カルデネ1988―紙とペンとでファミコンを―

gaction9969

1Q88……ロクサンの彼方へ……(何これ

 のっぴきならない状況に追い込まれて、寒空の下、途方に暮れて佇むのであった。


 ど、どうしよう……とのどうしようもならない呟きを、肉付きの良い唇から寒風がさらうようにして背後に流していく。


 1988年12月29日。まもなく年越しを迎えようとする、せわしない商店街を人混みに揉まれながら、小学三年生の久我クガ少年は、重い足を引きずるようにして近場のデパートに向かうのであった。


 ―年末パーティーは子供さんも五、六人来るそうだから、あんた、コーちゃんと一緒に面倒みて遊んであげるのよ。


 一週間ほど前に母親からそう告げられた時は、こ、これは一日中、いやかなり夜遅くまでみんなでファミコンが出来る……と期待にその膨らんだ胸をさらに膨らませたのだが、


 三日前、隣に住むその従兄のコウヘイが親に隠れて毎夜夜通し狂ったように「ファイナルファンタジーⅡ」をやっていたのがバレ、そして来年お受験を迎える予定の彼の両親はついにキレ、


 ……白と臙脂の本体は真っ二つに叩き割られたのであった。


 へへ……こんなんなるんだな……と力無く笑いながら見せられた、丁重にタオルにくるまれ緑色の臓物を晒したその物言わぬ残骸に、思わず息苦しくなるほどの胸の痛みを覚える久我少年なのであった。「ファミスタ」や「ドラクエⅢ」、珠玉の名作たちも、「将軍」「スーパーマン」などの迷作も含めたカセットは全て、湯舟に張られた黄色いバスクリンに彩られた残り湯に浮かんだり沈んだりしていたのだという。ぴぎゃあああ、と叫び出したい気持ちを抑え込むのにしばしの時間を要する久我少年なのであった。


 俺……大晦日まで帰ってこらんねぇ……と、コウヘイは昨日から塾の合宿に途中から強制参加させられている。本体破断の件といい、従兄の両親の本気度合いに、内心空恐ろしさを感じるのであった。


 ファミコン(とコウヘイ)がこの時点で脱落。せっかく鍛えた「ヘクター’87」の腕前を小さき子らや、そして……親戚の中で密かに想いを寄せるふたつ年上のまたいとこ―カヨコに見せること、それは叶わなくなった。いや、それよりも、夏休みに集まった時に、年末はガクちゃん家でみんなで遊ぼうね、とその彼女にかわいく約束された手前、


 ヘボいパーティーになること、それだけは避けたい……との思いがここに来て否応増す久我少年なのであった。しかしそれにはファミコンが必須……でも自分は持ってない……


 一縷の望みをかけ、両親に本体購入を頼み込むも、当然ながら却下され、なら友達に借りに行こうと片っ端から電話をかけたものの、


 世は正に冬休み。この時代の小学生男児にとって、命の次くらいに大事なそれを休みの半日でも貸し出すという事は、己の命を削ることと言っても過言ではなく、絶無と言っていいほどにありえないことだったのである―


 そんな八方塞がりの状況下、むううと考えた末にたどり着いたのが、


 ―だったら、自分でファミコン(らしきもの)を作れば、いい。


 という、え何でそこ? と万人が思うだろう思考の路地裏に迷い込むのが、この少年の持って生まれたサガなのであった。


「……」


 とは言え、所持金全額1,251円を持って出たところで、完全なるノープランであり。


 ひとまず何でも揃うが売りの「ショウゼン百貨店」という名の昭和ノスタルジック全開な(も昭和ではあるが)「デパート」に繰り出した久我少年だが、3Fのカメラ屋に併設されたファミコン専門の売り場で、天井まで届くショーウインドウに隙間なく並べられたソフトのパッケージをぼんやりと眺め、思考を止めてしまっている。


 いや……やっぱ無理なんじゃ……


 いまさらに過ぎる思いだった。色とりどりのパッケージを見ながら、それでも使ってない部分が常人より遥かに多そうな、潜在能力だけは未知数の大脳を働かせて考えてみる。


 アクション。紙にキャラを描いてクリップなんかで挟んで、それを裏から磁石で動かす……? でもどうプレイヤーがコントロールするというの? ダメだ。それにヘボい。


 シューティングもスポーツも同じ理由であかん。パズル……? 落ちモノも動きのあるものは無理だ、と悟る。


 静かに追い詰められていく……そんな中、ふと目に留まったのは、「さんまの名探偵」。


 アドベンチャー、どうだろう。選択肢を選んで行動する、その行動の結果、ゲームオーバーになったり、ハッピーエンドになったりする……


 いいセンではある。実際に、読み進める中で選択肢が現れ、その指定された番号に飛んで続きを読みながら自分だけのストーリーで物語を読み解いていく……「ゲームブック」と呼ばれるものは、この時代、探偵モノや冒険モノ、果ては超能力SFモノなど、様々なジャンル……(子供向けも)が世に溢れていた。


