倍化交換の才能悪魔だからって4度目の仕事はしない

ちびまるフォイ

人間ケンカは悪魔も食わない

「ああ、クソ! まるで思いつかない!!」


真っ白なままの入力フォームを見て悪態をついた。

それでも次の小説のアイデアひとつ出てこない。


完全なるスランプだった。


「ちくしょう、こいつらは俺より絶対何も考えずに書いている。

 なのにどうして俺が評価されないんだ……」


サイトのトップには似たような作品ばかりが並んでいる。

内容を読んでも「俺のほうが面白い」と比べるばかり。

いったい俺に何が足りないんだ。


画面を眺めていると、パソコンの電源が落ちて真っ暗になった。


暗い画面にはそれを覗き込む自分の顔と、その後ろに立つ悪魔の顔が見えた。


「うおあああ!?」


「そう驚くな。まだなにもしちゃいないだろう」


「これからなにかする気だな!? 寿命をよこせとか言うんだろう!?」


「提案しにきただけだ。お前がなにかひとつ差し出せば、

 我が悪魔の力でそれとは別のものを2倍箚し出そう」


「……ふん、とかいって、どうせ騙す気なんだろう?」

「だったら断ればそれでいい」


「……じゃあ、髪の毛をやる」

「形あるものをよこして悪魔が喜ぶとでも?」


「やっぱり寿命目当てじゃないか!」


「ふふ、それなら、お前の小説の才能をくれないか?

 見たところ、人並み以上の才能があるようにも見えないしな」


「い、今はスランプなんだよ!!

 それにこの才能をよこしたら、何をくれるっていうんだ!」


「そうだなぁ。お前の才能を2倍評価してくれる人間をやろう。

 才能はなくなるが、評価はされる。どうだ?」


「……それなら……」


悪魔の申し出を受けると、才能が失われたと感じた。

今まで書けないまでも浮かんでいた文章はぴたりと止んでしまった。


「本当に俺は2倍評価されるようになったんだな!?」


「たしかめてみるといい」


サイトを確かめると、見てすぐに気づくほどあっという間に人が増えていた。

熱のこもったコメントも届き、やっと遅咲きの才能が評価された気になった。


「本当だ! こんなにも評価されるなんて!!」


今までは投稿しても読まれる機会なんてなかった。

誰の目にも届かないネットの奈落に落ちてそのままだった。


それなのに今はどうだ。


>感動しました! 次も楽しみにしてます!

>もっと書いてください! 応援します!

>個人で書籍化したいんですがダメですか!?


感動と賛美のコメントが俺を鼓舞してくれる。


「おおお! 上がってきたァァァ!!!」


才能は失われ、前作と比べても明らかに品質は劣るものの

ファンの声に答えた新作には2倍の称賛が待っていた。


才能は失われたが、2倍の評価は得られた。後悔はない。


「大事なのは中身じゃなくて、ブランド力ってことだったんだ!」


「それじゃ我はこれで……」


「おい悪魔。なに帰ろうとしてるんだ? まだ用はあるはずだ」

「え?」


「俺は運動神経がいらない。そのかわりに2倍よこせ」


「お前がそう言うなら、我に断る理由はない」


悪魔により運動神経が失われた。


些細な段差でもつまづいたり、競争では必ずびりになってしまうほどの鈍足になった。

もともとが優秀じゃなかったので失って騒ぐほどでもないが。


「さて、今度は何が2倍得られるんだ?」


ニヤニヤしながら待っていると電話がなった。


「もしもし?」

『こちら、TV局のものなんですが出演してみませんか?』


「いいんですか!? ぜひ!!」


前の2倍評価の影響かテレビ出演の話まで舞い込んできた。

間の悪いことに「作家大運動会」などという企画だった。

運動神経のない俺は案の定ビリの三冠王となってしまった。


「出なけりゃよかった……」


反響は放送後に起きた。

俺の運動神経の悪さに可愛らしさを感じた人が2倍増えた。


>テレビ見て一目惚れでした!

