶測だけど、たぶんニーデルディアが死んだからジャナルの身体に封じ込めるための呪縛から開放されたんだと思う」

「もしくは、あの魔女が俺の生命力とか色々鎮めた時に封印力もまとめて下げちゃったかもしれないからその影響もあるかもな……あー、あの時はほんと死ぬかと思った」

 フォードたちのところへ戻ってきたジャナルとアリーシャは、全てが終わったことを告げた。

「閉じた扉は今、自警団の人たちが地中に戻しているわ。もう、私は魔女を召喚できなくなったし、ジャナルの中からアドヴァンスロードの力もなくなった。そういう意味では一件落着ね」

「こうしてみるとなんかすっげー長かった気がするなあ……魔女からしてみればようやく探してた相手に会えたからそれでいいんだろうけど」

 ジャナルは両手を握ったり開いたりしながら軽いストレッチを行っている。力がなくなれば身体がどうなるのだろう、と思ったが、特にこれといったことはなさそうだった。疲労まみれの普通の身体。本来あるべき状態である。

「素敵。永い時間を越えて恋人同士が再会するなんて」

「だが『アドヴァンスロード』は意思も魂もないのだろう? どちらかと言うと行方不明の遺体が見つかったというニュアンスだな」

「お兄ちゃん! なんでそういう物言いになるかなあ!」

 心無い一言で気分を台無しにされたリフィは、フォードに肘鉄を食らわせようとして避けられた。

「ま、それはいいとしてさ、なんかひとつだけ引っかかるんだよなあ」

「何、ジャナル?」

「アリーシャを助けたのってやっぱフォードなのか? あの時本当にダメだと思ったからさ」

 ジャナルがアリーシャの名を口にしたのでリフィの表情が……以下略。

「うん。私もダメだって思ってたんだけど、フォードがね。とっさに具現武器トランサー・ウエポンで直撃を防いでくれた」

「俺の武器・ジャスティストは魔族の邪気を打ち払うことができる。はじめは倒れたフリをして様子を伺ってた」

「なら、ちゃんと奇襲かけろって」

「あの状況じゃ無理だ。槍みたいな大振りな武器では絶対気付かれて返り討ちにされるのがオチだ。いや、最後にお前が決めてくれてよかったと思うぞ、俺は」

「なんかフォードって損なキャラしてるよな。主役になれないというか。……さーてと、こっちもめでたしめでたしって事で祝勝会でも開くとすっか! もち、カルネージで。できればおごりね」

「却下。大体店は襲撃で営業できる状態じゃ」

 ぴしゃりと撥ね付けるフォードだが、そんな事を聞き入れる者などいない。リフィは歌うと張り切っているし、アリーシャも誰かを誘おうかなどと言っている。

「いいじゃん。俺、店の倉庫に缶詰が山ほどあるの知ってるんだからさ。ってあれ?」

 店の方向へ歩いていると、前方にこちらを向いて突っ立っている人影が見えた。

「もしかしてカーラ? おーい!」

 疲労困憊にもかかわらず元気に手を振りながら駆け寄るジャナル。

 確かにうつむいてはいるが、そこにいるのはジャナルのクラスメイトであるカーラだった。

 だが、普段と雰囲気がまったく違うことにジャナルは気付いていない。

「お前も無事だったんだな! ちょうどよかっ」

 突然、鋭い痛みと共に視界が真っ赤に染まる。

「カー、ラ?」

 赤い視界の片隅に、鋭く光る刃物が映っていた。

「お前が、お前がヨハンを殺したんだ!」

 必死で駆け寄ってカーラを取り押さえるフォード、悲鳴を上げるリフィ、呆然と立ちすくむアリーシャ。

 そして、自分に向かって、泣きながら何かを叫んでいるカーラの声。


 ……なんで、何が、起きた?


 こんな結末のために戦ったんじゃない、こんなにがんばって最悪の結末を防ごうとしたのに、なんで、どうして。


 世界が止まるような感覚を全身に受けながら、ジャナルの瞳が閉じられた。

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