紙とペンと思い出と

風見☆渚

思い出の場所

私のお気に入りの場所は、優しかったおじいちゃんと一緒に来ていた喫茶店の一番奥にあるガラスに囲まれたスペース。

おじいちゃんはいつも窓側に座り、マスターのコーヒーをいれている姿を眺めていた。私は生まれつき話すコトが出来ないかったけど、おじいちゃんはそんな私を色々な所へ連れて行ってくれた。一番のお気に入りだったこの喫茶店は、会話がなくても音がなくても、コーヒーの良い香りに包まれる優しい場所だった。

でも、今は優しかったおじいちゃんがいなくなって私一人でお気に入りの喫茶店に通っている。いつもは背中越しにコーヒーの香りを楽しむだけだったけど、今日はおじいちゃんの座っていた場所に私が座って、おじいちゃんと同じようにマスターがコーヒーをいれる姿をじっと眺めている。

おじいちゃんが教えてくれた。このお店のマスターは余計なコトを話さないから良いんだって。だって、会話じゃなくてコーヒーの味が楽しみだからしょっちゅう来るんだって。

コーヒーをいれているマスターはおじいちゃんが言っていた通り、お客さんと一言も会話をせず、ひたすらコーヒをいれている。その姿は、まるで絵画を見ているように思えるほど凜々しく、静かで安心を私に与えてくれた。そして、そのマスターがいれているコーヒーの香りに囲まれて、私はおじいちゃんのコトを思い出していた。

「お待たせしました。」

私の目の前にマスターがいれてくれたコーヒーが突然出てきた。私はマスターに会釈をしていれたてのホットコーヒーに口付ける。

“あれ?ここのコーヒーってこんなにしょっぱかったっけ・・・”

私は自分の目から涙が流れているコトに初めて気づいた。おじいちゃんともう会えないなんて・・・私はどうしたらいんだろう・・・

コーヒーの優しい香り香りに包まれながら、私は小一時間ほど過ごし、飲み終えたカップをそっとテーブルに戻す。

“さて、帰ろうかな”

ふと顔を上げると、テーブルの上におしぼりとは違う綺麗にアイロンをかけられた真っ白いハンカチが置いてあった。誰のだろう?わからなかったからそのままにして私はお会計を済ましお店を出た。

私の足は悲しみで重たくなっていたが、特に行く宛もなかったからそのまま家に帰るコトにした。お店を出てから2,3分くらいたった時、不意に背中を軽く叩かれ、振り向くとそこには息を切らしているお店のマスターが私の前にいた。

マスターはポケットからスマホを取り出し、私に見せると、そのスマホは私の物だった。どうやら私の忘れ物を急いで届けてくれたようだった。私はありがとうの言葉がしゃべれずただただ頭を下げてマスターに感謝の態度を現した。

しかし、マスターの顔を見ると、少し困った顔をしているように見える。だって私が何も話さないからかもしれない。でも、私にはマスターに感謝の気持ちを伝えるコトが出来ない。どうすれば良いのだろうと考えていると、マスターは胸元に入れていたペンとメモ用紙を出し何かを書いている。

私はマスターが何をしているのかわからなかったけど、何かを書いたメモ用紙を私に見せてきた。

“君は、話したり聞いたりする事が出来ないのかい?”

私の症状を察したマスターが紙とペンで執談を始めだしたコトに驚いた。マスターの問いに頷くと、マスターはまた何かを書き始めた。

“いつも高齢の男性と一緒に来る女の子で間違いないだろうか。会話はなかったようだが、楽しく過ごす二人を見ているのが私はうれしかったよ。君が話せないとは知らなかったんだ。すまない。”

マスターは私達のコトを覚えていてくれたコトに、再度驚いた。

“高齢の男性は君のおじいさんかい?失礼かも知れないが、もしかするとそのおじいさんに何かあったんだね。”

マスターが伝えてくる手書きの言葉は、優しく私を気遣ってくれているコトがわかった。

“君の涙が気になって、ついハンカチを置いてしまったが変な気を遣ってしまったかな。申し訳ない。”

そんなことない。だって、私は泣くとことしか今は出来ないのだから。おじいちゃんとの思い出の場所で、おじいちゃんの優しさを思い出すコトが出来るとってもうれしい場所を作ってくれてマスターにはとても感謝している。

“もしよかったら、またいつでもお店においで。”

おじいちゃん以外に優しくされたのは初めてだった。こんな私だから、両親は妹ばかりを可愛がり私に興味を示してくれなかった。唯一の理解者でいつも優しくしてくれるのはおじいちゃんだけだった。そんなおじいちゃんがいなくなって私一人になってしまった。

そんな私に優しくしてくれるマスターの優しさがとても嬉しくて、涙が止まらなかった。

マスターの優しい言葉に頷き、頭を下げた私はいつもの喫茶店に通うようになった。

そして私はマスターの誘いで、喫茶店のアルバイトをするコトになった。従業員になった私に、マスターは私専用のペンとメモ用紙を渡してくれた。

そして、最初の1ページに書かれていたマスターからの言葉がかかれたメモ用紙は、私の宝物になった。


“はじめまして。この店に来てくれてありがとう。君は僕の一番弟子になってもらうつもりだよ。ここは君の笑顔をたくさん見たいと思っている僕やお客さんがたくさん集まる場所だ。これからよろしく。”

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紙とペンと思い出と 風見☆渚 @kazami_nagisa

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