>見ているだけで癒やされました!

>またみたいです!!


「運動神経は失ったけど、こんなにも人格褒められるなんてなぁ」


つい鼻の下も伸びてしまう。


「満足したようだな。では我はこれで……」

「だから待てって」


俺は悪魔をヘッドロックしてとめた。


「別に奪える能力は2つまでという制限があるってわけじゃないんだろ?」


「そ、そうだが……」


「なら、次は俺の勉強の才能をくれてやる。

 だからその2倍の評価やファンをよこせ!」


悪魔と契約すると、これまで学んだことがすっかり抜け落ちた。

勉強しようと教科書を開けば洗い難いほどの眠気がやってくる。


完全に俺からこと勉強に関する才能が失われてしまった。


「もともと勉強なんてたいしてできないから、ちょうどいいや」


「それじゃ我はこれで!!」


食い気味に悪魔はそそくさと悪魔界へと帰っていった。


勉強ができなくなったのでこれから書く小説には頭をつかうキャラが出せなくなった。

でも問題はない。今は俺を評価してくれる人がいるのだから。


宣伝をかねて出演するテレビを通じて俺の勉強の才能がないことがバレると、

むしろ「あのバカからこんな発想が!」という切り口で評価されるようになった。


「まあ、勉強とIQの才能は別ですからねHAHAHAHA」


いつしか勉強のできないという点は、

なにか行動をおこして評価されるときに有利に働く材料となった。


「バカなのに天才」という肩書はまたたくまに浸透し、俺も悪い気はしなかった。


「さぁて、今日も一筆したためるとするかな」


何も思いつかないが評価されるのでモチベーションは高い。

自分の名前で検索すれば予測検索でいつも良い評価が――



>コイツって世間で言われるほどの実力か?



「……あ?」


評価ばかりのコメントの中で悪目立ちするのがあった。

カーっと血が上り論破してやろうかと思ったが手を汚したくはなかった。


そこでこのコメントを自分のSNSで紹介と称して吊し上げた。


ーーーーーーーーーーーーー

『コイツって世間で言われるほどの実力か?』


>こういうコメントがあるうちはまだまだ頑張らないとですね!

ーーーーーーーーーーーーー


表に出すや、俺をいつも評価してくれている人たちは

まるで自分のことのように怒り狂い、特定し、あっという間に謝罪させた。


「あはははは! バカが! ざまあみろ! よくやったぞ!

 俺の評価をおびやかすからだ!! 身の程をしれ!!」


あまりに排除されるさまが痛快で楽しかった。


まるで麻薬のように表では謙虚な聖人を装い、

裏では評価者たちを誘導させて気に食わないやつを排除していった。


変化は徐々に現れていたので俺自身も気づかなかった。


「あ、あれ? どうした、お前ら? いつもどおりやっつけてくれよ?」


気がつけば、才能を失い2倍いたはずの人たちも消えていた。

いくら吊し上げても何もしてくれない。


それどころか、今度は逆に俺への批判をするようになり――



 ・

 ・

 ・


一方、悪魔界に戻った悪魔はぐったりと疲れていた。


「ただいま……」


「おお、おかえり。地上の様子見てたよ。

 あの人間、いまや格好のネタにされて叩かれてるぜ」


「ああ、そう」


「なんだよ。才能を回収した人間のこと気にならないのか?」

「別に……」


休もうとする悪魔をぐっと引き止めた。


「なぁなぁ、それより、才能をわけておくれよ。

 今回は1人から4つも才能を回収したんだろ? 1つくらいいいじゃないか」


「4つ? 回収したのは3つだ。

 執筆の才能、運動の才能、そして勉強の才能だ」


悪魔の答えを聞いて、目を白黒させた。


「え、4つ目に人望の才能を回収して、

 その2倍ぶんの敵をプレゼントしてやったんじゃないのか?」


悪魔は人間界の惨状を見てそれに答えた。


「2倍どころじゃないさ……」

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