紙とペンと猫

アキノリ@pokkey11.1

五郎と俺

多少、白髪が混じっている茶色の毛並み。

太々しい大きな顔をしている猫、五郎。

図々しいが落ち着きが有る、12歳だった五郎は12年間一緒に居た訳じゃ無いが、俺と五郎の絆は2年間で12年分有った。


苦労した努力が実り、芥川賞を受賞して家族が出来てその影響などで3年間空白が空いていたがまた小説を書き出した。

五郎が側に居るから書ける筈だ、と。


俺は今、側に有る栗を見ながら新作を書いている。

五郎がくれた五郎の分身の栗を見つめて、だ。

寂しく無い様にとくれたのだろうと思える。



5年前、俺が小説を書こうと思った30歳の時。

近所のコンビニからアパートに帰る時に通り掛かった路地。

ダンボールの中で衰弱している五郎を見つけて。

そのまま連れて帰ったのが出会いだ。


ボサボサの黒髪。若干の混じった白髪、無精髭で、セブンスターをこよなく愛している、酒好きの中肉中背の(32)のパーカーメインの服装。

俺の名は飯島両穂(いいじまりょうほ)。


親を亡くしてそれなりに節約生活をしている為。

そんな容姿しか出来ないしならない。


五郎は病院に連れて行くと10歳前後と判明。

なので+2で設定年齢を12歳にしていた。


デビューもしてない様な小説家、無職の金の無い俺に飼い猫は相当の痛手だが、五郎はとても飼い易い猫だった。

3年前に居なくなった猫。

俺は懐かしく思いながら、栗を見る。



五郎は当初は懐く事が無かった。

何故かと言われると飼い主が違うから。

または病院では虐めを受けていたのでは無いかと判断された。


五郎という名は俺が考えた。

元の名前は分からない。


だけどそんな五郎だが、俺が優しく接しているうちに俺に心を開いた様にただ甘える鳴き声と共に擦り寄ってくれた。

幸いにも俺のアパートはペットOKのアパートでそのまま五郎を飼う事が出来て。

拾った日から飼い始めた。


病院に連れて行ったその日から、煙草を吸いつつボールペンで原稿に文章を綴り。

こちらを見ながら座布団に乗って欠伸をしている五郎の動きを度々に確認と、そんな日常が拾った日から始まった。


何故か俺が文章を書く間は静かにしている、五郎。

俺はそれを見ながら、ふむ、と五郎に有り難みを感じたりしていた。

静かにしているのはそれなりに人生経験が豊富だからだろうと思いながら、だ。


このまま懐かなかったらどうしようかと思っていたのだが、五郎は懐いてくれて俺は嬉しく思い。

文章を書き終わった後に何時も五郎を和かにゴロゴロ〜と甘やかしていた。

勿論、五郎も擦り寄って甘えてくる。


そして春夏秋冬。

俺と五郎は一心同体で生活していた。


しかし、俺はこの時まで五郎が弱っている事を知らなかったのだ。

あの日俺は後悔するしか無かった。



やがて、五郎は俺の頭に乗る様になった。

肩に乗ったりもする様になり。


まるで俺の書いた文章を読んでいる様な感じだった。

そして、途中で物語の創作に行き詰まっている時。


五郎は決まって水を零したり、煙草を駄目にしたりした。

俺はそれを当初は悪戯の為にやっているのだろう。

その様に思っていたのだが、何かが違った。


何故なら、小説が行き詰まった時にしかそういう事をしない。

つまり、アイデアの為にやっているのだと感じれたのだ。

俺は納得しながら、五郎を見る。


悪戯した後に鳴いて俺にその行為を気付かせたりする五郎。

俺はただそれを和かに見つめて、褒めたりして。

その年の12月31日とか年を越す前に共に祝ったりした。



正月の事だ。

五郎の動きが少し遅くなったりした。


しかし、動物病院からは年ですね。

と言われるばかりで俺は溜息を吐いたりした。

だが、五郎はそれは分かっているという感じでジッとして欠伸をする日々。


俺の心配も他所の他所だった。

診察が終わるのを待ったりするぐらいの余裕。


俺はそんな五郎に絶対に何かしてやれる事は無いか。

と思ったりしていたが、何も思い浮かばなかった。

