名探偵、妹に向かって馬鹿と言い

violet

紙とペンと美少女

 私の部屋で、美少女が死んでいた。


 ベージュのカーペットを血でたっぷりと汚して、そのカーペットにうつ伏せで横たわっていた。


 七畳の部屋には学習机とベッド、そして本来なら部屋の中央にローテーブルが設置してある。しかしそのローテーブルは部屋の隅に折り畳まれていて、ローテーブルがあった場所には代わりに遺体があった。


「あっれれー! サーシャちゃん、死んでるー!」


 私の隣にいた真木がとても嬉しそうに言った。私は遺体を見る。真木の言う通り、確かにこの遺体はサーシャだ。ロシア人である彼女は、金髪で肌は白く、人形のように顔のパーツが整っている。この憎いほどの美少女は、間違いなくサーシャだろう。


 私は部屋に入って遺体に近づいた。腐臭はない。サーシャの顔のすぐ近くには、紙とペンが置いてあった。何故か飛び散った血がその紙とペンを綺麗に避けていて、汚れはなかった。


 紙に書かれていた内容はこうだ。


”犯人を見つけられなかったら、今日の晩ごはんはハンバーグ”


 ずいぶんと元気そうなダイイングメッセージだ。


「ふ、二人ともどうしたの……って、サーシャちゃん!?」


 真木のお友達であるしずが戻ってきた。静は血を流して倒れているサーシャのところへ近付こうとした。


「駄目だ静。そいつはもう死んでいるんだ! 現場を荒らすなっ!」

「ひっ!」


 真木が怒鳴った。鬼かお前は。


「水樹お姉ちゃん、あとは任せたぞっ!」


 真木がそう言うと私に向かってサムズアップした。


「任せるって言ったって……」


 そもそも、見過ごせない事実が少なくとも一件ある。私は遺体に近づくと、カーペットに付着した血を指ですくい取って、ぺろりと一舐めした。


「あぁー! 水樹お姉ちゃん、サーシャの血を舐めたー!」


 喧しい小学生だ。そして私が舐めたのはやっぱり血ではなくて、トマトケチャップだった。


「はぁぁぁあああ」


 ため息をつくと幸せが逃げると言うが、今のため息によって私の幸せはどれほど逃げてしまったのだろう。カーペット、洗わなくちゃ。


「ね、ねえ。水樹お姉ちゃん」


 私のシャツを引っ張る静。静は三人の中で最も気弱な子だ。髪の毛は黒くて長く、肌はサーシャよりは白くないが、それでも年相応のもちもち肌、ぷるるんといった感じである。


「サーシャちゃん、大丈夫なの……」


 そのぷるるんとした頬に一筋の涙を流しながら、静は言った。どうやら静は状況を掴めていないようだ。


「大丈夫じゃないよー! サーシャは死んじゃったんだよー!」


 真木が割り込んで好き放題喚き散らす。


「黙れ、バカ妹」


 真木を一喝すると、私は静の頭を優しく撫でた。


「大丈夫だよ。サーシャのあれ、死んだふり。ごっこ遊びだから。」


 私の声が聞こえたのか、私の背後にあるはずの死体がガサリと動いた気がした。


「なーんだ、死んだふりかあ」


 ほっとする静は、見ていて癒やされる。


「えー! ふりじゃないよ。本当に死んでいるんだよー!」


 と真木。たくっ、このバカ妹が。静を不安にさせるなんて。


「水樹お姉ちゃん、目が怖いよ」

「あらそう」


 真木を適当にあしらった私は、事態の収拾をするためにとりあえずサーシャ近寄った。


 へへ。実は前々からサーシャのこと、良いと思っていたんだよね。見た目が完璧過ぎてたまに妬いてしまうけど……。彼女は今死んでいるらしいので、ちょっとぐらい意地悪しても良いよね。