 機械コンピュータの力を借りずとも、シナリオや演出で何とか出来そうなジャンルではある。しかし哀しいことに久我少年9歳のあまり賢くない頭脳では、それらの取っ掛かりを考えることからして不可能なのであった。それにそれは基本ひとり向けのような気もする。


 ……もっと簡単で、みんなで楽しめるものを。


 奇しくもファミコン開発者も抱いたであろう壮大な熱意と決意を秘め、5F玩具・文房具売り場へと足を運ぶ。そこで思いもよらず天啓が訪れるのであった。


 「モノポリー」などのボードゲーム、そしてここでも幅を利かすファミコングッズの数々を見て、乾坤一擲のアイデアが、久我少年のまん丸の頭の中で閃く。


 RPGだ。ドラクエとかじゃなくて、外国で流行っているという「テーブルトークRPG」……それを、僕が、作る。


 ゲームマスターと呼ばれる進行役が、プレイヤーの行動に対応し、対話をしながら「ゲーム」自体を形作っていく……


 名案に思えた。実際に、最適解と言えなくも無い。ペンと紙と、想像力があれば成り立つものであるから。


 「二十面サイコロ」250円、「水性10色ペン」698円、残りの303円で買えるだけの大判画用紙7枚を買い込み、ほどよい肥満体を弾ませながら家に小走りで、途中息切れしてからは早歩きで戻る。


 パーティーは明日。今は午後5時少し前。今日中に仕上げ、明日朝ちょっとバランス調整すれば完璧だよふふふふ……と不敵な笑みを浮かべながら、普段は向かう事のない学習机の上に積まれたプリントの山をどけて、広げた画用紙に色とりどりのペンで色々描き込んでいく久我少年なのであった。


 そして当日。


 久我少年が6枚もの画用紙をテープで繋いでみっしりと描き込んだそれは、テーブルトークRPGというよりは、限りなく「すごろく」に近いものなのであった。


 アナログもアナログであり、集まった子供たちもはじめは困惑げな顔をしていたものの、「二十面サイコロ使用」という、出目幅が激しく一発逆転があるという意外なゲーム性、「ライフ」を10コ(画用紙を切って作った)持ってスタートして、止まったマス目によって増減し、0になったらふりだしに戻る、というゴール間際でも気が抜けない意外なスリル感、SDガンダムの「ガン消し」を駒にしたことによる意外なかっこよさとそれっぽさ、ビックリマンシールのダブりを惜しげも無く盤面に張ってそれを「敵」と設定したことによる意外なそれっぽさと豪華さ。


 それらが相まって、徐々にみんながのめり込んでいくのであった。


 何より、うるさい大人たちは隣の家で宴会、自分たちは普段とは違う環境下にあって、お菓子もジュースも自由に飲み食い可能な状態。盛り上がらないはずのない鉄板の場ではある。

 

 <おう金の剣をひろった。 +5>


 <ブラックふくろうのウンチが顔にあたった! -3>


 <女王バエの攻げき! チ○コがはれた -2>


 マスに書かれた脱力&お下品極まりない点取り占いのようなワードも、幼い子供たちには大ウケ、普段ならそういったものを蛇蝎の如く嫌うだろう小五女子カヨコ嬢も、雰囲気に呑まれたかグラスを片手にケラケラと笑ってくれるのであった。


 皆の熱気がこもってきて、暖房はとっくに消したはずなのに汗だくの久我少年。それでもその丸い顔にはここ一年でいちばんの充実感が漲っているように見える。よかったなあ……と女子たちのスカートのまくれ具合を横目で観察しながらそう思う久我少年なのであった。


 いったん区切りが付いたところで、掃き出し窓を開けてひんやりとした空気を浴びる。


 隣の家からは絶え間なく大人たちの笑い声がくぐもって響いてきていて、それらが晴れ渡った夜空に吸い込まれていく。


 ふと見上げた暗闇に、確かに光るひとつの光点。


(終)


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