なので俺は相棒の為に本気で小説家になろう。


それが五郎にとって幸せな事だろうと思い書く事にした。

バリバリ書いて、五郎からアイデアを得て。

俺は相棒を肩に、頑張った。



正月過ぎて3月。

俺に彼女が出来た。

コンビニのバイトさんだ。


俺は彼女に甘々になったせいで、五郎との距離が曖昧になってしまった。

全く筆を取らず小説も書かなくなってしまい。

その事に怒ったのか帰って来る度に原稿を五郎は滅茶苦茶にしていた。


ある日、俺はその荒らされる行為に耐えれずにキレてしまった。

五郎は家から出て行き、俺は彼女に甘々になっていて。


今思えば、五郎は小説の事に関して俺に何かを言いたかったのだろう。

それか彼女は危険だと、言っていたのかも知れない。

馬鹿な俺だった。


そのカンは的中してしまう。

何故なら彼女は浮気性だったのだ。


俺は直ぐに、そんな彼女をバッサリ切って探した。

五郎を、だ。

すまなかったと思いながら、真夜中でも懐中電灯で探した。


相棒に戻って来てほしくて。

放置していてごめんよ、と謝りたくて。

俺はただひたすらに探した。


しかし、五郎は見つかる事は無く。

その代わりだと神様が与えたのか。

居なくなった五郎をモチーフにした短編小説が.....雑誌に掲載されてそれが人気爆発して俺は芥川賞を受賞した。


有名になったのだ。

俯き加減で出る授賞式で俺はスピーチに何も込める事が出来なかった。


その賞が取れたのは俺の実力じゃ無い。

賞は五郎のお陰だと言いたかった。


芥川賞を受賞した式に出てからその服装のまま。

雨が降る中、雪が舞う中。

毎日の日課で有る、五郎をひたすらに捜索した。


だが結局、五郎とは二度と会えなかった。

その日からショックで俺の筆は止まってしまい。


相棒が居ない肩を見ながら。

ただ、落ち込み手を動かせなくなった。



相棒が居なくなって小説が書けなくなり、早3年。

俺は多分このまま小説は書けないだろうと、そう思い安定した会社に就職した。


会社からの帰宅路。

ダンボールの置いて有った場所を見る。

それも日課で有った。


確認してから近所のコンビニを出て俺はマンションに向かった。

少し芥川賞のお陰で金が出来た俺はマンションに住みだしたのだ。

それは、我が子の為でも有り、妻の為でも有る。


玄関を開けて子供と妻の顔を見た。

そして2歳の我が子を俺を笑顔で迎える。

妻にも笑顔を向けた。


相棒の五郎が居なくなって煙草を辞めて、酒も辞め、俺は髭も剃り、髪も整えて。

俺はまともになった。

全ては五郎のお陰かも知れない。


会社に就職してから会社の合コンで五郎の話で意気投合した妻。

俺はその運命の人と半年付き合い、結婚した。

それから妊娠して今に至る。


全ての幸せが五郎のお陰だった。


お帰りなさい、あなた。

その様に迎えてくれる、妻に対してただいまと言いながら玄関のポストを見て俺はクエスチョンマークを浮かべた。

何か入っていたのだ。


俺は静かにそれを取り出す。

茶色のイガイガの無い丸々な栗だった。

俺はマジマジとそれを見て、見開きハッとして玄関から駆け上がる。


我が子や妻を置き去りにして悪いと思いながら俺は自室を見る。

部屋が片していた筈なのに荒れていた。

それは、3年前のあの日の様に。


そして何故か空白の小説の原稿が空を舞っていた。

おかしいのはその小説の原稿は奥の方に仕舞っていたのだ。

俺は静かに立ったまま。

涙を流してその場で崩れ落ちた。


五郎からのメッセージはこの言葉しか思い浮かばなかった。


小説を書いて欲しい。


ただ、そういう事なのだろう、と。

俺は涙を流して栗を抱き締めた。


「お帰り、五郎」



そして俺はその日からまた小説を書き始め、今に至る。

茶色の栗を側に置いて、だ。

新作を公表するまであと半月。


新作の名前は.....『五郎と俺』だ。


fin

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