 まずはその、純白のほっぺたを突っつく。


「いやあ、ぷにぷにだあ。おっと、ふむ、体温がまだ温かい。これは死んでからまだ時間が経っていない、ということか」

「おお、さすが水樹お姉ちゃん! 本当に名探偵みたい!」


 適当にそれっぽいことを言えば、真木と静が目をきらきらさせて喜んでくれるからちょろい。


 続いて私は、その金髪をチェックすることにした。サーシャの髪は静と同じくらいに長い。私のその長い金髪を手ですくって、顔を埋めた。


「はああ良い匂い。あ、いや、腐臭が無い。これは死んでからまだ時間が経っていない、ということか」

「すっげえ! 水樹お姉ちゃん、どんどん情報を集めてる!」


 よし今度は、そのまん丸のお尻を、まずは一撫で。


「ひぃっ……」


 凄く小さなサーシャの悲鳴が聞こえてきた。


「あれれ、おかしいなあ。今死体から声がしたような……ねえ、真木」


 私が真木に言うと、真木は冷や汗をだらだらとかきながら目をそらした。


「あはは、まっさかー。水樹お姉ちゃん、死体がしゃべる訳ないじゃん」

「ふふ、そうだよねえ。お姉ちゃん、うっかりしていたわ」


 私はそう言った後、今度はサーシャの尻をおもいっきり鷲掴みにした。


「ひぃぃぃいいい!」


 サーシャの隠そうともしない悲鳴が、部屋中に響き渡る。


「あはは、なんだろう今のは。鳥の鳴き声かなー」


 真木はより一層冷や汗をかいて、そんな戯言をほざいた。


「そ、それより水樹お姉ちゃん。今のは何の意味があったの?」

「うん、ああ。サーシャの尻が柔らかい。これは死んでからまだ時間が経っていない、ということだ」

「あ、あはは。さっすが水樹お姉ちゃん! すげえ!」


 さっきから死んで間もないという情報しか得ていないのだが、バカ妹は馬鹿だからバカ妹なのだろう。


「さて」


 名探偵、皆を集めてさてと言い。そろそろこの茶番を終わらせて、カーペットの洗濯をしなくっちゃ。


「真木、犯人わかったよ」

「本当か!」


 真木の目の色が変わった。彼女なりに、おふざけを止めたのだろう。全力で誤魔化す姿勢に入ったのだ。


「まず容疑者は二人。真木と静」

「え、水樹お姉ちゃん。私犯人じゃないよ」

「大丈夫だよ、静。私もあなたが犯人だって思っていないから」


 よしよし。私は静の頭を優しく撫でる。静は気持ちよさそうに私に身を預けた。


「えっ、じゃあ私が犯人だと言っているようなものじゃん」


 と真木が不服そうに言った。ほう、そのくらいの判断力はあったのか。


「まず真木と静。二人がサーシャを見た時の反応に違いがあった。静はサーシャを見た時、真っ先に遺体に近寄ろうとしたよね。それはどうして?」

「だってサーシャが心配だったんだもん」

「だよねえ。普通人が倒れていたら、心配になって近寄るよねえ。容態を診て、場合によっては救急車を呼んで。それで、真木の場合だけど」


 私はじろりと、睨みつけるように真木を見た。


「あんた、真っ先にサーシャが死んだと言ったわね」


 しかも、とびっきり嬉しそうに。


「べ、べっつにー。なんとなくそう思っただけだしー」


 吹けない口笛をひゅうひゅう吹いて、真木は誤魔化す。


「それとこの、紙に書いてあるメッセージだけど」


 私はこの、欲に塗れたダイイングメッセージを手で摘んで真木に見せつけた。


「良い? この中で今日、私の作る晩ごはんを食べるのは、妹のあなただけなの」


 はっと、真木はまるで雷にでも打たれたかのような表情をした。というかこれ、ダイイングメッセージじゃなくて犯人からのメッセージだな。


「なーんだ、バレちゃったわね」


 ようやくサーシャが起き上がって言った。ああ、せっかくの可愛い服がケチャップでべちょべちょだ。


「二人とも、私にも言ってくれれば良かったのに」


 と静。泣いちゃっていたもんなあ。


「今お風呂沸かしてくるから、三人とも入っちゃってね」

「はあーい」


 私は部屋を出た。ケチャップまみれのカーペットを洗うのは憂鬱だ。部屋に戻って、もっと酷い状況になっていないことを祈りたい。


 ああ。サーシャちゃんのお尻、柔らかかったなあ。

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